440 エルフの里 6
「私達には関係ないでしょう?」
そう、正論を吐くメーヴィスであるが……。
「友達なんだから、助けなさいよ!」
「護衛として雇ったのですから、私達の危機には身をもって救うのが当たり前でしょう!」
「何のために、わざわざ大金を払ってまで必要のない護衛を雇ったと思っているのですか!」
「「「「え……」」」」
どうやら、三人組の真の目的は、こっちの方だったようである。別に、長老の命令に従って、というわけではなく、それは『連れていく許可を得る手間が省けて、ラッキー!』くらいであったらしい。
村長宅での話には口出ししなかったはずである……。
「さ、人のいないところへ行くわよ」
そう言って、マイルの手を掴み、引っ張るクーレレイア博士。
「え、え、えええ……」
狼狽えるマイルであるが……。
「仕方ないわね。とりあえず、話だけは聞いてあげるわよ……」
普通であれば一番怒りそうなレーナが、何やらやけに物分かりの良いことを言いだした。
「そうですね。何やらお困りのようですし。それに、何より……」
レーナに続き、ポーリンが、そしてメーヴィスが言葉を続けた。
「そう、面白そうだから!!」
* *
「……なる程、人間の街に住みたがる跳ねっ返りを引き戻すために、そういう者達には顔合わせを強制する、と……」
クーレレイア博士達の説明に、ようやく事情を把握した『赤き誓い』。
エートゥルーとシャラリルはとっくに、そしてクーレレイア博士も既に結婚適齢期に入っているらしいのである。
……『適齢期』とは言っても、その期間は600年以上あるらしいのであるが……。
エルフは寿命があまりにも長いため、ひとりの相手と延々と一緒に暮らすのはそのうち苦痛となるので、パートナーは何度も替えるらしい。
別れるとはいっても、険悪な離婚ではなく、円満に、仲良しのまま別れて、その後は友人としての交流が続くのが大半らしい。何せ、すぐに激昂するような年齢ではないので……。
勿論、パートナーの片方が亡くなるまでずっと同じ相手と、という者もいるし、相手の死後も再婚しない者とかもいるらしいが、人間と違い、残された者の余生があまりにも長すぎる上、肉体的にはまだまだ若いため、そういう例は少ないらしい。
おそらく、寿命的なことから、そのあたりは種族としての考え方が人間とは根本から異なるのであろう。
そういう種族なので、別に焦って結婚させる必要はないのでは、と思えるのであるが。少なくとも、200~300歳くらいになるまでは……。
しかし、何回、何十回と結婚を繰り返すエルフにとっても、『初めての結婚』というものはさすがに何か特別なものらしく、家族や親戚、その他色々な者達が口出ししてきてうるさいらしいのである。
……とにかく、村の年配者達と、若い未婚女性が次々と人間の街へ行くため困っている独身男性達が示し合わせて、村を離れている『初婚をしてもおかしくない年齢に達している女性』は定期的に村に戻り、この村と近隣の村の初婚がまだの若者達と顔合わせを行わねばならない、という規則を作ったのは、もうかなり昔のことになるらしい。
どうやら、村を出て人間の街へ行きたがるのは女性の方が多く、男性は保守的な考えの者が多いらしかった。
そして、男女共に、初婚は初婚者同士で、というのが慣習らしいのである。
……そりゃそうであろう。そういうルールを設けてやらないと、若い男が、経験豊富で財力もある年配者達に勝てるわけがない。外見や肉体的な衰えはまだまだこの先数百年はやってこないため、それらによる不利は全くないのだから……。
そして、若々しく頼りがいがあって自分を溺愛してくれる父親のせいでファザコンが多いエルフとなれば、若者にとっては致命的である。
「とにかく、毎回毎回、がっついている男達がしつこくて、参ってるのよ。村から一度も出ようともせず、妻に家のことを全て任せて自分は好き勝手して暮らそうとか考えている若造共が……」
そう、吐き捨てるように言うエートゥルー。
「それって、エルフには男尊女卑とか、女性は家で家事と子供の世話をしていればいい、って風潮があるから、ですか?」
「「「…………」」」
そしてマイルの質問に、苦々しそうな顔での沈黙をもって答える、エルフ三人組。
「「「「…………」」」」
そして、それを見て同じく沈黙する『赤き誓い』の4人。
それは、人間達も同じであった。
メーヴィスが騎士になることを反対されて家を飛び出したのも、ポーリンが父が遺した店は弟に任せて自分は新たに商会を立ち上げようとしているのも、そのあたりに関係している。
「……もっと詳しく聞かせて貰おうかしら……」
面白そうな話になってきた、と、食い付くレーナ。
メーヴィスとポーリンも、何だか興味が湧いてきたようである。
「なる程……」
エルフ3人組から詳しく聞いたところ、別におかしなことを企んでいるわけではないようであった。
女性は生まれた村から出たりするものではない、自分の村か近隣の村の若者と早めに初婚を済ませるべきである、という昔からの風習をゴリ押ししてくる年寄りや初婚相手を探している男性、及びその家族達からの攻撃を挫くため、『あの、寿命がすごく短い人間達でも、若い女性が生まれた村を出て色々と研鑽を積むのは普通のことである』、『この子達は寿命の4分の1近くを過ぎているのに、まだ初婚を済ませていないどころか、男の影すらない。でも、これが普通であり、親も周囲の者達も何も言わない』というようなことを強く主張するから、それに同調して欲しい、という頼みであり、それは決して嘘ではないし、彼女達の気持ちも分かる。
「……ちょっと、馬鹿にされている気がしないでもないけど……」
『男の影すらない』、と断言されて、レーナがそんなことを呟いたが、まだ寿命の10分の1も過ぎていないのに、やりたいことの邪魔をされたり、結婚をゴリ押しされたり、女性は人生を夫の世話のために捧げるものだと強要されたりしたくない、という彼女達の気持ちはよく分かる。種族は違えど、同じ女性であり、夢のために頑張る若者として。
なので……。
「「「「任せなさい!!」」」」
レーナ達、4人の声が揃ったのであった。
* *
「皆の者、よく来てくれた……」
翌日、村の集会所に集まった面々に、長老が訓示を行っていた。
この村の未婚者だけでなく、近隣の村からも集まっているため、ここは村長ではなく長老の出番であった。
勿論、結婚歴が長く結婚回数も多い、その道の大先輩、という意味もある。
集まっているのは、長老の他には、近隣から集まった、まだ初婚を済ませていない若者達。
……『若者』とはいっても、エルフなので、人間の年齢で言えば中年どころか初老すら過ぎているような歳であるが、見た目は成人前(15歳未満)の人間か、せいぜい20歳前後くらいにしか見えないため、違和感はない。一見、ただの婚活パーティーである。
参加者数は、決して多くはない。
元々エルフは数が少ないし、年齢幅が非常に大きいことから、『初婚を済ませていない、結婚適齢期の者』などという限定された条件に合致する者など、そんなにいるわけではない。大半が『初婚はとっくに済ませ、現在何回目かの婚姻中か、次の者が見つかるまでのフリー期間中』の者達である。
なので、この村の者だけでなく、近隣の村との合同で行っているわけである。
勿論、それには『村の中だけで結婚を繰り返すと、新しい血が入らず、種族的に衰退する』という先人からの言い伝えにも関係する。
昔は優れた文明があったらしい世界なので、そういう『種の存続を左右する、重要な知識』は、ちゃんと伝えられているようであった。
そして会場には、長老と参加者、特別招待者である『赤き誓い』の他には、給仕役や『けしかけ役』、『背中押し役』等を受け持つ、かなり年配の女性達しかいない。
……エルフの男性は若い女性を、そして若い女性は父親のような頼りがいのある年配の男性を好む傾向があるため、おそらく参加者の女性達が『対象外の者』に気を奪われるのを防ぐためであろう。
エルフは、マザコンの男性は少ないが、ファザコンの女性とシスコンの男性は多かった。
……エルフ。
闇深き種族であった……。
年末年始休暇が終わり、更新再開です。
本年も、よろしくお願い致します。(^^)/