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44 岩トカゲ

 商人達を引き離して他の場所で野営した『赤き誓い』の一行は、彼らに追いつかれないようにと翌朝はかなり早く起きて出発した。

 出発時間が遅かったのか、マイル達を捜しつつゆっくり進んだのかは知らないが、商人達に追いつかれることなく昼頃には街道から分岐した岩山への小道にはいり、マイル達はようやくひと息ついていた。レーナの機嫌も昨夜のうちに直り、いつもの調子に戻っている。

 その後は、退屈凌ぎにとマイルの『日本むつかし話』シリーズのうち「ごんコボルト」が披露され、「どうしてあんたは、狩猟の前にそんな話を……」と、再びレーナに怒られた。


 そうこうしているうちに岩山の麓へと到着したが、そろそろ日没が近いため、予定通り今日はそのまま野営することとなった。夕食用に小動物でも狩れれば良かったのだが、初めての場所で陽が落ちかけてからの狩猟は危険であるし、それこそ焼き肉の匂いで高位の魔物とかに出て来られては堪らない。おとなしく保存食で我慢するのがハンターとしての常識であった。


 保存食の食事はすぐに終わる。一瞬でお湯が用意できる『赤き誓い』では特に。

 明日の狩りについては、道すがら何度も話し合ったため今更打ち合わせをする必要もない。

 寝るにはまだ早いし、やることもない。

 そしてそういう時はいつもこれである。


「『どこかの世界の童話』シリーズから『三匹の子オーク』、そして『モグリ童話』シリーズから『ドロワースを穿いたコボルト』!」

「やめなさいぃ!」

 額に青筋を浮かべて怒鳴るレーナに、機嫌はまだ直っていなかったのかな、と首を傾げるマイルであった。


「なぁマイル、前から気になっていたんだが、その色々な話はどこで聞いたんだい?」

「そうそう。私も不思議に思っていたんですよ。聞いたこともないお話ばかりで、しかもすごく面白いし……。吟遊詩人とかに売ればいい値が付きそうです」

 メーヴィスとポーリンの疑問に、マイルはドヤ顔で答えた。

「実家の秘伝の書です!」



 翌朝早く、4人は堅パンとスープ(お湯にスープの素を入れただけ)で簡単に朝食を済ませ、まだ完全に明るくなっていない時間から早速狩りを開始した。今日はこのまま昼食抜きで狩りを続ける予定である。

 狩りの成果によって、帰路に就くのが明日になるか明後日になるかが決まるのである。食事を作ったり食べたりする時間が惜しかった。食事など、陽が沈んで狩りができなくなってからゆっくり摂れば良い。


 岩トカゲの生息地はもう少し上の方なので、マイル達は周りを警戒しつつ岩山を登っていった。

 途中で見つけた岩ウサギ等はレーナとポーリンが練習がてら狩りまくり、マイルは収納に入れる振りをしてアイテムボックスに入れていた。

 勿論、本番に備えて力は温存している。魔力を消耗しないよう、弱い魔法を瞬間的に使用して、すぐに回復するような使い方をしていた。


「メーヴィスさん、左前方、岩オオカミです!」

「任せてくれ!」

 群れで狩りをする岩オオカミにしては珍しく、一匹で現れ襲いかかってきた岩オオカミは、マイルの叫び声に反応したメーヴィスの剣の一閃により両断された。

「「「あ……」」」

 ジト目でメーヴィスを見る3人。

「メーヴィス、岩オオカミは毛皮がいい値で売れると言ったでしょう! そんな斬り方をしたら値段がガタ落ちです!」

「ご、ごめん……」

 お金が絡むと強く出るポーリンが苦情を言い、素直に謝るメーヴィス。

「し、しかし、本当に凄いな、この剣の切れ味は……。なんか、上兄様の試技を見た時みたいだ……」

 少し顔を上気させてそう呟くメーヴィスは、何というか、少し怪しい色気があった。

 そう、世の年若き少女達がのぼせ上がりそうな色気が……。

「だ、駄目ですよ、メーヴィスさん! それは、あくまでも今のメーヴィスさんの力不足を補うためのものです。それの力に頼って、自分の力だと錯覚しちゃダメです!」

 少し見惚れそうになっていたマイルが、慌ててメーヴィスに忠告した。

「ああ、この剣がないと弱い、というのでは、騎士として何の値打ちもない。分かっているさ、自分自身の力を得なければ意味がないということくらい。心配するな、道は間違えないさ」

 マイルは安心した。メーヴィスは、やはりメーヴィスであった、と。


「レーナさん、ひとつ聞いていいですか?」

「何よ?」

「あの、岩ウサギ、岩オオカミ、岩蛇、って、どうしてこんな安直な名前なんですか?」

「知らないわよっ!」

 なぜかレーナはいつも怒鳴っているような気がするなぁ、と思うマイルであった。



「……いた」

 パーティの中で一番背が高く、そして先頭を歩くメーヴィスはやはり獲物を見つけるのが早い。

 みんながメーヴィスが指差す方を見ると、一匹の岩トカゲがどっしりと居座っていた。まだ気温が低い朝方であるため、身体を日光で暖めているのか、気持ち良さそうに寝そべっている。

「3メートルくらいか……。少し小さいけど、一匹は一匹。あれを狩れば、依頼失敗という心配は無くなるわ。やるわよ」

 こくりと頷く3人。


 小さいとは言え、3メートルと言えばマイルの身長の2倍である。重さで言えば十倍はあり、荷馬車や荷車無しで運べるようなものではない。収納持ちであっても、普通であれば一匹入れば良い方である。

 しかし一匹では、必要人数と所要日数等から考えると金額的に折り合わない。マイルのような馬鹿容量の収納持ちがいない限り、この仕事は割に合わないのである。この依頼がボードに残っていたはずである。


 岩トカゲは、トカゲと言うと大して強そうに聞こえないが、実は陸ワニとでも言うべき存在であった。

 厚い皮に、鋭い歯が並んだ巨大な口。走る速さは全力疾走する人間よりやや遅い程度であるが、戦闘時における噛みつきや尾を振る時はかなり敏捷である。

 噛みつかれてグルグルと身体を回転されれば、屈強な大人でもひとたまりもない。また、その強力な尾の一撃を食らえば、革の防具を着けていても骨折は免れない。

 そして更にやっかいなのが、依頼の内容である。

『素材採取』。

 岩トカゲは、その名の通り、岩場に住む。なので、討伐依頼が出されることは殆どない。依頼の大半は、今回のような素材採取である。

 肉は食用。肝臓は薬の材料や強壮食の食材として。爪や歯は武具や細工物の素材として。そして皮は、防具や鞄等の素材として。

 つまり、狩る時にあまり損傷を与えることは出来ず、遠くから魔法でフルボッコ、というわけにはいかないのである。


「メーヴィス、頼んだわよ」

「ああ、任せてくれ!」

 魔法組に置いて行かれそうな気がして、普通に振る舞ってはいたものの内心では焦りが募っていたメーヴィスである。それが、自分が全力で振るっても折れず、曲がらず、欠けずの愛剣を手に入れ、そして巡ってきた自分の活躍の場に、心が逸るのは仕方ない。


「冷却!」

 早口で呪文を唱えていたポーリンが、締めの言葉と共に魔法を放った。

 何かが飛んで敵に命中する、というような派手な魔法ではないため岩トカゲは攻撃されたことに気付いていないようであるが、急激に下がり始めた体感温度に、不快そうに身じろぎしていた。

「アイシクル・ジャベリン!」

 同じく、詠唱していたレーナが攻撃を放つ。

 得意ではない氷の魔法であるが、仕方ない。炎で焼くと皮や肉の価値が下がるのだから。

 それを、傷付けても価値があまり下がらない部分、首筋に向けて放ったのだが、命中した氷柱は厚い皮に弾かれた。

「なっ……」


 いくら得意ではないとは言え、氷の魔法も人並みには使いこなせる。そして自分の魔力と精度であればかなりのダメージを与えられると思っていたレーナは少し動揺した。

 しかし、考えてみれば当たり前である。防具の素材となる皮が、そう易々と貫通されては話にならない。レーナはすぐに次の呪文詠唱にはいった。ポーリンは既に冷却魔法の2発目を詠唱中である。

「行くよ!」

「はいっ!」

 メーヴィスの声に、元気に答えて飛び出すマイル。

 今回は、マイルも剣士として攻撃する。

 マイルが魔法で攻撃すると素材が駄目になるのではないか、との意見が過半数を占めたためである。4人いて過半数とは、すなわちマイル以外の全員、ということであった。


 さすがに日光浴モードでのんびりしていた岩トカゲも、氷柱による攻撃で敵の存在に気付き、戦闘態勢にはいっていた。剣を持ち接近するメーヴィスとマイルに気付き身体を動かすが、その動きは遅く、ぎこちない。

 元々、攻撃動作以外はそれほど俊敏ではない岩トカゲであるが、それにしても動きが鈍い。

(マイルの作戦が効いてる?)

 岩トカゲに駆け寄りながら、メーヴィスは思った。

(直接ダメージを与える攻撃魔法じゃなく、冷やして動きを鈍らせる、なんて……。マイルのやつ、どうしてそんなことを思いついたんだ?)

 レーナとポーリンは、呪文詠唱に集中しなければならないため悠長に考え事をする暇などなかったが、やはり意識の片隅では同様の考えが浮かんでいた。


 狙いは、首。

 商品価値を下げないためには、胴体への損傷はなるべく避けたい。

 そのためには、首、手足、尾の切断あたりならば問題ないが、首以外は切っても即死するわけではなく、暴れ方が酷くなるだけである。必然的に、首狙い一択となる。

 接近したメーヴィスが剣を振り上げて首を狙うが、そこに、予想外に素早く振られた尾が叩きつけられた。

「うわっ!」

 メーヴィスは慌てて剣で受けようとしたが、強力な尾の一撃がそれくらいで止められるわけがなく、そのまま吹き飛ばされた。

 しかし、今はメーヴィスの名を呼んだり心配したりする時ではない。それは、敵を倒した後でやれば良い。

「このおっ!」

 マイルが岩トカゲの首を狙って斬りかかったが、マイルにも尾による攻撃が襲いかかった。

(これくらい、どうってことは……)

 古竜の半分の力であれば岩トカゲの力くらい、と考えて尾を片手で受け止めようとしたマイルは、そのまま派手に吹き飛ばされて宙を舞った。

「………………あれ?」


「マイルうぅ!!」

 そのまま十メートル近く離れた岩に叩きつけられたマイルを見て、叫び声を上げるレーナ。少し飛ばされて地面に倒れただけのメーヴィスと違い、それはあまりにも大きなダメージに見えた。

 レーナはそのまま駆けだした。マイルではなく、岩トカゲの方へ。

 ポーリンはメーヴィスが吹き飛ばされた時点で既に飛び出しており、メーヴィスに治癒魔法をかけていたが、慌ててマイルの方へと走り出した。


(嫌だ! もう仲間が死ぬのは嫌だ! 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だあァァ!!)

 レーナは涙でぐしゃぐしゃになった顔で呪文を唱えた。

「燃え盛れ、地獄の業火! 骨まで焼き尽くせえェ!!」

 紅蓮の炎が吹き上がり、岩トカゲを包み込んだ。


「マイルぅ!」

 炎の中でのたうちまわる岩トカゲを無視してマイルの側へ駆け寄ったレーナが目にしたのは、てへへ、という顔をして照れ臭そうに笑うマイルと、その側でぽかんと突っ立っているポーリンの姿であった。

「な、何で……」

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― 新着の感想 ―
[一言] 大山のぶ代、三輪勝恵、黒柳徹子
[気になる点] 岩トカゲ普段は誰が狩っているのか? 倒せても、運べないなら金にならない。
[一言] ごん、お前だったのか...
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