436 エルフの里 2
「では、行きますよ!」
「「「おお!!」」」
メーヴィスの掛け声に応えるレーナ達『赤き誓い』のメンバーと、頷くエルフ達。
里に近い街で馬車と馬を業者に預け、御者にはこの街で待機していてもらう。
……待機中もちゃんと賃金が支払われるので、美味しい仕事である。まぁ、大抵は飲み屋や博打場で賃金の大半を使ってしまうのであろうが……。
そしてここからは、徒歩で移動する。
エルフ達は、全員がマイルの収納魔法……ということになっている、アイテムボックス……の存在を知っている者達ばかりなので、皆の荷物と、これ幸いとばかりに重さや体積、壊れやすさとかを全く考慮せずにエルフ達が大量に買い込んだお土産が収納されている。
元々、森の中で自然と共に暮らしているエルフ達はあまり現金収入というものがなく、たまに人間の街に出てくる時には、良い値で売れる薬草や毛皮等を持ってきて換金する程度である。
なので、人間の街で暮らしている者達がたまの里帰りで持ち帰るお土産を楽しみにしているらしい。最後の行程では馬車を使わないため、あまりたくさんのお土産は持ち帰れないのであるが……。
「ふふふ、今回は、みんな驚くわよ……」
「そうですわね。重くてあまり持ち帰れない、人間達のお酒とか鉄製品とかをたくさん買い込みましたから、皆、喜んでくれるでしょうね」
機嫌が良いらしく、クーレレイア博士の言葉にシャラリルが答えている。里帰りが、決して面倒で嫌なことだというわけではなく、それなりに楽しみでもあるのだろう。
そして彼女達は、マイルの収納魔法が使える今回のチャンスを逃すまいと、蓄えの一部を切り崩して、かなりのお土産を買い込んだのであった。普通の里帰りの者達が持ち帰るお土産の常識を超えて、大量に……。
勿論、そんなものを持ち帰れば、マイルの収納魔法の異常性がモロバレとなるのであるが、最早、そんなことを気にする者は誰もいなかった。
森の中に入ってからすぐに、最初のうちはあった細い道が獣道レベルになり、そしてそれすらもなくなって、文字通りの『道なき道』を進むこととなった。
別に里の場所を隠しているというわけではないが、歓迎すべかざる余所者がやってくるのを防ぐために、わざと道を分かりにくくしたり、ぐるぐると同じ場所を廻っているのではないかと錯覚させるようになっていたり、無意味な分岐点があったり、そして時々道がなくなったように偽装されていたりするのである。
((((いや、それって、充分『里の場所を隠している』んじゃあ……))))
そう思う『赤き誓い』の4人であったが、エルフ組は、あくまでも『隠しているわけではない』と言い張っていた。
彼女達が言うには、もし本気で隠そうとするならば幻惑結界を張ったり、飛び出す竹槍とか落とし穴とかを設置する、とのことであった。
「勿論、飛び出す竹槍には毒を塗っておきますし、落とし穴の底にも竹槍を植えておきますよ」
「「「「……怖いわっっ!!」」」」
もし人間がそれを仕掛けて、迷い込んだ近隣の村人とかハンターとかが引っ掛かったりすると大問題であるが、エルフの場合は問題ないらしかった。
このあたりは、一応は人間の国の一部ではあるものの、実質的にはエルフの支配地域であり、その自治権が認められているから、とのことである。なので、侵入者をどうしようがエルフ側の自由、ということらしい。
人間とは友好的であり様々な条約を結んでいるから、そういうことは自粛しているというだけであって、『やってはいけない』とか、『できない』というわけではない、ということである。
「だから、余程のことがない限り、エルフ以外を里に連れていくことはないのよ。ま、私達が一緒だから、今回は問題ないけどね。ちゃんと事前に手紙で許可は取ってあるし……」
勿論、手紙はギルド留めで、たまに誰かが確認に行くらしい。日本での、『局留め』のようなものである。
「……え?」
そして、はてな、というような顔になったマイル。
「それって、普段は護衛は連れていかない、ってことですか?」
「「「「「「…………」」」」」」
あちゃー、という顔のエルフ組と、今まで気付いていなかったのかと、驚いた顔のレーナ達。
そう、里帰りの度に護衛や馬車代で何枚もの金貨を使うのは負担が大きすぎるだろう。
なので、最寄りの街までは乗合馬車で戻り、そこから先は自分達だけで、というのが普通なのであった。
街までの護衛は、乗合馬車の経営者が雇ってくれる。
勿論、その費用は乗車賃に反映されているが、自分達で馬車や護衛を用意することに較べれば、ずっと割安である。
……つまり、普通は借り上げ馬車を仕立てたり、自分達で護衛を雇ったりはしない、ということである。
「え? どういうこと……」
不審そうな顔のマイルであったが、即座にシャラリルが説明した。
「護衛依頼のついでに、マイルちゃん達をエルフの里に御招待しようと思ったのですわ! 森の学術調査の時には色々とお世話になりましたからね!」
「そうそう! あの時、エルフの里に興味があるみたいでしたから、お礼代わりにと……」
「私も、獣人達から救い出してもらったからね! とうさまに紹介しようと思って……」
そして、エートゥルーとクーレレイア博士がそれに続いた。
「え……」
それを聞いて、ぱあっ、と顔を輝かせたマイル。
「ほ、本当ですか! ありがとうございます! 実は私、『エルフの里』っていうの、是非見てみたかったんですよ!」
((((((知ってた……))))))
斯くして、マイル以外は全員が知っている『企み』によって、エルフの里へと向かう一行であった……。
「で、エルフの里って、人口……、『エル口』は、どれくらいなんですか?」
「何よ、そのおかしな単語は! エルフもドワーフも『ヒト種』なんだから、『人口』でいいわよ! 数える単位も、『人』! 3エル、4エルとか、おかしな単位で数えないでよね!」
クーレレイア博士、激おこ。エートゥルーとシャラリルは、苦笑しているだけである。
「す、すみません……。で、その、人口は……」
「禁則事項よ!」
「え?」
不愉快そうなクーレレイア博士の返答に固まったマイルに、横からエートゥルーが教えてくれた。
「人数なんて、安全上、最も重要な要素じゃないの。
人間は開けた場所に固まって住んでいるから隠しようがないけれど、私達エルフは一応は村を形成しているものの、多くが周辺の森の中に散在して暮らしているからね。正確な数は伏せておいた方が、侵略者や襲撃者に対抗するには有利なのよ」
「あ、なる程……」
盗賊どころか、領主であっても、エルフに手出ししようなどと考える者はいないというのに……。
何しろ、エルフは魔法に長けた者が多い上、森に詳しく、新陳代謝が活発ではないせいか少ない食料で生きていけるし、……そしてプライドが高く、森を大切にし、仲間意識が強い。
こんな連中を敵に回せば、多少の人数を揃えたところで、森に入った途端、全滅である。
しかも、全てのエルフ氏族にあっという間に情報が伝わり、敵対した人間の組織は全ての国のエルフ達から敵視される。
おまけに、エルフは人間から尊敬されているし、その知恵や美貌から、心酔している王族や貴族、その他の権力者達も多い。中には友誼を結んだり、血縁関係にある者もいる。
……このエルフ達、俺TUEEEくせに慎重すぎる。
(まぁ、人間は、死んでも残り数十年分の人生がなくなっちゃうだけだけど、エルフは数百年分の人生がなくなるからなぁ。失う年数が多すぎて、慎重になるのかも……)
そんなことを考えるマイルであるが、年寄りは若者より慎重になるのは当たり前のことであった。40~50歳の人間など、エルフから見れば、若造どころか、子供である。
余程のことがない限り、年配のエルフが人間に対して温厚で優しく、親切であるのは、自分の孫くらいの年齢の者に対するおじいさんとしての対応なのであろうか……。
「さすが、年の功……」
思わずそう呟く、マイルであった……。