433 強権発動
「ところで、アイテムボックスなのですが……」
マルセラが、モニカとオリアーナに向かって、真剣な顔で話し掛けた。
「あまりにも便利ですから、他の方が見ておられないところでは、みんなでそこそこ使用するのは仕方ありませんけど、他の方の目があるところでは、誰かひとりだけが使用した方が良いと思いますの。
いくら何でも、私達3人全員が収納魔法の遣い手、というのは、さすがにアレですから……」
「「確かに……」」
さすがに、それはやり過ぎであろう。
表向きの事情を知っている一部の者達は、『ああ、また女神様に会って、何かの褒美に祝福を授けられたのか……』とでも思ってもらえるであろうが、納得してもらえる、ということと、それを利用しようとして纏い付かれるかどうかとは、また、別の話である。
そして、表向きの事情を知らない者達には、3人パーティの全員が収納魔法の遣い手、などという天文学的な確率のことを偶然だなどと思えるわけがない。
そこには、何らかの秘密があると考えるのが普通であろう。
画期的な、収納魔法の会得方法がある。
魔法のバッグ等、何らかのアイテム的なものの存在。
血筋による遺伝。
その他諸々……。
そう、その秘密を入手するためならば、平民の命など何とも思わないであろう貴族、王族、商人、犯罪者達が群がるに決まっている。
そして、稀少な収納魔法使いが3人も固まっているのは人材の無駄遣いだとして、3人を別々に活用すべきだという話が上の方……ギルド上層部とか、王宮とか、軍とか……から出る可能性もある。
「完全に隠してしまうと、獲物の輸送や色々な使い方が全くできなくなりますから、どうしてもひとりは使える、それもかなりの大容量で、ということにしなければなりませんわ。
それで、誰が使えることにするか、ですが……」
そう言って、ひと呼吸置いてから、落ち着いた声で宣言するマルセラ。
「……私が引き受けようと思いますの」
「「なっ!」」
そして、それを聞いて驚きの声を上げるモニカとオリアーナ。
「いけません! 収納使いの子供など、盗賊や違法奴隷狩りに一番狙われやすい獲物ですよ、危険過ぎます! それは私が引き受けます。商人の娘ならば、貴族のお嬢様よりは収納魔法を持っていることが不自然ではありませんし……」
「いえ、それは私が。私達3人の中で、私が一番身分が低いですから、危険を引き受けるのは私の役目です」
モニカとオリアーナがそれぞれそう言って、収納魔法が使えるということを公表するのは自分だと主張したが、マルセラが珍しく、少し怒ったような強い口調でそれに反論した。
「平民に危険を押し付ける貴族など、クズですわよ! 高貴なる者の義務という言葉を御存じではありませんの? モニカさん、私に貴族として失格者であるとの烙印を押そうと? ……そして、オリアーナさん!」
視線をモニカからオリアーナへと移した、マルセラ。
「私達の間に、身分は関係ありませんわ!」
しかし、それを聞いたモニカとオリアーナが即座に反論した。
「ダブルスタンダードです! 御自分は身分を盾にして危険を引き受けようとしながら、オリアーナには『身分は関係ない』ですって? 勝手過ぎますよ!」
「ならば、論理的な理由を挙げます。この中では私が一番魔力が低いですから、『常に収納魔法を使っているから、他の魔法に回す余力が少ない』ということでそれが説明できます。そうすれば、一番役立たずな私の対外的な立場が向上しますから、私にとってはありがたいです。
それに対して、マルセラさんが引き受けてしまうと、あまりにもマルセラさんの価値が上がりすぎて、ますます狙われることになりますよ、王族とか上級貴族達に……。
攻撃魔法が使える、若くて婚約者のいない貴族の娘、しかも女神の御寵愛と収納魔法付き。絶対に逃げられなくなりますよ、いいんですか?」
「うっ……」
モニカとオリアーナの反論に、言葉が返せないマルセラ。
決して討論が苦手な方ではないマルセラであるが、商人の娘であるモニカと天才の部類に入るオリアーナを同時に相手にするのは、あまりにも分が悪すぎた。
しかし、人間には『決して退けない時』というものがある。
マルセラにとって、今がその時であった。
「パーティリーダーとしての決定事項です!」
「「うっ!」」
そして遂に、マルセラが今まで一度も使ったことがない切り札を切った。
パーティリーダー権限。
ハンターパーティは、仲良しクラブではない。
全員が納得するまでみんなで話し合い、とか、多数決で、などと言っていたら、すぐに全滅する。
なので、リーダーが決定したことには、絶対服従。どうしてもそれに納得できない場合は、パーティから抜ける。それが、ハンターパーティにおける鉄則であった。
「「…………」」
何とも言えない表情で黙り込んだ、モニカとオリアーナ。
そして、しばらく悩んだ末に……。
「……分かりました。分かりたくありませんけど……」
「同じく……」
どうやら、やむなくマルセラの判断……、いや、パーティリーダーとしての決定を受け入れることにしたようであった。
「……では、念の為に、私が昨夜思い付いた『緊急退避魔法』について御説明します」
「「え?」」
少し微妙な空気が続いた後、オリアーナが、突然何やら説明を始めた。
「いえ、マルセラ様が危険を背負われることになりましたから、まだ思い付いただけで詳細検討も実証作業も何もしていないのですけど、誘拐されたり、脱出しなければならなくなった時のための方法を思い付きましたので……」
そして、モニカとマルセラに視線で続きを促されたため、話を続けるオリアーナ。
「私達が分かれて別々に行動している時、もし誰かが危機に陥ったり捕らえられたりした時には……」
オリアーナの話の続きをじっと待つ、モニカとマルセラ。
「自分で自分をアイテムボックスに入れるのです」
「「はあぁ?」」
意味が分からないよ、というような顔の、モニカとマルセラ。
「アイテムボックスの中は、時間が停止しています。ならば、水も食べ物も、そして空気や光すら無くても全然困りません。いくら時間が経とうが、待っている間の退屈や苦痛とも無縁です。
なので、危なくなったら自分をアイテムボックスに入れて、他のふたりが取り出してくれるのを待てばいいのです。……あ、待つも何も、本人にとっては一瞬のことですけど……。
ですから、別行動をしている時には、みんな、1日に1回くらいは『アイテムボックスの中に、他の者が入っていないかどうか』を確認するよう義務付ければ……」
「「天才ですかっっ!!」」
「……あ、天才でしたね。少なくとも、超難関である特待生入学を果たすくらいには……」
「そうでしたわね……」
セルフ突っ込みの、モニカとマルセラ。
「但し、これには注意しなければならないことがあります」
「……何ですの?」
「他の者が既に入っているのに気付かず、うっかりみんなが入ってしまうと……」
「「入ってしまうと?」」
「取り出せる人がいなくなって、永久にそのままです。アイテムボックスの中では時間が停止していますから、自分で出る、ということはできませんから……」
「「…………」」
オリアーナの説明に、少し顔色が悪くなるモニカとマルセラ。
「いえ、余程切羽詰まってでもいない限り、入る前には必ず中を確認すれば済むことですから……」
オリアーナの説明で、少し顔色が戻ったふたりであったが……。
「あ」
マルセラが、小さな声をあげた。
「どうかなさいましたか、マルセラ様?」
モニカが、怪訝そうに尋ねた。
「もし、私達のうちのひとりが他国へ遠出しまして、その、国元に残ったふたりのうちのひとりがアイテムボックスに入れば、一瞬の内に他国へと……」
「「あ……」」
「そして、用事が終わった後、ふたりがアイテムボックスの中に入れば、一瞬で帰還……」
「「……」」
「「「…………」」」
「「「………………」」」
「それって、お伽噺に出てくる、超時空魔法の『空間転移魔法』じゃないですかああああぁっっ!!」
「何てことを考え付くのですか! ヤバ過ぎるでしょうがああああぁっっ!!」
「……悪かったですわ……」