432 『ワンダースリー』の帰還 2
「では、マルセラさん達は、アデルさんを国元に連れ戻すことは諦めるのですか? それでは、これから……」
「はい、王女殿下の命とはいえ、就任早々の長期間に亘る不在と、そして任務の失敗。その責任を取って、近衛兵の職を辞したいと思います」
「えええええ~~っっ!!」
マルセラの爆弾発言に、思わず大声を上げてしまったモレーナ王女。
「しい~っ! 静かにして下さい!」
慌てて、モレーナ王女の口を押さえるマルセラ。
些か不敬ではあるが、仕方ない。それに、王女とは結構気心の知れたお友達なので、これくらいは大丈夫である。
何しろ、こんな安宿で大声で叫ばれたら、宿中に響いてしまう。しかも、若い女性の叫び声とあっては……。
「「「「「「どうしました!!」」」」」」
宿の者や、下心満載の若い男達が殺到するに決まっている。
「「「「すみませんでした……」」」」
頭を下げて、集まってきた宿の者や泊まり客達に帰ってもらったマルセラ達。
「悪かったですわ……」
そして、しょんぼりした顔でマルセラ達に謝罪する、モレーナ王女。
深夜でなくて、幸いであった……。
「しかし、マルセラさんがあんなことを言うからですよ! あれは、私が命じた任務です。……そりゃ、皆さんに唆された、ということはありますが……」
モレーナ王女は、一応、マルセラ達にうまく利用されたということは自覚しているらしい。
しかしそれは、別に騙されたというわけではなく、互いの利益、互いの思惑が一致したために、それぞれ自分ができる役割を分担して果たしただけである。そのため、取引相手としても、『友達同士』としても、何ら問題となることはない。互いに、承知しての『共同謀議』であったのだから。
……ただ、実現には至らなかったものの、マルセラ達による『アデルと一緒に、知らん振りしての逃避行作戦』だけは、ちょっと裏切り臭かったが……。
「なので、皆さんが女性近衛兵としての職を辞される必要はありませんわ。今回のことは、私が既にお父様や各部からのお叱りを受けて、充分な罰を受けて、ケリが付いておりますから。
そう、お小遣いの削減とか、外出時間の制限とか、勉強時間の増加とか、それはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれは、厳しい罰の数々を……」
ぎりぎり、と歯を食いしばりながら、血を吐きそうな顔でそう訴える、モレーナ王女。
そして、うわぁ、という顔でそれを受ける、マルセラ達。
「まぁ、なぜかそれで私の評価が上がったようなのは、不思議なのですが……」
「「「え?」」」
そう、女性近衛分隊設立の際の、手際の良さ。そしてそれさえも真の目的のための予備作戦に過ぎなかったという、驚嘆すべき計画性と、最後まで露見することなく計画を遂行させた、恐るべき才覚。『謀略王女』として、第三王女モレーナの株が爆上げとなったのであるが、本人達は、そんなことは全く知らなかった。
「とにかく、そういうわけですので、女性近衛分隊については予定通り試行が継続していますし、皆さんには何の落ち度もありませんから、このまま元の任務に復帰して戴くことには何の問題もありませんわ。明日、私からの任務を終えて帰還した、ということで、王宮に帰還して戴ければ……」
どうやら、引き続き近衛として勤務するのは問題ないらしかった。
しかし、マルセラ達にとっては、それは些か都合が悪かった。
アデル捜索の旅に出るため、合法的に、何の問題もなく出国するための手段として計画した、モレーナ王女の命令による今回の作戦である。それが終わった以上、ずっと軍人として働きたいわけではない。
元々、マルセラ達は3人共、そういった仕事が合う性格ではなかった。なので、さっさと退職したいのであるが、モレーナ王女は、せっかく『腹を割って話せる、本当のお友達』である3人が自分の側に来てくれたのに、それを手放したくはなかった。
そして更に、モレーナ王女はマルセラを自分の兄か弟の嫁に、と企んでいる。兄と弟もそれを強く望んでいる節があるため、それは決して自分よがりの妄想や陰謀というわけではない。ただ、マルセラの意志を全く考慮していないだけで……。
しかし、兄であるアダルバートも、弟であるヴィンスも、自分から見て充分魅力的な男性であるし、仮にも、王太子殿下と第二王子である。その縁談を嫌がる女性がいるなどとは、モレーナ王女の想像の枠外であった。
そう、モレーナ王女は、自分の望みと兄弟の望み、そしてマルセラの幸せは完全に一致していると信じていた。
なので、マルセラを翻意させようとして、言ってしまった。そう、言ってしまったのである。
「兄様と弟も、マルセラさんが王宮に住まわれることを望んでおりますし……。そろそろ、ふたりのうちどちらかが婚約の話を切り出す頃だと思いますわよ。
モニカさんも、お父様がとある男爵家に婚約の話を打診されているそうですし、オリアーナさんを養女に迎えたいという貴族家もあるそうですのよ。そうすれば、貴族の娘として、良い嫁入り先が……」
「「「ぎ」」」
「ぎ?」
「「「ぎゃああああぁ~~!!」」」
幸いにも、ついさっきしでかしたばかりであったため、宿の者や他の宿泊客が飛んでくることも、うるさいと怒鳴り込まれることもなかった。
* *
「「「…………」」」
そしてモレーナ王女が帰り、しばらく静寂が続いたあと……。
「まだ、王族の愛人なんかになって人生を終わらせたくはありませんわ……」
「貴族の養女といっても、私自身にそんな価値があるわけではなく、ただアデルさんが戻られた時のための餌、ですよねぇ。
ただの平民の娘が貴族の間でどういう扱いを受けるかなんて、容易に想像がつきます。
いえ、表向きは普通に扱われるかもしれませんけど、到底気の休まるような暮らしじゃありませんよねぇ……」
「同じく!」
マルセラ、オリアーナ、モニカの思いは、同じであった。
そして……。
「「「脱出!!」」」
* *
翌日、いつまで経っても王宮に姿を現さない『ワンダースリー』に、痺れを切らせたモレーナ王女が宿に様子を見に行くと……。
「その方達でしたら、昨夜のうちに急に出立なさいましたが……」
「え?」
さすがに、王女殿下に対して『お客様の個人情報は……』などと言う根性はなかったらしい宿の主人は、簡単にそう教えてくれた。
そう、急いでいたモレーナ王女は、変装することなく、そのままの恰好で、護衛を引き連れたままやってきたので……。
そして大慌てでハンターギルドに向かったモレーナ王女は、窓口に駆け寄った。
「わ、『ワンダースリー』の皆さんは……」
よく教育された受付嬢は、王女の服装や護衛の存在にも関わらず、相手をひとりのFランクハンターとして、普通に扱った。そう、いつものように、『ワンダースリー』の一員として……。
「お手紙を言付かっております……」
奪うようにして封書を受けとったモレーナ王女は、震える手で封を切り、中の手紙を取り出した。
そして、急いでそこに書かれた文章に目を通すと……。
『「このまま元の任務に復帰せよ」との命により、再びアデル・フォン・アスカム女子爵の捜索の任に就きます。異状なし。任務継続中。皆、元気』
「やられましたわ! アイツらああああぁ~~!!」
* *
「どっちへ向かいます? 真っ直ぐアデルちゃんのところへ?」
「昨日の今日で、そんなに早く顔を出せませんわよ、恥ずかしくて!」
「なら、欺瞞工作を兼ねて、反対方向である西へ向かいませんか? ハンターとしての腕を上げて、アデルちゃんが私達を拒否できないくらい強くなるために。
そして、ぐるりと西方をひと廻りしてから、こっそりとこの国を抜けて、ティルス王国へ。
『アデルちゃんのためにハンターになる』も何も、もう既に一人前のハンターになってしまっていれば。そして、アデルちゃんが一緒であろうがあるまいが、私達がハンター生活を続けるということであれば。……アデルちゃんに、私達と一緒にいることを拒否する理由がなくなりますよね?」
「「……それだっっ!!」」
そして、『ワンダースリー』は西へと進む。
マイルの領地であるアスカム子爵領を経由し、『赤き誓い』が以前旅した、西方の国へ……。
帰国の旅では、依頼を受けることなく真っ直ぐ母国を目指したために。
そして、帰路における魔法の練習は、マイルから教わった支援魔法を慎重に検証することばかりであり、全力で攻撃魔法を放つようなことは全くなかったために。
自分達の周囲に、常に『同調適性が非常に高い、大量のナノマシン』が随伴している、ということも、それが何を意味するかということも、知ることなく……。
勿論、マイルもまた、自分が何をやらかしてしまったのかを知ることはなかった……。
明日、11月27日は、『いいFUNA』の日です。(^^)/