431 『ワンダースリー』の帰還 1
「植物、死んだ動物と魔物、生きている動物と魔物、収納試験終了。全て、異状ありません」
「逆さにした瓶からの水の減り具合から、中での完全な時間停止を確認!」
「私が入れたものをオリアーナが取り出すことも、その逆も、支障なし」
「倒木の収納が可能であることを確認。少なくとも、その程度の収納をしても全く影響はありませんね……」
「アデルさんの説明通りですわね……」
『ワンダースリー』は、帰国の旅の途中で、人気のない森の中で実験を行っていた。
そう、彼女達が、いくらマイルから詳細説明を受け、少し練習して確認したとはいえ、充分な検証作業もせずに新しく覚えた魔法を使うわけがなかった。
みっちりと確認試験を行い、思わぬ欠点や落とし穴がないかを徹底的に調べ上げるのが、彼女達のやり方であった。
それに、モレーナ王女に送った手紙と自分達の到着に少し日数があいた方が良いので、マイルから教わったその他の新しい魔法も、じっくりと練習して完全に自分達のものにしておくつもりであった。王都内では、人目があるため練習できないので。
そして、色々と確認した『アイテムボックス』の魔法であるが……。
「アデルさんの説明に、間違いはありませんでしたが……」
「はい、アデルちゃんは、人にものを教えるのは上手ですし、説明はいつも正確無比ですから……」
「間違いはありませんでしたが……」
「……はい」
「「「とってもマズいです!!」」」
3人の声が揃った。
「このアイテムボックスに、大量の商品を詰め込んで運んだら……」
「流通システムが破壊されますよね。運送関係、つまり荷運び屋、馬車屋、馬屋、荷馬車の製造を行う職人、御者、護衛のハンター達、そしてそれらの人々がお金を使うお店、その他諸々が大きなダメージを……」
マルセラの言葉に、引き攣ったような顔でそう言うモニカであるが、オリアーナの顔はもっと引き攣っていた。
「それだけじゃありません。もし私達のうちのひとりが籠城する城や砦の中にいて、もうひとりが食料が豊富な街にいたら。そして、どんどん物資をアイテムボックスに入れて、砦の中にいる方がそれを取り出し続ければ……」
「水や食料が尽きることなく、無限の籠城が可能に……」
オリアーナの説明に、蒼白となるモニカ。
そんな軍事上の核兵器を、国が放っておくわけがなかった。
しかし、マルセラが、更にとんでもないことを口にした。
「食料だけでなく、増強のための兵士をどんどん入れて、砦の中で取り出せば……。
いくら戦っても、減ることのない兵士。戦っても戦っても、籠城している兵士の数が減る様子が全くない。確かに、戦う度に、毎回死者が出ているはずなのに……。
そんな攻城戦、攻める側の兵士が耐えられませんわよ!
ただでさえ、守る側が有利だというのに……」
そう。もし、そんなことが可能だということが、国に知られたら。
王宮が。貴族が。そして軍が。
……黙っているはずがない。
「「「絶っっっ対に、秘密ですっっ!!」」」
そう。もしバレた場合、3人の未来は、選択肢のない直線ルートとなるだろう。それも、あまり楽しいとは言えないルートに……。
「アデルさん、私達に、とんでもない火種を……。
いえ、ありがたいですわよ、勿論! 荷物運びの苦労がなく、清潔を保てるというのは、とんでもなくありがたいですわよ! でも、あまりにも危なすぎますわよ、この超特大の火種は!!」
吠えるマルセラに、諦めたような顔のモニカとオリアーナ。
「ま、アデルさんですから……」
「アデルちゃんですからねぇ……」
「「「…………」」」
* *
「来た! どれだけ筆無精なのですか、あの3人は……。滅多に連絡を寄越さない上に、やっと来たと思えば、『異状なし。任務継続中。皆、元気』だけですものね、今までに来た2通共! 少しは文面を変えなさいよっ!!」
モレーナ王女、いや、『ワンダースリー』の新入り、Fランクハンターの『モレン』は、ハンターギルド王都支部の受付窓口で手紙を受け取ると、人に聞かれないよう、小声でそう毒づいた。
「とにかく、内容を……。また3行で終わっていたら、さすがに怒りますわよ……。
どれどれ……」
そして、封を切り、中の手紙に目を通す『モレン』。
「どれどれ……、って、ええっ! 帰国する、ですってぇ! 詳細報告は帰国後? 何々……」
そして、急な帰国にも関わらず、その理由も、成果についても何一つ書かれていない手紙を握り潰しながら、『ワンダースリー』の3人からの、あまりにも情報量が少なすぎる手紙に対して、ぶつぶつと文句を言いながら王宮へと戻るモレー……、『モレン』。
「しかし、あの子達が戻ってくれば、今度は二度と逃げられないようにと、お父様、お母様、そして兄様や弟、その他大勢の方達が……。少し、皆の思惑を確認しておく必要がありますわね……」
そう、何やら、不穏な言葉を漏らしながら……。
* *
「帰ってきましたわね……」
母国ブランデル王国。その王都へと戻ってきた、『ワンダースリー』一行。
3日前に最寄りの街で出した手紙は、昨日にはこの街のギルドに届いているはずであり、そしてモレーナ王女の手に渡っているはずである。
ギルド便ではなく、王都へ向かう乗合馬車に託された手紙であるが、届かないというようなことは、盗賊にでも襲われない限り、滅多にない。そして、このような王都に近い主要街道に出没する盗賊など滅多にいないし、もしそのようなものが現れれば、すぐに討伐隊が出される。
それに、その後を辿った『ワンダースリー』が盗賊出現の話を耳にしていないということは、手紙が無事届いているということであった。
「では、手筈通り、今日は指定した宿でゆっくり休みましょう。王女殿下がお忍びで来られるまで、仮眠でも取りましょうか」
「はい、今朝は早く起きて出発しましたからね」
「久し振りに、ゆっくり休みましょう」
マルセラの提案に頷く、モニカとオリアーナ。
モレーナ王女に手紙で教えておいた宿が満室になって、泊まれなかったりすると大変である。なので、かなり早い時間に王都へ到着し、さっさと宿を取るマルセラ達であった。
* *
「お客さん方を訪ねて、若い女性が来られておりますが……」
「はい、知り合いですので、お通ししてください」
夕食後、王宮を抜け出したらしきモレーナ王女がやってきた。
勿論、お忍びとは言っても、ちゃんと隠れ護衛が付いており、宿の周囲を固めているのは間違いないが……。
「皆さん、長期間に亘る特別任務、御苦労でした。怪我もなく、壮健なようで、何よりです。
それで、首尾の方は……」
そして、マルセラ達は語った。
アデル・フォン・アスカム女子爵の生存を確認したこと、そして現在はそれなりに幸せそうに生活しているらしきことを……。
しかし、どこにいるかということ、今は別の名を名乗っていること、そして数年後には帰国する可能性があること等は、一切喋らなかった。
アデルの帰国の可能性を示唆すれば、王子達が正妃の座を空けたまま待つ可能性があるし、現在名乗っている名や居場所を教えたりすれば、使者という名の『連れ戻し部隊』が密かに派遣されることは間違いないからである。
「御本人の許可なく、他の者に居場所を教えることは禁止されました。もし禁を破ると、アデルさんの中にいる、『アレ』が……」
「うっ!」
そう言われては、さすがに何も言えないモレーナ王女。
「しかし、御実家の問題は既に片付き、アデルさんが正式な後継者、アスカム女子爵となられたことは……」
「はい、勿論お伝えしましたが、今は、他にやるべきことがあるから、と……」
「そうですか……。でも、御無事で、今、お幸せなのであれば……」
どうやら、モレーナ王女は、無理矢理アデルを連れ戻そうとまでは考えていないようであり、ほっとひと安心のマルセラ達であった……。