430 マイルの決断 3
アイテムボックスは、ナノマシンがマイルの思念による具体的な指示で物品を出し入れするものであり、『ナノマシンにより現象が引き起こされる』という点では確かに魔法の一種と言えるかもしれないが、厳密には、普通の魔法とは少し異なるものである。
なので、ナノマシンに直接意思疎通できる『権限レベル3』以上であり、かつ、時空連続体が圧壊して時間の概念すら潰れてしまった異次元空間を収納庫として使う、ということを理解していなければならない。
なのに、なぜマイルはそれをマルセラ達に伝授することができるのか……。
そう、勿論、『事前の根回し』がしてあるからである。
例によって、マイルにくっついているマイル専属ナノマシンを介して募集をかけたのである。
『マルセラさん達の専属として付いてくれる、3人の思念波との同調適性が高いナノマシンさん募集。任期は3人の生存期間。
任務内容は、3人がアイテムボックスを使う意志を示した時に、その思念に従い物品の出し入れを行うこと。また、中身を確認しようとした時には、収納リストを見やすく纏めた形で情報を網膜に投射すること』
そして勿論、希望者殺到。
マイルは『お願い』、『募集』という形のつもりであったが、ナノマシン達にとっては、それは退屈を紛らす絶好の娯楽を与えられ、特定の人間の人生を共に経験するというとんでもない贅沢、あり得ないような楽しみを許可されたということである。膨大な数のナノマシンが殺到するのも当然であった。
そして、それだけの数のナノマシンが応募すれば、3人それぞれの思念波との同調適性、同調効率が非常に高い個体もたくさんおり、それらを選んで、かなりの数の『専属ナノマシン』が選ばれたのであった。
マルセラ達には、既に『魔法の真髄』として、ナノマシンのことは『魔法を司る精霊』ということにして、魔法の原理をこの世界の者にも理解できるよう色々と言い換えて説明してある。なので、アイテムボックスについても同様に、『結果的には、ナノマシンに適切な思念を伝えられる』というように、色々と言い換えて説明するわけである。
ナノマシンには、マイルから直接、『マルセラ達がアイテムボックスを使うべく思念した場合、どういう対処をするか』ということを、詳しく、具体的に指示してある。
つまり、マイルの命令によりガイドラインが定めてあるため、マルセラ達の思念が多少不確かであっても問題なく機能する、というわけである。
マイルの、ナノマシンに対する事前指示。
マルセラ達の思念波との同調効率が非常に高い、選ばれたナノマシン達が大量に、常に随伴。
マイルから教えられた、魔法の真髄とアイテムボックスに関する詳細説明。
これらがあって、初めてマルセラ達にアイテムボックスの使用が可能となるのである。
なので、もし万一アイテムボックスの存在が露見したとしても、他者が使えるようになるとは思えない。これはあくまでも、『ワンダースリー』の3人限定のものであった。
そして、収納魔法はあくまでも個人の思念波により亜空間を創り出すものであるから、ひとりひとり別個の、小さな専用空間を創り出す魔法である。しかしアイテムボックスは、異次元世界へのゲートを開き、そこに物を出し入れするというものである。なので……。
(あまり面倒をかけるのは申し訳ないから、マルセラさん達のアイテムボックスは、それぞれ別々に3つの異次元世界を用意しなくても、3人共同のをひとつ用意するだけでいいからね)
マイルは、時空連続体が圧壊して時間の概念がなくなった異次元世界、などというものが、そう都合良くゴロゴロあるとは思っていなかった。なので、そういう世界を必死で探し、3つも用意するのは大変だろうと思ったのである。実際には、結構たくさんあるのであるが……。
そしてナノマシンは、当然のことながら、マイルの指示に従った。
その後、マルセラ達は簡単にアイテムボックスの魔法を会得し、これによって充分な数の着替えや石鹸、タオル、それどころか洗濯桶や浴槽さえ持ち運ぶことが可能となり、水やお湯は魔法で簡単に用意できる3人は、常に清潔さと綺麗な外見を保つことができるようになったのであった。
* *
一週間後。
マイルと共に楽しい日々を過ごした『ワンダースリー』は、ブランデル王国へ戻ることとなった。
マイルと一緒に旅に出る、という前提であったから、危険なハンター生活も苦にならなかったのである。それが、マイルがいないのであれば、そんな生活をする意味がなかった。
国に戻らない理由は、マイルの立場を考えてのことであるから、その理由がなくなったのであれば、目的を失った危険な旅を続ける理由はなかった。
あの日、そう告げたマルセラ達に、レーナは自分達が一週間の休暇を取ること、そしてその間はみんなバラバラに、自由に行動することにした、と答えたのであった。
そう、マイルを、一週間フリーにしてくれたのであった。
そして、魔法の伝授や訓練を含めた楽しい一週間が終わり、マルセラ達は帰国の途に就いた。
生きていれば。
互いに壮健であれば、また、会える。
そう言って笑顔で去ってゆく『ワンダースリー』を、涙を堪えて見送るマイル。
そう、住んでいるのは隣国なのである。会おうと思えば、いつでも会える。
……特に、マイルの移動速度であれば。
そう思えば、何とか泣き出さずに堪えることができた、マイルであった……。
* *
「……良かったのですか、マルセラ様……」
3人の中でも一番マイルに執着していたマルセラに、そう声を掛けるモニカ。
そして、それまで口数が少なかったマルセラは……。
「良くはありませんわよ。……でも、仕方ないでしょう……」
「「…………」」
仕方ない。確かにその通りなので、何も言えないモニカとオリアーナ。
「……それに、数年の辛抱ですからね」
「え?」
マルセラの言葉に驚きの声を上げるモニカであるが、オリアーナの方は、そう驚いた顔はしていない。どうやら、マルセラが考えていることを読んでいるらしかった。
「あの4人が、いつまでもCランクで燻っているはずがないでしょう。最低年数が経過すれば、すぐに昇級しますわよ。
そして、Aランクになれば目的が達成されて、メーヴィスさんは騎士に、そしてポーリンさんはその頃には充分貯まっているであろう資金を使って商会の設立。つまり、『赤き誓い』は解散するということですわ。
レーナさんも、Aランクになるという目標は達成できるわけですから、夢を叶えようとするおふたりの邪魔はされないでしょう。
そうなると当然、アデルさんは居場所がなくなりますわ。普通の仕事を、普通にこなすことなどできそうにない、アデルさんの居場所が……。
そしてその頃には、さすがにアデルさんもお祖父様や御先祖様が守ってきた領地と領民に対する責任感というものが芽生えてくるはずですわ。
いえ、勿論、以後お会いしてお話しする時や、手紙等でアデルさんがそうお考えになるように誘導するのですが。
そうすれば、『赤き誓い』解散後に領地にお戻りになり、あとは当初の計画通りに……。
そう、待つのが、あと数年延びるだけのことですわ」
「な、なる程!」
やはり、マルセラはそう諦めのよい少女ではなかったようである。
「では、ギルドに寄って手紙を発送してから、国へ向かいますわよ。
まだ2度しか報告をしていませんから、そろそろ次の報告をしなければならない頃ですし、王宮に戻る前に王都の宿で王女殿下とこっそりお会いして、国王陛下にとっちめられた時にどう説明するかの口裏合わせをしておく必要がありますからね。
帰国についてと、概略の帰国予定日、そしてその少し前に正確な到着日を知らせるからギルドに頻繁に顔を出して手紙を待て、と連絡しておきましょう」
「そうですね」
「では……」
「「「しゅっぱぁ~つ!!」」」
そして、母国へと向かうマルセラ達。
自分達が今、どういう状態なのかということを、正確には理解していないまま……。