428 マイルの決断 1
「……はっ!」
思わず立ち上がり、マルセラ達の方へと歩み寄りかけた自分の足を、焦ったような顔で止めたマイル。
「ああっ、惜しいですわ! もうひと息でしたのに……」
そして、残念そうな顔の、マルセラ。
「ならば、もうひと押しですわ! アデルさん、私達は後衛の魔術師ばかりですから、もうひとり、前衛職のメンバーを追加してはどうかと考えていますのよ。猫獣人の少女なんか、どうかと思いますの……」
さすがマルセラ、マイルの弱点を熟知していた。
「おおおおおおお!!」
そしてマイルは、ふらり、と再びマルセラ達の方へ……、歩み寄ることはなかった。
マルセラ達が、本当にそんなことをするはずがない。
互いに強い信頼で結ばれた、クラスメイトとして、そして親友としての絆。それを、マイルを釣るというだけの理由で、わざわざ『猫獣人』などという特殊な条件を付けて、見知らぬ者を加入させたりするはずがなかった。
マルセラが冗談で言っただけなのか。それとも、適当なことを言ってマイルをその気にさせようと考えただけなのか。……どちらにせよ、マルセラらしからぬ言葉に、却って正気に戻ってしまったマイル。マルセラ、痛恨のミスであった……。
なまじマイルのことを知っているからこそ、ちょっと調子に乗りすぎてしまったようである。
「……いえ、先日も言いましたよね? 元々ハンターを目指していたレーナさん達とは違い、マルセラさん達は、私のことがなければハンターになんかなるつもりは全くありませんでしたよね?
ハンターは、危険なお仕事です。簡単そうな依頼で命を落としたり、雇い主に裏切られたり……。
安全で幸せな道があり、本来はそれを歩むはずだったお友達が、私のために危険な道に進んで、もしそれで何かあったら、私がそれに耐えられるとでも思っているんですか!」
いつにない厳しい表情で、真剣にそう問うマイル。さすがに、マルセラ達もこれは軽く流すわけにはいかなかった。
「……そ、それは……、私達も、自分の意志でハンターになることを決めたのですから、『赤き誓い』の皆さんと同じですわよ! 別に、アデルさんに強制されたわけではありませんわ!
それに、数年後にはちゃんと国元に戻り、みんなそれぞれいい嫁入り先を見つけますわよ。
5年後で18歳、10年後でもまだ23歳ですから、それまでにお金を貯めて、Bランクになって、しかも何年も諦めず頑張って王女殿下の御命令を完遂したとなれば、お相手には困らない……と思いますわ……」
最後の方では、何だか少し弱気になった様子のマルセラ。
あまりずうずうしくはないようであるが、実際、マルセラ達であれば相手に困ることはないであろうと思われた。
「……え?」
そして、マルセラの言葉に、怪訝そうな顔をするマイル。
「……王女殿下の御命令を完遂?」
「「「あ……」」」
しまった、というような顔の、マルセラ達。
「……」
「「「……」」」
「…………」
「「「…………」」」
「………………」
「「「………………」」」
最初、マルセラ達がただ自分と会うために国を飛び出してきたと思っていたマイルは、マルセラ達から、勝手に国を飛び出して帰れなくなることを防ぐためにちゃんと合法的に旅に出た、と聞いて安心していたのである。
3人共、自分と違って家族がいるし、親の立場も、本人の将来もある。なので、ちゃんとそのあたりの問題なく出国したと聞いて、さすがマルセラさんとオリアーナさん、と感心していたのである。
……モニカは商人の娘としては頭が回る方であるが、この手のことにはあまり役立っていないであろうと判断していた。
そして、それならばこのまま帰国させても問題ない、と思い、安心していたのであるが……。
それが、何やらきな臭いニオイが……。
(((ヤバい!!)))
焦る、マルセラ達。
マイルの顔から、表情が抜け落ちているのである。
そしてマルセラ達が、その意味を知らないはずがない。
そう、マイル、お怒りモードの発動であった……。
「どういうことですか?」
「……言っていませんでしたっけ?」
たらり、とコメカミのあたりから汗を流しながらマルセラが微笑み……。
「聞いていませんねぇ……」
「あ、あら、そうでしたかしら……」
「聞いぃぃて、いませんよねえぇぇぇ……」
「「「ぎゃあああああ~~!!」」」
……そして、しばらく後。
「もう、全部話しましたわよ~~……」
泣きが入った、マルセラ。
そして、マイルは……。
「……そうですか、私を連れ帰る、ということで……」
少々、お冠。
「そして、私を王族の手に……」
「ちっ、違いますわよ! そのための、数年間の自由な旅、ですわよ! 王族は政治的な問題で早くに婚約しますから、既にかなり遅い年齢である王太子殿下はそろそろ、そして第二王子殿下も数年後にはお相手を決めなければならないでしょうから、それが決まれば安泰ですわよ。
正妃の御指名はさすがに断れませんでしょうけど、側妃や愛人になることを強制することはできないでしょうからね。
いえ、普通であれば両親や親族達が絶対断らせないでしょうけど、アデルさんは『普通ではない』ですから……」
「なっ、何ですか、それはっっ!」
マルセラの『普通ではない』発言に抗議の声を上げるマイルであるが……。
「い、いえ、アデルさんは御両親がおられませんし、御自身が本家の家長ですから、誰かに意に染まぬことを強要されることはありませんから……」
「あ、そういう意味でしたか……」
慌てて言い訳をするマルセラの言葉に、納得した様子のマイル。
(あ、危なかったですわ……)
何とか、マイルの怒りが次の段階へ進むことを防げたらしく、ひと安心のマルセラ。
「……で、王子殿下達の御婚約や側妃、愛人の話が、私に何の関係が?」
「「「「「「え…………」」」」」」
どうやらマイルは、自分が王子殿下達の正妃候補であることなど、考えてもいないようであった。
王族や貴族が自分を狙うのは、ただ単に自分の能力や、『女神様とのコネ』が目的であり、囲い込んだり、『保護』という名の軟禁生活とかを想像していたらしい。
しかしそれを言うならば、マルセラ自身も、『自分は、側妃ですらなく、愛人要員として眼を付けられている』と思い込んでいるのだから、同類である。
まぁ、マイルは何の後ろ盾もない弱小子爵であるし、マルセラは貧乏男爵家の三女である。普通であればとても王族に嫁入りできるような身分ではないので、その考えは間違ってはいないのであるが。
……そう、『普通であれば』……。
14日(木)は、webラジオ、『私たち、ラジオは平均値でって言ったよね!』の第3回放送日!
『赤き誓い』の4人の声優さん達の、楽しい放送を聞こう!!(^^)/