426 合同受注 5
互いに、ほぼ同数。
しかし、ゴブリン達にとって、『人間の、雌の子供』というのは、絶好の獲物なのであろう。
戦闘能力など皆無の、ただの柔らかくて旨い餌。……そして、食欲を満たす前に、別の欲望も満たしてくれるという、美味しい獲物。見逃すはずがなかった。
連係どころか、碌に陣形を整えることもなく、走ってきた順にいきなり襲い掛かってきたゴブリン達。
おそらく、見た目と『木の棒しか持っていない』ということから、人間達には反撃する能力などないと判断したのであろう。ただの村の子供達を襲ったことのあるゴブリンは生き延び、襲ったのが女性ハンターであったゴブリンはその場で死ぬことから、そう考えるゴブリンが多くとも、仕方ない。
そして、魔法を使う様子がないマルセラ達を見たレーナもまた、同様の判断をした。……魔物を至近距離で見て、遠隔攻撃でしか戦ったことのないマルセラ達が恐怖に凍り付いて動けないのであろう、と。
そう思ったレーナが、ホールドしていた攻撃魔法を放とうとした時……。
「待って下さい!」
マイルが、その肩を掴んで制止した。
そう、マルセラは自分の力を過信するようなタイプではない。
そして、自分の身を危険に晒すことはあっても、仲間の身を危険に晒すことができるような者ではなかった。
……ならば、必ず勝算があるはず。
万一の時には、自分がバリアで皆とゴブリンを分断し、本気の治癒魔法を使えば、何とかなる。
そう考えて、マルセラ達を、自分の初めての友達を信じる、マイル。
「「「…………」」」
マイルに肩を掴まれたレーナも、それを目にしたポーリンとメーヴィスも、それぞれ魔法を放とうとした姿勢と駆け出そうとした姿勢のまま固まっていた。
そして、マルセラ達は……。
ごつ!
ばしぃっ!
どすっ!
ごき!
がしぃ!
ぐちゃ!
ゴブリン達を杖で殴りまくり、突き刺しまくっていた。
そして……。
すらり!
びしゅっ!
ばしゅっ!
どすっ!
抜き放ったお揃いの短剣で、怯み動きが止まったゴブリン達を斬り裂き、突き刺した。
「「「「え……」」」」
あまりにも無敵。
あまりにも圧倒的な、殲滅戦。
マイルも加えた、『赤き誓い』一同、呆然であった……。
* *
「え? オリアーナさんは田舎の農家の出ですから、幼い頃から家のお手伝いをされていましたので、見掛けに寄らず力がおありですのよ?」
「はい、4~5歳の頃から雑草抜きとか簡単な仕事を手伝い始めまして、すぐに薪運びとか水汲みとか、力仕事もやらされましたから、学園に入学する頃には、街育ちの同年代の男子には負けないくらいの荷運び能力は……」
マルセラの言葉に、そう言って頷くオリアーナ。
「そしてモニカさんは……」
「はい、勿論、大店でもない商家の娘なんか、ただの『無賃金使用人』ですからね。腰が曲がりそうになるほど運ばされましたよ、穀物袋とか、穀物袋とか、穀物袋とか……。
それで、街育ちのひ弱なお坊ちゃんに腕力や体力で引けを取るとでも?」
そう言って、遠い眼をする、モニカ。
「そして私は、オリアーナさんやモニカさんほどではありませんが、一応、貴族家の淑女の嗜みとしまして、一通りの護身術の訓練は……」
「…………」
どうしてお坊ちゃんお嬢ちゃん学校を出たばかりなのにそんなに戦えるのか、と詰め寄ったレーナは、返された言葉に、黙り込んだ。
「……でも、いくら家業の手伝いで身体を鍛えていたとはいえ、あんた以外のふたりは、技術的なことは……」
「いえ、学園では、近接戦闘も教わりますわよ? 魔法が使えない者にも、『将来、魔術師を部下や従業員として使ったり、敵として戦ったりするかもしれないから』と言って魔法の授業に出席させるという方針のエクランド学園ですから、『将来、戦闘職に就くつもりがない者や女子も、護身のために戦闘訓練を受けていた方がいいから』と言って剣術の授業に参加させるに決まっていますわよ……」
「「「なるほど……」」」
その手の学園には通ったことのないレーナ達は、そう言われれば、納得するしかなかった。
それが、エクランド学園だけの方針なのか、貴族や金持ちの子女が通う『学園』というもの全ての方針なのかは分からないが……。
「あ、でも、そこに通っていたマイルちゃんは、全然技術が……」
「「「個人差です!」」」
「「「なるほど……」」」
ポーリンの質問に、声を揃えて返事した『ワンダースリー』の3人と、それに納得した『赤き誓い』の3人。
それは厳然たる事実なので、顔を赤くして、黙って俯くマイルであった……。
「そして、『本当の』魔法の訓練は、週に1日の休養日の、しかも護衛依頼が入っていない日にしかできませんから、その他の平日には、先生方や武術教官、他の生徒達にも見られても問題のない訓練、つまり近接戦闘の練習しかできませんでしたの。
卒業後のために、死ぬ程練習しましたのよ? それはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれは、辛い訓練を……」
少し遠い眼をしてそう言うマルセラと、こくこくと頷くモニカ、オリアーナ。
「3人揃って優等賞を戴きましたのは、決して座学と魔法の成績だけのおかげではありませんのよ。ただ才能があるだけとか、勉強ができるだけ、魔法や武術が強いだけで戴けるようなものではありませんのよ、エクランド学園の優等賞というものは……。
いえ、別に自慢するわけではありませんが……」
「それが自慢じゃなければ、『自慢』という概念はこの世に存在しないわよっっ!!」
『赤き誓い』の中では承認欲求がやや強いレーナは、マルセラの言葉にちょっとカチンと来たようであった。
「…………」
レーナは、行き詰まってしまった。
この後、自分達がゴブリンと、いや、オークやオーガを相手に接近戦をやったところで、先程の『ワンダースリー』を上回る活躍を見せられるわけではない。
メーヴィス以外は、杖術でオークやオーガを簡単に倒せるわけではない。とどめには魔法を使うか、メーヴィスを頼るしかないであろう。
……そして、自分とメーヴィスはともかく、おそらく魔法抜きでのポーリンの戦闘能力は、『ワンダースリー』より大幅に劣る。
それでは、『接近戦の能力が皆無であるため、奇襲を受けて詠唱の時間がない時は無力。接近戦はマイルひとりにおんぶに抱っこ、ということになり、マイルのお荷物』という指摘をすることができない。
「……え?」
そして、自分の方を見るレーナの視線に気付いて、思わず声を漏らしたポーリン。
ポーリンは、馬鹿ではない。それどころか、『赤き誓い』の中では、冴えている時のマイルを除いて、おそらく一番頭が良い。そのポーリンが、レーナの視線の意味を理解できないはずがなかった。
「……」
以前、あんた運動神経が千切れてるんじゃないの、とレーナに揶揄されたことのあるポーリンであるが、あれはただの冗談だと分かっていた。しかし今回、レーナは慌てて眼を逸らせた。
「…………」
いくら後衛の支援職だと言っても、自分の身を護ったり、いざという時に前衛の背中を護るくらいの近接戦闘能力は、あって然るべき。
事実、卒業検定の時の相手であった、『ミスリルの咆哮』の女性魔術師、オルガも、『女神のしもべ』の弓士タシア、魔術師のラセリナとリートリアも、全員がかなりの近接戦闘をこなしていた。それも、ラセリナとリートリアはポーリンより年下であり、リートリアに至っては、まだハンターになったばかりのDランクである。
ポーリンは、申し訳無さそうな、そして悔しそうな顔で、俯いていた……。