414 妹 5
そして、テントの中でごろごろとしながら、のんびりと休息する『赤き誓い』の面々。
普通の村人達はともかく、メリリーナちゃんの両親はちゃんと感謝してくれているのであるが、それでも、別に食事を持ってきてくれたりすることはなかった。
……いや、それは決して悪気があったわけではなく、昨晩の、あの料理の数々を見ていたならば、とてもそんな気にはなれなかったであろう。
大金持ちに寄付する貧乏人はいないし、一流料理人に素人料理を食べさせようという者もあまりいないだろう。恋人や家族だったり、余程気心の知れた者を除いて……。
それだけのことである。
「おおおおお!」
……そして、マイルが話す『にほんフカシ話』の落ちに、驚きの声を上げるメリリーナちゃん。
そう、さすがにメリリーナちゃんの両親も、『何かお礼をせねば』という思いはあったらしく、昨晩の様子からマイル達が子供の相手をするのが好きらしいと察し、今日の仕事を免除してメリリーナちゃんを派遣してきたのであった。
勿論、マイル、大喜び!
そして、弟妹を持つことに憧れていたメーヴィス、弟のアランの世話をしていた頃のことを思い出したポーリン、自分がテリュシアに対して抱いているような想いを自分も他の者から抱いてもらえるようになることを望んでいるレーナも、マイルのようにその感情を露わにすることはないが、皆、それなりに嬉しそうにメリリーナちゃんの相手をしていた。
そういうわけで、皆でのんびりしていると……。
「何だか、外が騒がしいような……」
ポーリンが言う通り、テントから少し離れた場所がざわついているようであった。
こんな田舎村で騒ぎが起こる場合など、ごく限られている。
行商人の荷馬車が来たか、怪我人が出たか、強力な魔物が出たか、……それとも、盗賊が現れたか、である。
そして今回は、勿論……。
「来たね」
そう、メーヴィスが言うとおり、『あの連中』であろう。
待ち人、来たる。
そう、それを待つために、『赤き誓い』はここに居座っているのだから。
……メリリーナちゃんと遊ぶついでに。
「行くわよ!」
「「「おお!!」」」
そして、メリリーナちゃんと一緒に、テントから出る『赤き誓い』の4人。
……安全のために、そして残酷なシーンを幼女に見せないために、メリリーナちゃんはテントに残していく?
そのようなことを考えている者は、ひとりもいなかった。
マイル達は、メリリーナちゃんに厳しく残酷な『この世界で生きる』ということの現実を見せ、これから先、『赤き誓い』がいなくても生きていけるように……、などという建前すら考えていなかった。
メリリーナちゃんをテントに残していくと、『カッコいいとこ』を見せられない。
尊敬と憧れ、そして賞賛の眼で見てもらえない。
悪党を退治した姿を見て、走り寄って抱きついてもらえない。
……そう、メーヴィス、レーナ、マイルの3人は、清々しいまでに下心満載であった。
しかし、ポーリンだけはそのような考えは持っていないようであった。
「犯罪奴隷としての売却額が下がるから、皆さん、部位欠損や後遺症が残るような怪我はさせないでくださいね!」
……但し、別の下心が満載であった……。
マイル達は、レーナの『行くわよ!』という言葉に威勢良く返事したものの、そのままテントから飛び出すというわけではなかった。テントの布地をそっと捲り、様子を窺っている。
そう、メリリーナちゃんにちょっかいをかけようとしているところを見たものの、その他の、『村人に対する迷惑行為』については村人からの話を聞いただけであり、今の『赤き誓い』は、俗に言うところの、『当事者のうち片方の言い分だけを聞いて鵜呑みにした状態』なのである。
もしこれで、『赤き誓い』が街のハンターギルドか警備隊に突き出した後で、盗賊達の言い分が、村人達の言い分と食い違えば。
……『赤き誓い』が、無実の者達に暴力を振るい、拘束したということになり、逆に自分達が捕らえられることとなる。
『そんな事実はない』という相手方に対して、こっちが『村人から聞いた』というだけでは、説得力がない。『他人からの伝聞だけで、証拠もなく一方的に襲い掛かったのか』と言われるだけである。
メリリーナちゃんの件を出しても、『子供とじゃれ合って遊んでいただけ。事実、誘拐なんかしていないし、怪我もさせていないだろう?』と言われれば、こちらの論拠が弱い。そして、『無実の者を盗賊に仕立て上げて、金儲けを企む極悪人』と言われれば……。
村人への迷惑行為やお金の無心も、現時点においては、金をせびったり色々とやってはいるものの、『盗賊』と決めつけられるほどのことをやっているわけではないし、なまじ顔見知りになっているだけに、『お金が絡む、知人同士の諍い』と言われれば、盗賊として突き出されるほどのことではない、と判断されてもおかしくはない。
なので……。
「どうやら、刈り取りに掛かったようですね。
メリリーナちゃんを攫おうとしたことが村中に知れ渡ってしまったことは向こうにも分かっているでしょうから、もう、ただの流れ者のごろつきで、最低限のラインは越えない、しばらく滞在して集って飲み食いしたらまた移動する、っていう体裁は捨てたようです」
マイルが言う通り、どうやら現金や金目のもの、そして子供や若い娘を根こそぎにするつもりらしく、ごろつき共は大人達を脅しているようであった。
素直に現金や金目のものをありったけ差し出させるために、今はまだ商品価値のある女子供を連れ去ることも、また、価値のない者達は口封じのために皆殺しにすることも口にはしていない。
これではまだ少し弱いし、マイル達に対するものではないので、『私達が襲われました!』という、他者の証言を必要としない、『赤き誓い』に対する信用さえあれば自分達の証言だけで何とかなる、というだけの『事実』が欲しいところである。
そして、欲しいならば、それを作ればいい。
「どうかしましたか?」
ごろつき共と村人達の言い争いに、タイミングを見計らって声を掛ける、ポーリン。
このあたりの、微妙なタイミングを図るのは、やはりポーリンが一番秀でている。
まぁ、『貯め込んでいる財貨を全て寄越せ』というごろつき共と村人の間に合意が得られるはずがないので、単に互いの言葉が途切れた瞬間を狙っただけであるが……。
「何だ、テメェ達は……」
「あ、お前達は、昨日の……」
ごろつき共の中には、昨日の連中も交じっていたようである。
まぁ、今回はごろつき共全員がやってきたようなので、交じっていて当然ではあるが……。
昨日は、いくら相手が新米ハンターとはいえほぼ同数であれば自分達がただでは済まないと思ったのか、即座に逃げ出したごろつき共であったが、さすがに今日は全員、つまり16~17人いるので、半数が未成年である(と見える)新米の小娘4人くらいはひと捻り。そう考えたのか、強気の態度である。
それに、この場面での『赤き誓い』の登場は、おそらく奴らにとっては都合が良かったのであろう。
奴らは、『赤き誓い』が、自分達に対抗するため村人が雇ったハンターだと思っているのだろう。
なので、村人達の目の前でそのハンター達を倒せば、唯一の対抗手段であり最後の希望を打ち砕かれて、物分かりが良くなるはずである、とでも考えていることだろう。
これが、見せしめのためにいたぶるのが村人であった場合には、他の村人は恐怖心だけでなく、危機感、嫌悪感、反抗心、……そして『駄目で元々』、『やられる前にやれ』等の、やけくそになって蛮勇を振るう可能性がある。
しかし、やられたのが余所者のハンターであった場合には、『戦闘力がある者は倒されても、戦うことができない自分達には手出しされない』、『素直に従えば、村の者には被害が出ない』と思い、隠匿してある財貨や食料を差し出す可能性が高くなる。
……実際には後で皆殺しになるのであっても、それを知らないのだから、仕方ない。
そういう情報が他の村や街に広がらないようにとの、皆殺しなのであるから……。
なので、近隣の者達は、『突然村を襲い、村人を皆殺しにして全てを奪い尽くす盗賊』の存在は知っていても、『旅の途中で村に立ち寄り、数日間近くで野営して食べ物や金品を集り、その後、去っていく食い詰め者のごろつき達』とは別物だと考えるはずであった。
そして勿論、ごろつき共は、『赤き誓い』を殺したり、あまり傷付けたりしないようにして捕らえ、慰み者にし、そして違法奴隷として売り飛ばすことを考えて、かなり良い値で売れそうだと、皮算用をしていたのであった。
なので……。
「捕らえろ。なるべく傷をつけるなよ、値が落ちる!」
当然、そんな台詞が出ることとなる。
駆け出しの、小娘ハンター。
たった4人。
なので簡単に捕らえられ、村人達に圧倒的な力の差を見せつけることができる。
そう考えている者達が、村人を人質に取って、などということを考えるわけがなかった。
人質を取る、イコール、まともに戦えば勝てないから、ということになってしまうからである。
そんな印象を与えて、村人達に舐められるわけにはいかなかった。いくら、すぐに殺すとはいっても……。
そして、その結果は……。