413 妹 4
朝である。
基本的に、普通の者が寝る時間になってから『フカシ話』が始まる『赤き誓い』は朝には弱く、ギルドに顔を出すのは遅い方である。
レーナは『私達はお金には困っていないし、どんなに難易度が高い依頼でも受けられるから、簡単に稼げる依頼は新人に廻してあげなくちゃね!』などと言っているが、『新人』を自称するのをやめたのは、つい先日のことである。そして、ポーリンが稼げる依頼を他のパーティに譲ることなど、あり得ない。
……ただ単に、夜更かしのせいで、みんな早く起きられないだけであった……。
しかし、夜営や街中の宿屋であればそう目立たない寝坊や重役出勤も、田舎の村では目立った。とんでもなく……。
マイル達が起きた頃には、村人達はとっくに起きて朝の仕事に出て、朝食兼昼食を摂るために戻ってくる頃であった。
ブランチは、地球のある国では午前10時~11時頃に食べ始めるのが一般的であり、それに較べると少し早く、まだ朝食と言うべき時間帯かもしれなかったが、一日2食なので、『ブランチ』ということでいいだろう。マイルは、そのあたりは深く考えない。
そして、村人は勿論、ハンターですらこんな時間に起きる者など滅多にいないため、『赤き誓い』は村人達からの注目を集めまくっていた。子供達もとっくに起きて、農作業や安全な近場での採取、幼い弟妹の子守り等、しっかりと働いている。
「「「「…………」」」」
さすがにレーナ達も少し恥ずかしかったのか、いったんテントから出たというのに、再びこそこそとテントの中へと引っ込んだ。
「……働き者である村の人達が、お寝坊さんである私達を呆れた眼で見るのは分かるんですけど、……さっきの私達を見る眼、ちょっとおかしな感じがしませんでした?」
そう、マイルが言う通り、子供達は普通に呆れたような眼で見ていたけれど、大人達は、何というか、少し険のある顔で見ていたような気がしたのである。
「ああ、それは多分、昨日私達が料理を振る舞わなかったからでしょうね」
「「え?」」
ポーリンの言葉に、驚いたような顔のマイルとメーヴィス。レーナは、当然だ、というような顔をしている。
「だ、だって、子供達には無料で振る舞いましたよね? 大人達にも、常識的な料金で売る、って言いましたよね? 買う人はひとりもいませんでしたけど……。
でも、子供達に無料でたくさんの料理を食べさせてもらっておきながら、自分達にも無料で腹一杯食べさせなかったから、と悪者扱いで敵視? しかも、村の子供を助けてもらっておきながら?」
メリリーナちゃんが攫われそうになった話は、他の子供達の安全のために、当然昨夜のうちに村人達に伝えられたはずである。そして、『赤き誓い』がそれを阻止して救った、ということも。
「村人なんて、そんなものよ。相手にそんな義務が、そして自分達にそんな権利がなくても、得られそうな利益は何でも手に入れたがる。裕福な者が自分達に施しをするのは当然。何も寄越さない者は悪党であり、殺して奪っても構わない。
……そう考えて、単独か少人数の旅の商人を村ぐるみで襲う、とかいうのも、そう珍しい話じゃないわよ。
尤も、こんなに王都に近いところではそんなことは滅多にないだろうけどね。……バレ易いから。
でも、基本的には、『食べ物に余裕があるくせに、自分達には寄越さなかった』ということで、私達は村の大人達から見れば『悪党』なんでしょうね」
「そ、そんな……」
レーナの説明に、がっくりと項垂れるマイル。メーヴィスも、少し落ち込んだ様子であった。
「まぁ、勿論、全ての村が、ってわけじゃないし、この村にも、謙虚な人は当然いるでしょうけどね。今までも、まともな人達が多い村がいくつもあったでしょ?」
確かに、レーナの言う通りであった。人間以外でも、あのドワーフの村とかは、職人馬鹿なだけで、浅ましい者はいなかった。
「で、どうする?」
「え、何をですか?」
「これからの、私達の行動についてに決まってるでしょうが!」
相変わらず、察しのいい場合と悪い場合の差が極端なマイルに、ちょっとイラつき気味のレーナ。
「私達のことを知らないであろう村の連中に、盗賊退治の話を持ち掛けても、聞きゃあしないわよ。
まぁ、明らかに駆け出しに見えるであろう私達が盗賊に勝てるとは思わないでしょうし、下手に盗賊達に逆らって失敗したら、と考えると、冒険しようとは思わなくても無理はないでしょうからね。
それに、そもそもそれ以前の問題として、ギルドを通さない自由依頼なんか、私達が前金を受け取った途端とんずらすると思うだろうし、後払いにしたら、絶対に踏み倒されるわよ。『すまん、村にはお金がないのじゃ。助けると思って、慈悲の心で……』とか言い出すに決まってるわよ。金貨1枚賭けてもいいわよ」
確かに、世の中には、誠実な者達が多い村もある。あの、勝手に山に住み着いた孤児達のために、なけなしの現金を出し合って『赤き誓い』を雇った村のように……。
しかし、自分達の幸せのためならば他者を騙し、奪っても構わない、と考える者が多いのも、また事実であった。昨夜の、そして今朝の村人達の態度から、レーナは、この村はどうやら後者が主流の村であると判断したらしい。
幼少の頃から父親と一緒に様々な村を巡っていたレーナは、あちこちの村で、おそらく様々な経験をしてきたのであろう……。
「私も、踏み倒そうとする、に金貨1枚!」
ポーリンがそんなことを言い出した時点で、逆張りしても勝てる可能性はない。なので……。
「私も、踏み倒す、に金貨1枚です!」
「私もだ……」
そう、ちゃんとそう言っておかないと、万一あとで支払いを求められたりすると大惨事である。『あの時、ちゃんと賭けましたよね!』とか言われて……。
「それじゃ、賭けにならないわよ!」
そう言うレーナであるが、勿論、冗談でそう言っているだけである。マイルとメーヴィスが警戒しているのは、ポーリンの方であった。
マイルとメーヴィスが、そっとポーリンの方を見ると……。
そこには、チッ、というような顔をしたポーリンが。
((危ない、危ない……))
今のポーリンには、たかが金貨数枚にムキになる必要はないが、『お金を手に入れる』というのが楽しいのであろう。……そう、多分、友人とクッキーをチップ代わりにしてゲームをするかのように。
……決して、本気で友人達から金貨を巻き上げようと考えたりは。……多分。
「じゃ、とにかく、村の人達に私達に対して自由依頼を出してもらう、というのは、望み薄ということですね。まぁ、そういう状況なら、そんな依頼を出されて受けても、あとで揉めるだけ、と。
ということは……」
「ということは?」
レーナの合いの手に、えっへん、と胸を張って……、無い胸を張って答えるマイル。
「私達が勝手に退治すればいいんですよね!」
「「「どうしてそうなるの!!」」」
3人にハモられたマイルであるが……。
「生け捕りにすれば、依頼報酬はなくても、報奨金や犯罪奴隷売却金の取り分で、かなりの儲けに……」
「やりましょう!」
ポーリンが、即答。
「盗賊に狙われた村を救う、4人のハンター……」
「やろう!」
メーヴィスが、同じく即答。
そして……。
「盗賊を、ぷちっ、と……」
「やるわよ!」
……チョロかった。
金の亡者、ポーリン。
カッコいいこと、人々に感謝されることが大好きなメーヴィス。
そして、盗賊を潰すのが生きがいのレーナ。
更に、『にほんフカシ話』によって、皆に『七人のハンター』という翻案話を聞かせていたマイルに、死角はなかった。
「駄目で元々、一応は、自由依頼の話を持ち掛けてみるかい?」
「無駄よ」
パーティリーダーのメーヴィスがそう言ったが、レーナはそれを即、否定した。
「そんなことをすれば、あとで『ハンターなんぞ、ゴネれば、結局無料で働く。まともに金を払うなど、馬鹿がやること』って、付近の村に自慢して廻るわよ。そんな噂が広まれば多くのハンター達に迷惑がかかるし、その噂の元凶が、私達『赤き誓い』だと思われたりすると……」
「「「私達の、独自行動で!!」」」
そう、選択肢は、それしかなかった。