412 妹 3
そういうわけで、メリリーナちゃんのおうちに泊めてもらうのは遠慮して、その代わり、家の隣の空き地にテントを張る許可を貰った、マイル達。
そして、さっさとアイテムボックスからテント、トイレ、浴室を出して、設置。
……『浴槽』ではなく、『浴室』である。
更衣室も付いており、覗き対策は万全であった。勿論、トイレの方も。
『要塞浴室』、『要塞トイレ』の名は、伊達ではない。オークの群れと戦っている最中に催したとしても、安心して使えるくらいである。
そして、入浴や就寝の前にやることがある。
……トイレではない。
いや、勿論、寝る前にはトイレも済ませるが。
当然のことながら、食事である。そして、そのための、調理。
疲れている時、時間がない時には作り置きのものを出すが(作り置きとはいっても、作りたてと同様で温かいが)、そうでない時には、ちゃんと毎回、その場で作る。味を馴染ませるために漬け込みをしている肉とかは、『既にできてるやつ』を使うが、それくらいは料理番組でもやっているから、問題ない。
マイル達が、テントの前に設えた簡易かまどで肉を焼き始めると……。
「美味しそうな匂いが……」
そう言いながら、ふらふらと家から出てきた、メリリーナちゃん。
「フィィ~~ッシュ!!」
「……あんた、わざわざ風上側にかまどを設置したり、わざとタレを焦がしてると思ったら……」
奇声を上げたマイルの企みに気付き、心底呆れ果てた様子のレーナ。
メーヴィスとポーリンは、軽く肩を竦めるのみ。
……慣れた。
それだけのことである。
「ささ、どうぞどうぞ!」
「……いいの?」
遠慮がちにそう尋ねるメリリーナちゃんであるが、いいのも何も、それがマイルの企みであるから、問題ない。
「食いねぇ食いねぇ、肉、食いねぇ!」
「「「…………」」」
いつものマイルであった……。
恐る恐る、渡されたお皿に乗っているタレ付きの焼肉を食べるメリリーナちゃん。
「美味しい!!」
そして、あちこちの家から出てくる子供達と、その後を追って出てくる大人達。
どうやら、余りにもいい匂いがするものだから扉の陰から様子を窺っていた子供達が、メリリーナちゃんのあまりにも美味しそうに焼肉を食べる様子と、その歓声に我慢しきれずに飛び出し、親達が慌ててそのあとを追って出てきたらしかった。
「みんな、食べていいよ~! 勿論、無料だよ~!」
マイルの言葉に、湧き上がる子供達の歓声。
「但し、無料なのは、子供達だけです! 大人の人達は、有料です!」
続いて放たれたポーリンの言葉に、あからさまに落胆した様子の大人達。
当たり前である。どうして、縁もゆかりもない村人に、無料で料理を振る舞わなければならないのか。
それは勿論、子供達にも当てはまるのであるが、まぁ、日頃色々と役に立ってくれており、普段はあまり我が儘を言わないマイルが強く望んでいるのであるから、それくらいのことは許容範囲である。……それに、レーナ達も、元々子供好きであった。
そして、さすがのマイルも、大人達を無料で餌付けするつもりは更々なかったようである。
マイルの目当ては、別に子供達に料理を食べさせてやることではなかった。それは、あくまでも『手段』に過ぎない。
そう、本当の目的は、子供達に囲まれて楽しく過ごすことなのである。前世では果たせなかった夢を、今度こそ満喫するために……。
海里として亡くなったのは18歳の時であるが、海里は4~5歳の頃には既に周囲から特別扱いされていたため、マイルが取り戻したいのは4~5歳以降の『楽しい子供時代の生活』であり、マイルが幼女と遊ぶことに拘るのは、そのせいである。
……勿論、17~18歳までの分を全て取り戻すつもりであるが、それは、今の自分がその年齢になってからでいい。
そういうわけで、今のマイルは、4~5歳から12~13歳くらいの者と遊ぶのに必死なのである。特に幼女は、今のうちでないと遊べなくなるから……。
さすがのマイルも、17~18歳になってから幼女と遊ぶのは何かマズいのでは、と考えるだけの常識はあったようである。
いや、その年齢になっても、『幼女の面倒を見る』、『幼女の世話をする』というのは、セーフかもしれない。しかし、『一緒になって、マジで遊ぶ』というのは、完全にアウトであろう……。
「え、メリリーナちゃん、お姉さんがいたの?」
「うん、美人で働き者だけど、どこか抜けていて、私が面倒を見てあげないと駄目な、ぽんこつお姉ちゃんだったけど……」
「うっ!」
なぜか、胸を押さえて苦悶の表情になったマイル。
「……『だった』?」
マイルが動揺のため聞き逃した言葉をしっかりと聞いていたメーヴィスが、そう聞き返すと……。
「うん、何かに驚いたらしい荷馬車の馬が暴走してね。子供を助けようとして……」
「ぐはぁ!」
「あ、倒れた……」
しかし、別に急病というわけではないらしいのは丸分かりであったため、みんなにスルーされるマイル。
「お姉ちゃんが亡くなったあと、元気がなくなったお父さんとお母さんを支えて、それはそれはそれはそれは、大変な日々を……」
びくんびくん!
「どうしてあんたがそんなにダメージ受けてるのよ……」
なぜか地面で痙攣しているマイルを、不思議そうに見詰めるレーナ達。
そして、地面に倒れ伏したまま、ごめんなさい、ごめんなさい、と泣きじゃくる、マイルであった……。
「おねーちゃん、肉が足りないよ!」
そして、全く空気を読むことなく、マイルにお代わりを要求する子供達。
子供は残酷であった……。
仕方なく、マイルが起き上がって料理の補充をしていると、メリリーナちゃんが他の子供達の世話を始めていた。
「あっ、リレイ、服にタレが付いてるじゃないの! ちょっと、こっちへ……。ああっ、アンセルナ、また髪におかしな癖が……」
そして、再び硬直するマイル。
「あああああ、経緯子とそっくりなオーラを放つわけですよおおおおぉっっ!!」
* *
「あんまりみっともない真似をするんじゃないわよ!」
「ごめんなさい……」
臨時開催となった子供達との夕食会が終わり、後片付けを終えてテントに引き揚げた、『赤き誓い』。そして、マイルはレーナに絞られていた。
「しかし、マイルの妹は父方の祖父に引き取られたんじゃなかったのかい?」
「あ……」
そう、マイルが『妹』と言った場合、それは、後妻の連れ子で義理の妹、そして実は父親が浮気相手に産ませた娘なので実の妹である、プリシーを指すことになる。メーヴィス達には、『プリシー』という名は教えていなかったものの、そのあたりの概略は説明したことがある。
「い、妹というのは、近所の女の子のことですよ! ほら、メーヴィスさんもよく女の子達に付きまとわれて、言われているじゃないですか。『お姉さま……』って!」
「うっ!」
そう言われては、何も言えないメーヴィス。
いや、事実、近所の年下の子に『おねーちゃん』と呼ばれるのは普通のことであるし、妹分とか、『プティ・スール』とか、色々とある。何の不思議もない。
色々と危ないことを口走ってしまったマイルであるが、いくら何でも、その程度のヒントから、マイルがアスカム子爵家以外の家族を持っていたとか、一度死んで転生したとかいうことを思い付く者はいない。なので、今回のことも、『子供の頃に可愛がっていた、近所の妹分……マイルは今でも未成年であり、立派な「子供」であるが……にそっくりな少女の危機に出会って、混乱し、錯乱した』ということで、軽く流された。
……マイルの奇行など、今更であった……。