410 妹 1
「ようやく、落ち着いたわねぇ……」
「そうですねぇ……」
レーナの呟きに同意する、ポーリン。マイルとメーヴィスも、同感であった。
西方への旅、そしてそれに続く、東方への旅。
お世話になった『女神のしもべ』の来訪と、帝国への旅。
立て続けにあった、イベントのてんこ盛り。
そして、ようやく『普通のCランクパーティ』としての、本拠地での活動が再開されるのであった。
「普通って、いいですよねぇ……」
「「「え?」」」
そして、何気なく呟かれたマイルの言葉に、『コイツ、何言ってんの?』というような胡乱げな視線を向ける、レーナ、メーヴィス、そしてポーリンの3人であった……。
「とにかく、これで旅は一段落。しばらくは王都を拠点として活動し、Bランクを目指すわよ!」
「「「おおっ!!」」」
そう言って、依頼ボードの横で気勢を上げる4人。そしてそれを生温かく見守るギルド職員と、ハンター達。
ギルド職員は、新進気鋭の新人達に期待を込めて。そしてハンター達は、若き日の自分を思い出して、ちょっぴり感傷的になって。
とにかく、『赤き誓い』は王都支部で現在一番の注目株であり、期待の新人であった。ハンター仲間にとっても、ギルド職員にとっても、……そして、他の者達にとっても……。
「それでですね、私達、そろそろ『新米』だとか『駆け出し』だとか自称するの、やめませんか?」
「「「え?」」」
突然のマイルの言葉に驚く、レーナ達3人。
「いえ、私達、ハンター養成学校を卒業してCランクになってから、もう一年以上経ちますよね? 修行の旅も経験しましたし……。
そして、メーヴィスさんとポーリンさんは養成学校に入った時にFランクでハンター登録されましたけど、レーナさんはそれ以前からハンターをやっていてEランクでしたし、私もFランクでしたし……。
そもそも、Fランクだとか、それ以上のランクだけどスキップ申請でハンターになったばかりだとかいうのならばともかく、養成学校で半年間みっちり教育を受けて、それから更に1年以上経ってるCランクハンターが『新米』だとか『駆け出し』だとか名乗っていたら、本当の新人さんの立場がなくなるんじゃないかと思って……」
マイルの言葉を聞いていた他のハンターやギルド職員達が、皆、うんうんと頷いていた。
そう、こんな連中に『新米』だとか『駆け出し』だとか自称されては、下の者どころか、彼女達より実力的に劣る先輩ハンター達の立場がない。なので、彼女達が中堅ハンターを名乗ってくれることは、みんなにとってありがたいことなのであった。
「そう言われれば、確かにそうよねぇ……。いつも謙遜し過ぎのあんたが言うだけあって、説得力があり過ぎるわね。じゃあ、これからは、普通に『Cランクパーティ』とだけ名乗りましょうか」
「はい、それでいいと思います」
「私も、賛成だ。依頼主も、『駆け出しの、新米です』なんて言われたら、不安になっちゃうだろうしね。それに、新人だということが免罪符になる時期は、とっくに過ぎて……、いや、養成学校を出てCランクになった私達には、最初からそんな免罪符を使う資格なんかなかったんだよ」
レーナ、ポーリン、そしてメーヴィスも、マイルの意見に賛成のようであった。
なので、今現在をもって、『赤き誓い』は新米を脱することとなった。
「これで私達は、ごく普通の、ありふれた、ハンターの中で一番人数が多いCランクパーティの中のひとつに過ぎません……」
嬉しそうなマイルの言葉に、他のハンターやギルド職員達は、全力で首を振っていた。
……勿論、縦ではなく、横へ。
((((((いやいやいやいやいやいやいやいやいや!!))))))
* *
本拠地に戻り、ごく普通のハンターとしての仕事を始めた『赤き誓い』は、護衛依頼で少し離れた街へ行き、その帰路に就いていた。
自分達の街へ戻る商隊からの依頼であったため、片道分の報酬しか出ず、帰路は無給で歩き、という条件を嫌ってなかなか受注してくれるパーティがいなくて困っている商隊を見兼ねて、殆どボランティアのようなつもりで引き受けた仕事であった。
マイル達は、面倒なだけで大した稼ぎにならないハンター養成学校の卒業検定の仕事を受けていた『ミスリルの咆哮』や、同じく、危険と報酬額が釣り合わない魔物の押し戻しやドワーフの村へ行く商隊の護衛を引き受けた『邪神の理想郷』と『炎の友情』のようなパーティ、つまりこの世界、というか、このあたりの国の感性では「馬鹿」と言われるようなパーティが嫌いではなかったし、自分達がそのように思われても、全く気にしなかった。
それは果たして、マイルの言動や『日本フカシ話』による影響なのか、元々そのような気質であったのか……。
勿論、帰路では主要街道から外れて森の中を通り、採取や狩猟をしながら進むため、『赤き誓い』にとっては普段の常時依頼をこなしているのと同等の稼ぎにはなっている。
いや、普段人が狩りや採取をしないところを通っているため、普段より遥かに実入りが良かった。
他のハンター達は、こんなに街から遠い場所で狩りや採取をしても、運ぶのが大変である上、鮮度が落ちて価格がだだ下がりであるため、近場の森での狩りに較べて、大変なだけで実入りは却って悪くなる。
……収納魔法、反則であった。
もう、これだけで一生生活には困らないであろう。
そもそも、この収納魔法があれば、貴族や王族、大商人達に雇われて、安楽な生活が送れるのは間違いない。なのに、どうしてハンターなどという危険な底辺職をやっているのか……。
まぁ、この収納魔法の容量や劣化なしという性能が知られれば、マイルが望む『平凡な幸せ』とは縁のない人生が待っているであろうから、仕方ないのかもしれないが……。
* *
「……ありゃ、こんなところに、村が……」
マイル達が素材採取のために街道を外れ、人が来そうにない森の中を進んでいると、小さな、本当に小さな集落に行き当たった。
「そろそろ野営しようと思っていたけど、村のすぐ近くで、ってわけにはいかないわよねぇ。
仕方ないわね、もう少し進みましょ」
普通のハンターは、野営時にたまたま近くに村があった場合には、納屋で寝させてもらったり、まともな食事を分けてもらったりする。
魔物や野獣に警戒しながら、風に晒されて地面に寝転がって寝ることに較べれば、安全な屋内で藁や干し草を敷いて寝られることは、身体を休めるのにどれだけ効果があることか……。
そして、温かくて栄養がある夕食。……勿論、材料費だけでなく、充分な額の代金は払う。
なので、ハンターにとっても村人にとっても互いに益があるのである。
……但し、『赤き誓い』を除く。
マイルの料理と、岩でできた携帯式要塞トイレ、携帯式要塞浴室、そして組み立て済みの大型テント等を持ち歩いている『赤き誓い』にとっては、自分達だけで夜営した方がずっと快適で楽ちんなのであった。
そして、そんな『赤き誓い』が村のすぐ近くで夜営していれば、村人達に不審に思われるのは確実である。
なので、村の近くでの夜営は避ける、『赤き誓い』なのであった……。
「そうですね、2~3キロくらいは離れましょうか」
マイルがレーナの意見に賛成し、メーヴィスとポーリンも頷いた。
「じゃ、もう少し……」
「嫌ああぁ!」
「……状況が変わりました!」
緊急時に、無駄な時間を使うような者はいない。マイルの言葉にこくりと頷くと、皆、一斉に声の方向へと全力で駆け出した。……聞こえてきた声が、まだ幼い少女の声だったので。
これがおっさんの悲鳴ならば無視するのかといえば、決してそのようなことはないのであるが、もう少し落ち着いて行動した可能性は否めない。特に、おっさんの『嫌ああぁ!』という悲鳴であった場合には……。
とにかく、今回は幼い少女の悲鳴であったため、問題はない。
いや、悲鳴が聞こえたということ自体は、大問題であるが……。
「どうしました!」
一番早く現場に到着したのは、4人の中で一番足の長い、つまり一歩あたりの歩幅が大きいメーヴィス……ではなく、マイルであった。
何の不思議もありはしない。何しろ、幼い少女が助けを求めているのだから……。
「た、たす、助け……」
そして、助けを求めるその少女を見た瞬間。
「け、経緯子!!」
ぎんっ!!
少女の腕を掴んでいる男と、その取り巻きらしい連中を睨み付けた、マイル。そして……。
マイルの顔から表情が抜けた。……第二段階である。
そして、眼が全然笑っていない笑みを浮かべた。…………第三段階である。
そして、怒りに顔を歪めた。………第四段階、つまり、最終形態である。
「死ねええええぇ~~!!」
経緯子。
……それは、マイルの前世である、栗原海里の妹の名であった……。