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409 閑話 灼熱の男 4

「……というわけで、激戦の末、我が領軍は全滅、最後まで敵と戦い生き残った者達を連れて、国軍による領地奪還をお願いすべく、急いで駆け付けた次第であります!」

 王宮の謁見の間で、予定外の緊急報告が行われていた。報告者は、アルバーン帝国と国境を接する男爵領の領主、アレイメン男爵である。その後ろには、領軍の士官である弟と、分家筋のふたりが控えている。


 その報告では、男爵と家臣達は領地を守るため八面六臂はちめんろっぴの大活躍をしたということになっていた。

 そして、報告を受けた国王の表情は、微妙であった。

 驚くでもなし、怒るでもなし、感心するでもなし、慌てるでもなし……。

 予想していたものとは全く違う国王の反応に、戸惑ったような様子のアレイメン男爵。


「へ、陛下、その……」

 何も喋らない国王に、遂に耐えきれなくなった男爵が喋りかけた時。

「では、領軍は全滅し、男爵領は失われた、ということか?」

 国王が、表情の抜けた顔でそう尋ねた。

「は、はい! 直ちに国軍により領地を奪還して頂くか、それが叶わぬならば、国を守るため命懸けで戦った褒賞として、他の領地を拝領致したく……」


 図々しい願いであるが、そういう前例がないわけではなかった。

 陞爵しょうしゃくや、陞爵には至らないまでも大きな功績を上げた者が、より良い領地に転封てんぽう……国替えとも言われる、いわゆる領地替え……されることは、そう珍しいことではない。

 しかし、先祖代々守ってきた領地と領民から離れることを良しとせず、褒美としての転封を辞退する者も少なくはなかったが……。

 但し、懲罰としての、より悪条件の領地への転封は、勿論、辞退することは不可能である。


 そしてそれらの中には、死力を尽くして敵国の侵略軍と戦った挙げ句領地を失った者に対して、国王の直轄領や代官に管理させている空き領地を賜る、ということも含まれていたのである。

 ……但しそれは、余程の奮戦を行い武勇を示した者に限られており、滅多にあることではなかったが……。




「ほほぅ……。では、今は既にアレイメン男爵領は存在せず、領軍もまた同じ、というわけか……」

 先程と同じ言葉が繰り返された国王の呟きに、男爵は、陛下はただ驚きのあまりしばらく凍り付いておられただけであると思い、安堵の息を吐いた。しかし……。

「ならば、今、我が国に存在しているあの領地は男爵の領地ではなく、そこを守る兵士達もまた、男爵の領軍ではない、ということであるな。

 あい分かった。では、アレイメン男爵領は我が国から失われ、消滅。それに伴い、アレイメン男爵の領主としての任を解く。

 そして、全滅した領軍に代わり、自らの軍を率いて侵略軍を追い払い、我が国に領地をもたらした若き貴族に、その新領地を与えることとする。……確か、ケルビンとか言ったな?」

「はっ、ケルビン・フォン・ベイリアム、ベイリアム男爵家の五男です」

 横に控えた宰相から、肯定の言葉が返された。


「なっ! そ、それは……」

 驚愕に眼を見開き、慌てて弁明しようとしたアレイメン男爵であるが、考えてみれば、弁明のしようがなかった。

 自らの口で、はっきりと『最後まで敵と戦い、領軍は全滅した』と国王に報告したのであるから、今更その軍が自領の領軍であるとか、敵を撃退したのは自分達であるとかいう主張をすれば、国王に虚偽の報告をして騙そうとした、ということになってしまう。そして、戦いの結果を見届けることなく戦場を後にした、ということに……。

 それは、反逆罪ではないが、敵前逃亡である。

 領主として、そして貴族としての義務の不履行、そして虚偽の報告。

 軍事行動に関する重大な事項に関して国王に虚偽の報告をするなど、重罪中の重罪である。お家お取り潰しどころか、関係者一同、斬首刑は免れまい。

 なので、せっかく国王がとぼけてわざと曲解している振りをしてくれているというのに、その言葉を否定することは、文字通りの『自殺行為』であった。


「う……、あ……」

 口をぱくぱくさせながら、唸り声を漏らすことしかできないアレイメン男爵に、国王が冷たい声で告げた。

「愚か者めが。とっくに早馬で知らせが届いておるわ、領軍の指揮を押し付けられた新米士官、ケルビンとやらからな。お前達が未成年の士官候補生を無理矢理士官にして、全てを押し付けて戦いが始まる前に逃げたこと、金目の物を満載した馬車で出発したこと、その他全てな。積み込んだ財貨が重くて、到着がこんなに遅くなったのであろうが!

 そうそう、私財だけでなく、領地の運営費なども全て持ち出したそうだな。返還させるよう、知らせに書いてあったわ……。

 領地の運営費は勿論、私財も全て没収し、戦いで荒れた領地の復興のための予算に加えるものとする。そして当然のことながら……」

 国王は、アレイメン男爵を睨み付けながら宣告した。

「アレイメン男爵家、及びその分家等、一族全ての貴族籍を剥奪。本家は、当主の3親等までの者を国外追放とする。

 我が国に、領民を見捨てて自分達だけ逃げ出すような貴族は不要だ。帝国にでも、どこへでも行くがよい! 本来であれば斬首刑であるところを、それでもこれまで国境に面する小さな領地を守ってきたお前の先祖達に対する感謝の印として、特別の配慮をしてやっておるのだ、文句はあるまい。そして、これ以上の温情は、決してない。もし不服であるなら、本来在るべき裁可を下す。

 ……何か、言いたいことはあるか?」


 貴族籍を剥奪されて国を追われた一文無しの元貴族の行く末など、しれている。

 しかし、斬首刑に較べれば、それは確かに女神の御慈悲かと思えるくらいの温情であった。

 なので、アレイメン男爵は、ただ黙って平伏するのみであった……。




 そして、アレイメン男爵一行が退出した後。

「しかし、まさかここであの名が出るとはな……」

「はい、まさか今になってA・Aの名を聞くことになるとは、思ってもいませんでした。やはり、自分が依代にしている少女の母国のために、女神がお力添えを……」

 宰相の言葉に、大きく頷く国王。

「うむ。報告には、アデル・フォン・アスカム……、コードネーム『A・A』に救われた、とあるが、おそらくそれは、『A・A』の意識を乗っ取り身体を操作した女神の仕業……、って、なぜ儂の頭の中には、女神ではなく悪魔のイメージが浮かぶのだ?」

「御安心下さい、陛下。私も同じでございますから……」

 どこが安心なのかさっぱり分からないが、宰相のフォローに、少し安心したかの様子の国王。


「うむ、やはりそうか! 儂は正常であったか!

 ……しかし、まさか国内にいたとは……。あ、いや、あそこは国境のすぐ近くだ、他国にいたが母国に戻ってきた、という可能性もあるか。だが、どちらにしても……」

「はい、女神が宿りし依代、御使いの少女『A・A』は、再び我が国に!!」

「ふは……」

「ふふふ……」

「「ははははははは!」」


 ケルビンの前から立ち去る時、カッコいい決め台詞を考えるのに集中していたため、自分のことを喋らないよう口止めするのを忘れていたマイル。

 ……致命傷であった。

 しかし、国王達が何やら勘違いをしてくれたおかげで、何とか即死は免れたようであった……。


     *     *


 ケルビンの父親であるベイリアム男爵は、王宮からの使者に手渡された書簡を無表情な顔で読んでいた。

「……承知致しました。しばらくお待ちを……」

 そう、こういう知らせをもたらした使者には、何か手土産を持たせるのが慣習であり、当然、この使者もそれを期待しているであろう。

 しかし、男爵が無表情であるため、正妻との子ではなく愛人に産ませた子のことであるため不機嫌になったのかと思い、これは大したものは貰えないかと、使者の男は落胆していた。

 手土産というのは、現金ではあまりにもあからさまであるため、簡単に換金できる絵画や美術品、純銀製の食器セット等、その場では価値が分かりにくいものが用いられる。……つまり、渡す者の胸三寸、というわけであった。


 使者が帰ると、男爵はひとりで自室に戻り、……秘蔵のワインを開けた。

 そして、部屋から聞こえてくる男爵の嬉しそうな笑い声に、家族達は怪訝そうな顔をするのであった。

 また、使者が貰った美術品を鑑定に出したところ、こういう場合に貰える手土産の相場の5倍近い価格を提示され、驚喜するのであった……。




 そして、戦いの事後処理で忙しく働いていたケルビンは、王宮からの知らせを受けて、呆然としていた。


『ケルビン・フォン・ベイリアム、男爵位を叙する。式典の詳細については~』


「……なんでさ……」

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― 新着の感想 ―
>カッコいい決め台詞 そういやどんな台詞はいて去ったんだろう
なんと過去のエピソードが閑話につながるとは。伏線と言うよりリンクですね
[一言] 流石に国王が少女の身体的特徴をコードネームにするのはどうかと・・・
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