407 閑話 灼熱の男 2
「い、いえ、確かにランク制限は書いてありませんが、常識的に考えて、こういう依頼はCランク以上というのが暗黙の……」
「あ、私、Cランクです!」
「「「「「「えええええええ!」」」」」」
再びギルド中で上がる、叫び声。
まぁ、ハンター養成学校がない国では、10歳で正規のハンター、つまりFランクになった者が、僅か2~3年でCランクに、つまり3ランクも上がれるはずがない。確かに登録時のスキップ制度があるが、剣士の恰好をしたマイルは、到底DランクやCランクでスキップ登録できそうには見えなかった。
これが魔術師であれば、とんでもない才能があればそれもあり得なくはない。しかし、マイルは剣士装備であり、そしてその体格、筋肉の付き方、歩き方、重心移動、付近への注意力や威圧感、表情その他、全てが明確に示していた。……雑魚である、と。
少なくとも、Eランクならばともかく、絶対にCランクの腕前ではない。ここにいる者達は皆、自信を持ってそう断言できた。
疑わしそうな眼で、黙って自分を見詰める受付嬢に、仕方なくマイルはごそごそと服の内側からチェーンで首から下げられたペンダント型のものを取り出した。そして、それを受付嬢に差し出す。
「はい、これ……」
「え……、あ、はい……、って、えええええ!!」
驚愕に、眼を剥く受付嬢。
そう、それは、材質と表側の意匠化された文字でランクが、そして裏側に刻印された文字で登録した支部と登録番号、名前と職種が分かるようになっている、ハンター登録証であった。
「し、Cランクの魔術師……」
「「「「「「剣士じゃねぇのかよ!!」」」」」」
というわけで、無事、受注完了。
受付嬢と地元のハンター達に必死で止められたが、一人前のCランクハンターの受注を禁止するには、ギルドマスターが正当な理由の下に正式に指示する必要があり、もし正当な理由なくそのようなことをすれば、ギルド員側が何らかの処分を受けることは免れない。なので、マイルが『あそこは私の母国なので……』と言えば、誰にも止めることはできなかったのである。
そして、男爵領は全く無関係ではあるが、ブランデル王国がマイルの母国であることは嘘ではない。……そのような理由を告げるまでもなく、受注を拒否されることはなかったのではあるが。
そして、マイルは出発した。
すぐそこにある国境線を越えて、普通のハンターならば徒歩1日、マイルであれば半日もあれば余裕で着ける、小さな男爵領目指して……。
* *
ケルビン・フォン・ベイリアム。
ブランデル王国の、決して裕福とは言えない男爵家の五男。妾腹である。
妾腹とは言っても、正式な側室や妾の子ではなく、侍女に手を出して産ませた、言わば『愛人の子』である。
この国では、貴族や王族の側室や妾は正妻公認の存在であり、その生活は全て主人が面倒を見て、子供も認知される。しかし『愛人』というのはそれとは違い、日陰の存在であり、何の保障もされない。主人の気が変わって捨てられれば、それまでであった。
しかし、ベイリアム男爵もその妻も、貴族としては善人であった。侍女も、その子供も家族として迎え入れ、きちんと養育してくれたのである。……かなりのお人好しであった。特に、妻の方が。
そして、エクランド学園に入学したケルビンは、そこで、生涯のライバルと出会った。
……あくまでも、ケルビンから見て。
相手側は、ライバルどころか、鬱陶しい羽虫のようにしか認識していなかったのである。
色々と拗らせて一方的に相手を敵視していたケルビンであるが、ある日、ケルビンの態度に我慢の限界を超えたライバルから『貴族たる者の在り方』、いや、『男としての生き方』について熱く迸る言葉で薫陶を受け、己の生き様に開眼。
そして学園卒業後は、下級のエクランド学園出身者はどうせ出世できないであろう国軍や、そもそも最初から上級のアードレイ学園出身者以外は相手にもされないであろう近衛軍とかは無視し、貴族家の領主軍に入ることにしたのであった。
領主軍は、一般兵や下士官は領民からの志願兵と強制徴募兵で構成されているが、さすがに士官には貴族を配置しないわけにはいかなかった。
そのため、下級貴族の三男以下を召し抱え、将来の中堅士官とするため育てる、ということは、普通に行われている。さすがに、領主軍全体の指揮は、信用ある家臣に任せているが……。
いくら新米ではあっても、貴族を平民の下につけるわけにはいかないため、まだ若く未熟ではあっても、勿論最初から士官待遇である。未成年の間は、士官見習というか、士官候補生、とでもいうべき立場であるが……。
部下達、特に叩き上げの下士官達に信頼され、本当に上官として認められるかどうかは、最初から与えられた階級とは、また別の話である。
そしてケルビンは、隣国アルバーン帝国との国境に面した、とある男爵家の領軍に士官候補生として雇用された。
その男爵家としては、危険な現場で指揮を執らせるための要員を雇ったに過ぎないが、ケルビンはここで現場の知識と技術を身に付けて、行く行くは、と、将来のことを計画していたのである。こんな小さな男爵領の領軍の下っ端士官で終わるつもりなど、更々なかった。
小さな男爵家の領軍は、総司令官は勿論、男爵自身である。あと、男爵の弟、そして分家の三男以下の者がふたりと、数少ない士官枠は、全て親族で占められていた。そこに、雑用や面倒な仕事、危険な仕事を押し付けるための下っ端士官を余所者にやらせるために雇用されたのが、ケルビンであった。なので、いくら働こうが手柄を立てようが、ケルビンが出世することはあり得ない。
一人前の貴族はそんな職には就こうとしないので、貧乏貴族の愛人の子、という弱い立場のケルビンを喜んで採用したのであろう。
そして、ある日……。
「帝国軍が侵攻してくると?」
「そうだ! 私は、陛下に国軍を派遣して頂けるようお願いに行く。
お前を、今、この場で士官に任命してやるから、私達が援軍と共に戻るまで、領地を守り抜け。
逃げることは許さん! もし逃げた場合は、敵前逃亡、いや、利敵行為として打ち首に処す!」
まだ雇われてから数カ月にしかならないケルビンに全ての責任を押し付けて、さっさと自分と家族、家臣、腹心の部下達を連れて逃げ出そうとする男爵に、そう命じられたケルビン。
こういう時に勝手に逃げられないように、ケルビンのような、他の貴族家の、立場の弱い者を雇うのである。もし逃げたら、あること無いこと触れて廻り、実家の名が地に落ちるぞ、という脅しが効くので。
急に士官に任命したのも、おそらく、『見習いの候補生に全てを押し付けた』というのは外聞が悪いため、『現場を士官に任せ、援軍の要請に行った』と言い張れるようにとの理由なのであろう。
愛人の子である自分を厚遇してくれたベイリアム家に、迷惑を掛けることはできない。
同じく、貧乏くじを引かされた領軍の一般兵達と共に、何とか領都を守るしかない。
そう、自分を含め、家族や親族等、一族郎党が皆この領地の者である兵士達もまた、領主の命令に逆らって逃げ出すことなどできない者達なのであった。
帝国軍侵攻の情報は、かなり早い段階で把握されていた。
この時代に、軍の行動を完全に秘匿することなどできるはずがないし、傭兵を雇ったり、物資の購入や輸送の準備等で、そういうことに注意を払っている者にはすぐに分かる。
そして、さすがに国境に面した領地を持っているだけあって、男爵は帝国を拠点としているハンターや、帝都の飲み屋のオヤジ等に『何かあった場合には、知らせてくれれば情報を買う』と言ってあったらしく、時間的には余裕があった。どうせ駄目だとは思いつつも、形式的に、近隣の街の傭兵ギルドやハンターギルドに人員募集を掛けるくらいの余裕は。
そしてその募集は、国境線がすぐ近くである、友好的な隣国の街にも及んでいた。
……勿論、伯爵領軍対男爵領軍、しかも相手は万全の準備を整えて攻めてくる、というような戦いに馳せ参じる馬鹿はいない。逆に、男爵領の傭兵募集の告知を見て、帝国側に売り込みに行く者まで出る始末であった。
そして結局、貴族や上級士官が全員逃げ出して、ケルビンと下士官、そして一般兵だけが取り残された男爵領軍が、領都(という名の、ただの小さな町)で敵を迎え撃つこととなった。
国境で迎え撃たないのは、勿論、相手に少しでも補給的負担を強いるためである。
敵を領内に引き入れれば自領の畑が荒れるが、畑を荒らさないということを優先して、領軍が壊滅して敵に領地を奪われたのでは何にもならない。
「指揮官殿、お互い、貧乏くじを引いちまいましたねぇ……」
「指揮官? そんな大層なもんじゃあ……」
古参の下士官に『指揮官』と呼ばれ苦笑するケルビン。
「いや、上の連中がみんないなくなって、唯一残ってくれた士官なんですから、今は立派な指揮官殿ですぜ!」
「……それもそうか……」
言われてみれば、確かにその通りである。
現場での最高位者なのだから、立派な指揮官である。
誕生日が早いため既に14歳になっているケルビンは、地球での欧米人種にあたるため、幼少の頃から鍛えていることもあり、既に立派な体格であった。大人と戦うにも、見た目的には何の遜色もない。
……しかし、それでもまだ、成人となる15歳には1年近い期間がある。
そんな、自分の孫くらいの年齢であるケルビンを、ちゃんと士官として認め、立ててくれる古参の下士官。それはおそらく、他の、鼻持ちならない士官連中とは違い、ケルビンがこの数カ月間で自ら勝ち取った『部下の兵士達からの信頼』という、かけがえのない宝物のおかげであろう。
そして……。
遂に、領都まで来た帝国軍。……国軍ではなく、この男爵領に隣接する伯爵領の領軍であるが、この国の者にとっては、『アルバーン帝国からの侵略軍』なので、同じことである。
「よし、出るぞ!」
たかが男爵領である。領都とは言っても小さな町に過ぎず、別に城塞や城郭があるわけではない。なので、籠城戦などはできないし、町の人達が戦いに巻き込まれて被害が出るだけであった。
そのため、領都から出て、その前方で戦う。
全滅は必至であるが、領民達で編成された領軍が立派に戦ったとなれば、敵に占領された後も『腰抜け共の町』といって侮られることもなく、そして王国軍によって奪回された場合も、『戦いもせずに帝国に寝返った、腰抜けの裏切り者共の町』として蔑まれることもあるまい。
……そして、若輩ながらも領軍を指揮して立派に戦ったという名誉をもって、愛人の子である自分を家族の一員として育ててくれたベイリアム家に対する恩返しとする。
そう考えて、ケルビンは領軍を率いて領都を出た。
但し、その前に、兵士達にこう告げて。
「希望者には、この場で除隊を許可する。その者達は私服に着替え、ただの平民として領都の民の間に紛れよ。そして、庶民として、幸せに暮らすがよい……」
そしてケルビンは、約半数に減った兵を率いて、領都の前に陣を張るのであった……。
8月28日に、アニメ公式サイトの情報が更新されました!
新PVや、TV放映予定(放映局と放映日時)等、新情報を公開!
よろしくお願い致します。(^^)/
新PV、いい感じです。
アニメの魅力が、かなりうまく伝わると思います。
……そう、こんな感じのアニメなんですよ!(^^)/
でも、さすがに、あのシーンはPVには入れられなかったか……。(^^ゞ