406 閑話 灼熱の男 1
「あ~、退屈だなぁ……」
アルバーン帝国への偽装商隊護衛依頼が終わってからしばらく経った頃、ポーリンが、久し振りに一度実家に顔を出したいと言ったため、長期休暇を取った『赤き誓い』。
いつもの休暇期間である一週間やそこらでは、ポーリンやメーヴィスが遠くの実家に帰省するには日数が足りない。なので、『赤き誓い』初の、3週間に亘る長期休暇を取ったわけであるが……。
実家に戻った、ポーリンとメーヴィス。
仲間達のお墓参りに行った、レーナ。
……そして、帰省するわけにもいかず、暇を持て余しているマイル。
「ひとりの時にやりたい、時間が掛かること……。
妖精狩り。……やった。
可愛い女の子に手取り足取り。……マレエットちゃんで堪能した。
あ、また学園に忍び込んで、ちょっとマレエットちゃんの様子を見てこよう……」
殆ど、いや、完全に、ストーカーであった……。
ストーカー……。自分の望み、欲望を叶える……。
「それは、タルコフスキーの映画ですよ! 『部屋』ですよ、『ゾーン』ですよっ! そして、変質者の映画ではなく、ちゃんとしたSF作品ですよっ!!」
突然、わけの分からないことを叫ぶマイル。
どうやら、何やら勝手に連想してしまったようである。
「でも、3週間は、暇だなぁ……。王都でやることは、普段の一週間単位の休暇でもできるし、休暇じゃない時にもできるし……。
ここはひとつ、ひとり旅でもやってみるか!」
普通、この世界では、少女のひとり旅というのは危険に満ちている。
盗賊だけでなく、地廻りのチンピラや、ごく普通の旅人でさえも、可愛く非力な少女が人気のない街道をひとりで歩いていれば、良からぬ考えを抱くこともある。
食べるのがやっとの、貧しい農村を通り掛かることもある。……その中には、村ぐるみで旅の商人を襲う悪質な村や、犯罪者の溜まり場となっている村もある。
つまり、少女のひとり旅など、危険に満ちており、正気の沙汰ではない。
……マイルには、全く関係ない話であるが。
そう、マイルには、そんなことは全く、これっぽっちも関係なかった……。
「よし、行くぞう!」
斯くして、マイルのひとり旅が決行されたのであった。この国の言葉で勝手に作った、怪しげな演歌を口ずさみながら……。
* *
「うむうむ、順調、順調……」
盗賊や、怪しい連中が何度か近付いてきたが、その度、マイルは走った。そう、『全速』で。
一瞬姿がブレたかと思ったら、次の瞬間には、既にひゅん、と遙か彼方へと走り去っている少女。
……追いつけるわけがなかった。
捕らえればお金になるけれど、街まで連れていって手続きして、というのは時間がかかるし面倒だから、相手にしないことにしたのである。
いちいちそんなのに関わり合っていたら、あっという間に休暇期間が過ぎてしまう。いくら3週間とはいえ、この世界での一週間は6日しかないため、日数としては18日間しかないのである。
しかし、まぁ、マイルひとりであれば、移動に要する日数はかなり少なくて済む。普通に歩いて移動しても。
最終手段である、水平方向に落下するという重力遮断魔法を使えば本当にすぐに到着するが、それではあまりにも風情がないし、旅の楽しさも何もない。なので、普通に、通常の2倍くらいの速さですたすたと歩き続けるマイルであった。
マイルの進行方向は、王都から南西方向であった。
その方角には、『赤き誓い』の本拠地であるティルス王国、マイル、いや、アデルの母国であるブランデル王国、そしてアルバーン帝国の3国が国境を接する場所があり、関係が良好なティルス王国とブランデル王国対アルバーン帝国の、いささか険悪な睨み合いの場所であった。
特に、ティルス王国とブランデル王国は、互いに相手国にアルバーン帝国が本格的に侵攻した場合、国境線を越えて進む帝国軍の側方から襲い掛かるべく、眼を光らせている。
……そう、『本格的に侵攻した場合は』、である。
帝国としての本格侵攻ではなく、国境に面した貴族領の独断による、領軍を使ったちょっかいや領地の切り取り目的の小競り合いには、手を出すつもりは全くない。
そんなものに手を出すと、侵攻を受けた領地が他国の支援をアテにして逆に帝国領へ侵攻しようとしたり、本当に国家規模の全面戦争に発展する危険があるので、当然である。
そんなものは、自領で何とかするか、自国の国軍に助けを求めるべきものである。
友好国政府の要請もなしにすぐに緊急出動するのは、帝国が相手国の王都を目指す本格侵攻を始めた時だけであり、それは様々なパターンごとに細かく決められた条約に基づいたものである。
そして3国ともに、それぞれ3国の国境が接する地点のすぐ近くにそこそこの街ができている。
大きな街道があるわけではないので、商業的な理由でできた街ではなく、そう大きなものではないが……。
まぁ、そういうわけで、その『微妙な場所』である国境のすぐ手前にある街に、『そういう場所の空気』というものを見物しようと思い立ったマイルであった。
そう、マイルにとっては、現在住んでいるティルス王国も、母国であるブランデル王国も、そして古竜の里やらスカベンジャーが守る拠点やらがあるアルバーン帝国も、全て『身内が住む国』であり、不毛な殺し合いが起こるのは決して望ましいことではないのである。
「……着いた」
そして、些か常識を超えた早さで目的地へと到着したマイル。
一応、とりあえずハンターギルド支部に顔を出すが、それは手っ取り早く情報を手に入れるためにギルド支部の情報ボードを確認するのが目的であり、別にソロで依頼を受けるつもりはなかった。
「ん~と、情報ボードには、特に変わった情報は……、あったよ、オイ……」
『アルバーン帝国領からブランデル王国に対し侵攻の兆候あり。国境を跨ぐ依頼の受注者は注意されたし。但し、国境に面した貴族領の勝手な行為である確率が高く、帝国政府自体は直接関わっていない、小競り合いではないかと思われる』
「うん、帝国が本格的な侵略を始めるには早過ぎるよねぇ……。しかし、こんな正確な情報や分析結果、いったい誰が持ってくるんだろう……」
そんなことを呟きながら、今度は依頼ボードを見るマイル。
「え~と、多分、こういう時には……、あ、あったあった!」
『緊急募集 傭兵 1日当たり小金貨6枚 アレイメン男爵領』
募集人数や期間も書いてないし、傭兵ならばここではなく傭兵ギルドに依頼するはず。
それが、こんな曖昧な書き方でハンターギルドにまで依頼が貼ってあるということは……。
「『赤い依頼』かぁ……」
マイルの呟きに、周りにいたハンター達が苦笑する。
「ま、そういうこった。その男爵領は、直接敵国と対峙するのを嫌がった他領が緩衝地帯みたいにして利用しているところで、小競り合いの被害は全部その男爵領、他領は国軍が来て帝国の奴らを追い払う時に少し兵を出してやってお茶を濁す、って感じだな。
男爵家も、一応は他家の領軍に世話になるわけだから強く出られないし、位置的なことはどうしようもないからなぁ……。
毎回畑は滅茶苦茶になるし、若い女は連れ去られるしで、最低最悪の領地だぜ。
しかも、盗賊相手ならばまだしも、兵士相手の戦いが確実にあるというのに、1日当たり小金貨6枚だと。おまけに、こっちは弱小の男爵領、相手は食うに困って必死で戦う伯爵領だとさ。ふざけんな、ってんだよ!
どうせ、傭兵を一番前に出して使い捨てるに決まってらぁ。だから、傭兵ギルドの者は誰も受けねぇよ。勿論、俺達ハンターもな!」
ぶっちゃけられた。
まぁ、ここにいるハンター達も、12歳前後に見える少女ハンターがひとりでそんな依頼を受けるなどとは思ってもいないので、新米ハンターに世間話をしてくれただけなのであろう。
見慣れない顔ではあるが、勿論『修行の旅』に出るような年齢でもないし、たったひとりなのだから、親に買って貰った中古の装備を身に着けて、今からハンター登録をするのだろう、とでも思っているのであろう。
なので、十代半ばから後半くらいの少年パーティが、眼をギラつかせてマイルに視線を向けていた。おそらく、ハンター登録が終わると同時に勧誘の声を掛けるつもりなのであろう。
マイルが身に着けている装備は、新人としてはそう悪くないし、それは両親がそんなにお金に困ってはおらず、娘がハンターになることに協力的だということである。
……そして、マイルは客観的に見て、可愛かった。
そう、そういうことであった……。
そしてマイルは受付窓口に行き、受付嬢のお姉さんに申告した。
「あの~、隣国から出されている傭兵募集の依頼、受けます!」
「「「「「「えええええええええ~~っっ!!」」」」」」
ギルド中に叫び声が響いたが、それは、仕方ないであろう……。