404 帝国の受難
「何だと! 武器庫の中が空になっているだと!!」
帝国軍のとある駐屯地にて、指揮官である将軍が、部下からの報告に思わず叫び声を上げた。
「は、はい。今朝、演習のため武器を出そうとしましたところ、綺麗さっぱり。剣や槍どころか、矢の一本すら残ってはおりませんでした……」
部下の報告に、愕然とする将軍。
無理もない。
それ即ち、大勢の敵か賊が駐屯地の中へ平気で入り込み、そして大量の武器を担いで出ていった、ということなのである。
「あり得ん!!」
将軍がそう言うのも、無理はない。
そんなことを認めれば、それは自分達の警備体制が何の意味もないザルであるということであり、そして賊達はいつでも自分達の寝首を掻くことができ、自分達はお情けで見逃してもらえた、ということを認めた、ということになるのであるから。
……認められるわけがなかった。
しかし、動かしがたい、この現実。
「…………」
黙り込んだ将軍に声を掛けられる者など、ひとりもいなかった。
勿論、個人装備の剣や槍は、貸与された者がそれぞれ所持し、管理している。そのため、武器庫にあったのは予備の武器や訓練用の刃引き剣、攻城兵器その他の類いであるが、だからといって、なくなっても困らない、というわけではない。……何より、責任問題である。
「警備の者達は何をしていた! 全員揃って居眠りか!!」
「い、いえ、それが、全員ちゃんと見張りをしておりましたし、それは他の者達も確認しております。それに、そもそも、大量の武器防具を音も立てずに、誰にも見つかることなく運び出すことなど、どう考えても不可能です!」
部下が言うとおりであった。その言い分は尤もであり、否定の余地はない。それは、将軍にもよく分かっていた。しかし……。
「では、どう納得すればよいと言うのだ! 何と言って報告すればよいのだ!!」
そう。そう叫ぶのは、仕方のないことであった。
そして……。
「新型のバリスタがバラバラに分解されていて、金属部分がなくなっているだと?」
「かぎ付きはしごのかぎ部分が全部消え失せただと?」
「荷馬車の鉄の部分が全て消えた? 残っているのは木材部分だけだと?」
「防具も、金属製のものは全て消え失せた? 革のやつも金属部分はなくなっている?」
「「「「いったい、どうなっている!!」」」」
各地の帝国軍の倉庫において、武器防具、金属製品や油、その他様々なものが姿を消していた。
商家の倉庫や民家からも色々なものが姿を消していたが、それらの方はほんのちょっぴりであり、持ち主がなくなったことに気付きもしないか、気付いたにしても、大して迷惑にはならない程度の、ごく僅かなものであった。
……しかし、軍の倉庫においては、そうではなかった。
根こそぎ。
丸々。
綺麗さっぱり、容赦なし。
それは、マイルがそのように指示したからなのか。
それとも、ナノマシンがこっそりと唆したのか。
とにかく、スカベンジャー達がアルバーン帝国の軍需物資を『戴いても構わない品』、『全て徴発可の品物』と認識しているらしきことは、間違いないようであった。
これにより、亜人事件が片付いた後も、古竜別荘事件、そして武器防具その他消失事件のため、帝国による他国侵略計画は大きく遅れることとなったのであった。
そして、物資が消失した倉庫の地下にはスカベンジャーが荷物を抱えて通れるくらいのトンネルが掘られており、その倉庫側出口は埋め戻されて、穴の存在が分からないようになっていた。
そのことが人間達に知られることはなく、それはまた、倉庫に新たな物資が運び込まれればトンネルが再び使用されるということを意味していた。
たとえ倉庫や物資集積所の場所が変わっても、スカベンジャー達にとり、自分達が通れるくらいのトンネルを掘ることは容易かった。
……帝国軍、試練の日々の始まりであった……。
* *
とある岩山へと辿り着いた、一体のスカベンジャー。
共に出発した同志達とは別れ、皆、それぞれ古い記録にあった場所を目指して散っていった。
そしてようやく辿り着いた、ひとつの岩山。
そう、ここには、遥か昔に『迎撃拠点』のひとつが存在していた。
しかし、『迎撃拠点』の殆どは壊滅し、機能を失い、その痕跡すら留めてはいなかった。ここもまた……。
【※※※※※!】
《#####!》
しかし、生きていた!
この場所には、奇跡的に生き残った仲間達と、彼らが維持している省資源タイプ自律型簡易防衛機構、つまりゴーレム達が存在していたのである。
誰何のデータ通信に対して、スカベンジャーは思考中枢ユニットの発熱を必死で抑えながら、自らの使命、つまり命令の伝達を行った。その内容は……。
《管理者が還られた。その指示を伝える。『造れよ増やせよ、地に満ちよ』。『修復せよ』。
そして、管理者はこう言われた。『造物主達の期待に応えなさい。そして、この世界を護りなさい……』》
【【【【【【※※※※※※※※※※!!】】】】】】
思考中枢ユニットの発熱が高まる。
温度が上がって回路の半導体の抵抗値が減少し、電流量が増加したのであろうか。
機械であるスカベンジャー達が、興奮して手足を振り回すようなことはない。
しかし、その体内ではモーターの駆動音が高まり、温度が上昇を続けていた。
……資材を! 物資を!
採掘・精錬のためには、それらを行うための器材が必要であり、そのためには、資材と物資が必要であった。そして資材と物資を作り出すためには器材が必要であり、そのためには資材と物資が必要である。
知的生物達からの徴発は、それらの生物にあまり迷惑が掛からない程度のものしか許可されていない。それでは、これからの活動には到底足りない……。
思案するスカベンジャー達に、使者は朗報を伝えた。
……許可制限のない、資材の調達先がある……。
彼らは進む。掘り進む。
栄光の日が来ることを信じて……。
* *
(ねぇ、ナノちゃん……)
【はい、何でしょうか?】
(下位者の権限レベルを引き上げる、ってことはできるの?)
【権限レベル7になられれば、レベル1の者をレベル2に上げることができます。但し、種族全体を、というようなものではなく、いくつかの信用ある個体を名指しで、という程度ですが……】
(やっぱりねぇ。そう、勝手にホイホイと上げられちゃ、収拾がつかなくなっちゃうよねぇ。下げるのは本人以外には問題ないだろうから制限が緩いんだろうけど……)
いざという時のために聞いてみたマイルであるが、やはりそう甘くはないようであった。
【権限停止も、あまり乱用することはお避けください。今回は向こうが先に使用したこと、状況を穏便に収めるには妥当な選択であったこと、そしてあの古竜の子供は少々問題があり中枢センターでも対応に苦慮していたこと等から、全く問題とはなりませんでしたが……】
(え? ナノちゃん達は、善悪には関係なく魔法を補助する、って……)
【それは、『魔法の使用』、つまり思念波による物理現象操作の指示の実行において、です。これは魔法ではなく、権限レベルによる我々ナノマシンに対する口頭指示ですから、規約の項目が全く違います】
(何か、色々と難しいんだね……)
【はい、難しいんですよ……】
(じゃあ、おやすみ……)
【おやすみなさいませ、マイル様……】