402 人竜大戦 3
『げ、元凶を絶てば! ブレス、一斉攻撃!!』
さすがに、余裕をもって『小動物をあまり虐待しては……』などと言っている場合ではない。戦士隊6頭、指揮官の指示の下、本気も本気、全力のブレス攻撃であった。
それが全て、マイルに向けられ……。
『発射!』
……
…………
………………
しかし、何も起こらなかった。
『『『『『『ぎゃあああああああ~~!!』』』』』』
恐怖。
それ以外の言葉では表せない、その感情。
古竜に生まれてから、そのようなものを感じたことは、一度もない。
古竜に肉弾戦で勝てる生物など存在せず、古竜に魔法戦で勝てる生物など存在しない。
強靱で強力な肉体。
強力な攻撃魔法と、強固な防御魔法。
大空を自由に駆ける、神にも近い無敵の完全生物。
それが、古竜である。
そのはずが……。
重くて自由に動けない身体。
いくら羽ばたいても浮き上がらない身体。
ブレスも吐けず、他の魔法を試しても、全く反応がない。
ただ、下等で矮小なトカゲのように地面を這いずることしかできない、今の自分達。これでは、ずっと格下の魔物達にすら……。
そして今、自分達の目の前にいる、この常軌を逸した人間達に……。
……死ぬ。
殺される。
自分達が、奴らを『殺す』と言ったのだ。
奴らが自分達を殺さないという理由がない。
そして、充分にその力を持っている、4人の人間達……。
『『『『『『『ぎゃあああああああ~~!!』』』』』』』
再び古竜達の魂切る悲鳴が響き渡った。
その数は、ひとつ増えて、7つになっている。
ベレデテスとケラゴンは、少し離れたところで死んだ魚のような目で座り込んでいるので、増えたひとつは、勿論、指導者のものである。
『どうして……。どうして……。
言ったのに! 僕の命令に従うって、言ったのにいいいいぃ!!』
指導者は、どうやらナノマシン、いや、『魔法の精霊』が自分に絶対服従するものと思っていたようである。
ナノマシンというものがよく分かっておらず、適切な質問ができないために、かなり誤解し自分に都合の良いように解釈していたらしい指導者は、『魔法の精霊』をひとつの生き物とでも思っていたのであろうか。そして、それが自分の絶対支配下にある、とでも……。
しかし、現実は厳しかった。
そこにいるのは、もう『我』などといった気取った喋り方をする余裕もなく、素の喋り方になってしまっている、『指導者』という肩書きを付けただけの、ただの仔竜であった……。
「さて、後顧の憂いを絶つために、ひとつ、古竜の里を全滅させるとしますか……」
『『『『『『やめろおおおおぉ~~!!』』』』』』
へたり込んで泣いている指導者を無視して、6頭の戦士達が必死でマイルに懇願した。
ベレデテスとケラゴンは、完全に部外者面をして、我関せず、という立場を貫くつもりのようである。そこまで自己保身を徹底されると、いっそ清々しい。
……いや、よく見ると、完全に呆けているだけのようであった。さすがに、自分の家族や気になる雌竜達を見殺しにするつもりはあるまい……。
「目標、敵、古竜の里。全安全装置解除。耐ショック、耐閃光防御! サンシャイン・デストロイヤー、発射用意……」
ずうん!
ずうん、ずしん、ずしずし~ん……
次々と地響きが起こり、そこには6頭の古竜が横たわっていた。
全員、両手両足、シッポを投げ出して、腹を出して、仰向けになって。
そう、それは、古竜の『完全降伏』のポーズであった……。
* *
「……じゃあ、以後、古竜及びその配下の者達は、私達『赤き誓い』にはちょっかいを掛けない、ということでよろしいですね?」
こくこく!
「そして、今回の詫びとして、角を少々削らせてもらう、ということで……」
こくこ……、
『えええええ!!』
反射的に頷きかけて、慌てて動きを止めた戦士隊の指揮官。
……指導者は使い物にならなくなっているため、交渉相手は、6頭の戦士達のうちのリーダーである。そして『赤き誓い』側の交渉担当は、勿論、ポーリンであった。
『角は! 角は、勘弁していただきたい! 角は我らの誇り、それを削られたりしては、末代までの恥に……』
そう言われては、少し可哀想に思えて、無理も言えない。
しかし、古竜の角の欠片など、いったいどれだけの値が付くものか。ウロコや爪など問題にもならない価格になることは、間違いない。……何せ、古竜の角を粉末状にしたものは万能薬であり、不老長寿の薬、と言われているのである。
……あくまでも、『言われている』だけであり、実際にはそのような効果はないのであるが。
しかし、あの古竜の角なのであるから、それを自分の体内に取り入れられれば、と考える気持ちは、分からなくもない。
そして、そんなものを入手できることなど、まずあり得ないため、それを試すことも、偽物が出回る余地すらないのであった。
すぐに換金するつもりはないものの、将来の、自分の商会設立のために、何とか超目玉商品を確保しておきたいポーリン。そう、こんなとんでもないものがあれば、商会設立時にいきなり王宮との取引を行うことすら可能であろう。
「う~ん……」
諦め切れないポーリンが、悩んでいると……。
『マイル殿に頼んで、飾り彫りにしてもらってはどうか? ケラゴン殿の爪のように……』
ベレデテスが、いきなりそんなことを言い出した。
『『『『『『あ!!』』』』』』
そう、ケラゴンの爪である。
削られてみっともなくなっては婚活に影響するのではないかと心配して、マイルが彫り込んだ、渾身の作。
1本は、剣やナイフを作るために削いだので、他の爪より細くなってしまった。それを誤魔化すために、おどろおどろしい形に。そしてもう1本は、綺麗な模様が飾り彫りにされている。
『ケラゴン殿、その爪が雌竜達に馬鹿受けして、お付き合いの申し込みが殺到しているそうではないか……』
『『『『『『え!!』』』』』』
そういう噂は聞いていたものの、はっきりと本人、いや、本竜から聞いたわけではなかった戦士達が、ケラゴンに向かって訊いた。
『……そ、そうなのか?』
正面切ってそう訊かれては、正直に答えざるを得ない。ケラゴンは、少し俯き加減になりながら、正直に答えた。
『あ、ああ……。7頭、……いや、8頭目だったかな、昨日のハルルからの申し込みで……』
『『『なっ! ハ、ハルルだとっっ!!』』』
戦士のうちの3頭が、顔色を変えて叫んだ。どうやら、みんなが狙っていた憧れの美少女竜か何かのようであった……。
『お、お願い致す! わ、我にも、その飾り彫りをっ!』
『いや、角の欠片は、我が提供する! なので、削り取った後の角は、カッコ良く……』
『何を言っておるか! 皆に大切な角を差し出させることなどできぬ! それは、指揮官である我がこの身を犠牲にして……』
『『『ふざけんなっっ!!』』』
「「「「あ~……」」」」
例によって、今回もまた、ぐだぐだになってしまったようである。