391 防衛戦 5
再び馬車の前に立ち塞がった獣人達。
「お前達、何者だ! どうして遺跡のことを知っている! 何を、どこまで知っているのだ!」
あの、森の遺跡の時とは違い、亜人達がここで何やらやっていることは既に人間達に知られているため、獣人達と出会ったということは何の問題もないらしい。なので、軍隊とは関係なく人畜無害と判断された時点で手出しするつもりはなくなったらしき獣人達であったが、遺跡のことを知られているとなると、話は違うらしかった。
「いえ、別に大したことは……。せいぜいが、獣人と魔族が古竜の指示で各地の遺跡を発掘調査しているだとか、古竜達はある目的を持っているけれど現場の皆さんはそれを教えられていないだとか、先史文明のこととか、古竜の下っ端が連絡員として時々やってくるとか、その程度のことしか知りませんけど……」
「知りすぎだろうがああああぁっっ!!」
……切れた。
まぁ、自分達が知っていること全てと、それ以上のことも知っているらしき通りすがりのヒト種の商人一行など、黙って通せるわけがない。
「何者だ! 素直に喋らないと……」
「いえ、ですから、さっきから正直に……。
ある時は行商の商人とその護衛、またある時は行商の商人とその護衛、そしてある時は行商の商人とその護衛。しかして、その実体は! 行商の商人と、その護衛さっっ!!」
「全部同じじゃねえかああああぁっっ!!」
マイルに任せていると話が進まないので、メーヴィスが横から口を出した。
「行商の商人と、その護衛です」
ぶちん!
「うるせえええええぇっっ! てめーら、ちょっとこっちへ来い!」
どうやら、現場へ連れていってくれるらしい。
((((らっきー!))))
真面目な顔をしているが、心の中でほくそ笑んでいる『赤き誓い』一行。
商人達は、苦笑い。
いくら商人に偽装しているとはいえ、そして荒事専門ではなく事務方の人間らしいとはいえ、一応は国の機関に勤務する者達であり、それなりの覚悟を持ってこの任務に就いたのであろう。とてもまともな戦闘能力があるとは思えない者達ではあるが、怯えたり後悔したりしている様子は欠片もなかった。
元々こうなることは予想済みであり、それでも構わない、と帝都の宿で打ち合わせ済みなのである。でないと、さすがに『赤き誓い』の4人も、本人達の意思に反して勝手に危険なことに巻き込んだりはしない。これは、互いの求めるものが一致したがための、共同作戦なのであった。
そして、獣人達に連れられてやってきた、遺跡の発掘現場。
しかし、発掘現場とはいっても、あの森の発掘現場のように『掘ってますよ! 発掘してますよ!』という感じではなく、何やら岩場に穴のようなものがあり、そこからかなり離れたところに数張りの大型テントと急拵えの粗末な掘っ建て小屋があるだけであった。皆は、穴の中で作業をしているのであろうか……。
とかレーナとポーリンが考えていると。
「他の皆さんは、あの中で作業を?」
メーヴィスが、どストレートにそう聞いてしまった。
「…………」
それを聞いて、苦虫を噛み潰したかのような顔をする獣人達。
そこに、マイルが追撃を加えた。
「ゴーレムに阻まれて、それどころじゃありませんよねぇ?」
「なっ! お前達、いったいどこまで……」
先程から、同じ台詞ばかりである。話が全く進展しないので、マイル達は少々飽きてきた。
「いえ、先程、『ゴーレムが邪魔を』って言ってたじゃないですか。それはつまりまだゴーレムを排除できていないということであり、敵対行為を行うゴーレムが巣くう遺跡を調査できるはずがないですよね? 自分から教えておいて、『どこまで知っている』とか聞かれても……」
「ぐっ……」
ぐぎぎ、と、悔しそうな顔をする獣人。
しかし、敵対者でもないのにひ弱な人間の小娘を殴ることなど、誇り高き獣人の戦士として、できようはずがない。ただ、歯ぎしりするしかないのであった。
「マイル、あまり意地悪をするんじゃないよ。話が進まないだろう」
ここで、『赤き誓い』の良心、メーヴィスが口を挟んだ。やはり、心優しきリーダーだけのことはある。
「うちの者が、すみません……。
で、既にお分かりの通り、私達は、と言いますか、人間側は皆さんのご事情を知っています。そして私達は、ここ、帝国の関係者ではありません。他国からの商売の旅の途中なので、皆さんとこの国の人達とのことには、一切関わりがありませんので……。
しかし、こうして御縁がありましたので、互いに知っている情報の交換とかができれば、互いに少しは利益になるのではないかと……」
メーヴィスにそう言われて、少し落ち着いた様子の獣人達。
なにせ、自分達のことについては、既に殆ど知られているのだから、今更知られて困るようなこともない。それに対して、相手側のことについては、何故そんなに色々と知っているのか、とか、帝国側の様子とか、色々と役に立つ情報が得られるかもしれないのである。ここは、一応話に乗るのが得策であろう、と考えるのが普通であった。
「……分かった。話を聞こう」
そして、マイルからはベレデテスとの件を説明、隣国ティルス王国では周知のことであると伝えると、獣人達は驚いた様子。あの、『赤き誓い』を襲うためにベレデテスと共にやってきた古竜3頭の件から考えて、古竜の間では情報の共有がなされているはずなのに、現場の亜人達には伝えられていなかったらしい。
まぁ、作業内容や対応を指示する上司が状況を把握していれば、現場の作業員全員が全ての情報に精通している必要はない、と言われれば、その通りではあるが……。
考えてみると、遺跡関連の二度目の事件、魔族との時も、魔族達は最初の件については何も知らなかった。
また、ここはやはり担当の連絡員が違うらしく、獣人達はベレデテスという名前は知らないらしかった。最近担当者が変わったとかで、何とかいう名前を教えられたが、初めて聞く名前であった。
まぁ、元々、古竜の名前など、あの最初の3頭、ベレデテスと見習い小僧と小娘のものしか知らないが……。
そして獣人側からの説明も、マイルが既に予想していた通りであり、新たな情報はなかった。
せいぜいが、『ゴーレムがいるため、穴の中には入れない。狭くて暗い穴の中でゴーレムに囲まれたらお終い』、『穴の外でもゴーレムが活発に活動しており、他の者達はそれらのゴーレムを狩るために出払っている』ということくらいであった。
「なぜか、こちらが攻撃を喰らって戦えなくなるとその時点で引いてくれるから、死人は出ていないんだがな。それで、魔族の連中が治癒魔法を掛けてくれるんだが、治癒魔法も万能じゃねぇ。一瞬で全快、とはいかねぇし、内臓とかにダメージがあるとな……。
ま、ゴーレムは刃物を使わねぇから、手足が飛んだりすることは滅多にねぇのはありがてぇけどよ……」
確かに、己の肉体に誇りを持つ獣人の戦士にとって、怪我のため一生戦えなくなるということは、かなり辛いことなのであろう。
だが、ゴーレム相手の戦いにおいては、手足を潰されるとかで、切断されるのと大して変わらない損傷を受けることはあるであろうし、一撃で即死、ということも、そう珍しいものではないはずであった。
しかし、どうやらここの獣人や魔族達『亜人』は、死者や重傷者を出していないらしかった。
……かなり長期間、ゴーレム達の住処を攻撃しているらしいにも関わらず。
(……ここのゴーレム達には、ヒト種に対して手加減するよう指示が出されている? ということは、それを指示する能力と権限を持つ存在が……)
そう考えると、このまま引き揚げるわけにはいかないな、とマイルが思うのは仕方なかった。
「よし、穴に入りましょう!」
「「「「「「えええええ!」」」」」」
驚く商人と獣人達。そして、やっぱり、というあきらめ顔のレーナ達。
そうなるに決まっていた……。