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390 防衛戦 4

「……では、このままこの先へとお進みになりたい、と?」

「はい……」


 この佐官は、あの、アスカム領絶対防衛戦の時の、5000人の侵攻軍のひとりだったらしい。

 そして完全な負け戦、というか、兵士の損耗は少なかったものの、大失敗に終わった侵略作戦であったが、大失敗だったからこそ、何人かの英雄をでっち上げて兵士や国民の士気の高揚を図る必要があったらしいのだ。

 そのため、物資の大半を失いながらも殆ど被害なく兵士達を帰還させることに成功した『アスカム領奇跡の撤退作戦』として美談化されたあの作戦行動において、英雄としてでっち上げられた者達のうちのひとりが、この佐官であったらしいのである。当時は大尉だったが、昇任したとか……。

 何でも、『祈りを捧げ、聖女様達を召喚した3人の士官』のうちのひとり、とかいうことになっているらしい。

 それを聞いて、『知らんがな~!』と叫んだ『赤き誓い』であるが、その士官自身も、『私もです……』と、がっくりと肩を落としていた。


「しかし、相手は魔族と獣人です、万一のことがあっては……」

「私達なら、大丈夫です。そこが戦場であろうが地獄の底であろうが、お客さんのためならば、即、参上! それが私達、」

「「「「移動商店、『聖女屋』!!」」」」

 勿論、本当のパーティ名を名乗ったりはしない。あの時に名乗っていた名に合わせての名乗りである。現状に合わせて、微妙に修正を加えてあるが……。


「う……」

 そう言われては、あの時に自分達が助けられたという事実がある以上、強く出られない士官。

 そして、悩んだ挙げ句……。

「ならば、私と数名の兵士で、護衛に付きましょう!」

「余計危なくなりますよっ! 私達だけならば、ただ通過するだけの護衛付きの小規模商隊に過ぎないのに、兵士が付いていたりすれば、完全に敵扱いですよっっ!」

「あ……」

 思わず反射的に叫んだマイルの言葉に、それもそうかと反省する士官。そんなことにも気付かないとは、余程テンパっていたらしい。


「なので、どうかお気遣いなく」

 にっこりと微笑んだポーリンにそう言われ、仕方なく頷く士官。

「う……、うむ……。気を付けるのですよ、本当に……」

((((よし、クリア!))))

 こうして何とか障害を排除して、先に進む商隊。

 マイルの女神化現象ゴッデス・フェノメノンの時の姿は、距離があった上にごく短時間、しかも下から見上げる角度であったため、兵士達には顔がよく見えなかったらしく、マイルのことは『ロバ』としか認識されなかったようであり、特に問題とはならなかった。

 おそらく、今後あの時の他の兵士達に会ったとしても、皆、マイルのことは『移動食堂 聖女屋』のロバとしか認識されないであろう。


 そして、地球のアメリカと同じく、ここでもロバは『馬鹿』とか『間抜け』の代名詞なのである。

 見た目は馬とあまり変わらず、我慢強い働き者なのに、馬ほど頭が良くないからというだけの理由で馬鹿にされるのは理不尽である。馬も、犬に較べれば、ずっと頭が悪いというのに……。

 マイルが、『どうせ私は、馬鹿で間抜けなロバですよ!』とか言っていたが、皆にスルーされていた。『ブレーメンの音楽隊』と『砂漠の民、フレーメン』を掛けたネタをやりたいがために自分でロバの扮装をしておきながら、文句を言う方が間違っている。……どうせ、この世界ではそんなネタを分かってくれる者などひとりもいないというのに……。




 勾配が増してきた街道を馬に引かれて進む、3台の馬車。さすがに、かなり速度が落ちているようである。

 そして、馬車が大きな岩を回り込んだ時……。

「止まれ!」

 数人の男達に、行く手を塞がれた。

((((うん、出るわな、そりゃ……))))

 いくら盗賊ではないとはいえ、それは出るであろう。商人にふんした偵察員だとか、馬車の中に武装した兵士が、とか、食料を売ってもらいたいとか、色々と理由があるだろうから。


「な、何事でございますか! 私共は、ただの旅の行商人でございますが……」

 驚いたことに、商人達、結構芝居が上手うまかった。

(役者やのぅ……。いや、ここは、『商人さん、恐ろしい子!!』かな……)

 そしていつものように、どうでもいいことを考えているマイル。


「何をしに来た!」

「いえ、だから行商人ですから、行商に決まっていますが……」

「うっ……」

 ごく当たり前の返事に言葉を詰まらせるとは、馬鹿なのであろうか……。

 しかし、言葉に詰まったのは一瞬だけで、すぐに立て直した。

「いや、ここへ来る街道は軍の兵士達が塞いでいただろう! そして、どうして俺達を見て驚かない!」

 確かに、軍は街道脇に駐屯していたし、この男達は獣顔、つまり獣人であった。しかし……。


「あの兵士達は、不法行為を行っている者達を見張っているらしいですね。私達には何も関係ありませんよ。

 ……そして、どうして獣人の皆さんを見て驚く必要が? 私共の商品は、獣人の皆さんにもお買い上げいただいておりますが? 普通のお客様相手に、いちいち驚いたりは致しませんよ?」

「ううっ……」

 思わぬ返答に、再び言葉に詰まる獣人。

 差別することなく獣人相手にも普通に商売をしてくれる商人、という点では嬉しく、好感が持てるのであるが、今欲しかった返事は、そういうものではなかった。

「……荷台を確認するぞ?」

「ええ、構いませんよ。ただ、商品はあらかた売ってしまいましたので、殆ど残ってはおりませんが……」

 そして荷台を確認し、本当に、僅かなものしか積んでいないことを確認した獣人達。


「太った中年と小娘、そして殆どカラの荷馬車か。ま、少なくとも、お前達が兵士だという可能性は全くないな……」

「ちょっとあんた! その『太った』という言葉が掛かっているのは、『中年』だけでしょうね! まさか、『小娘』って方にも掛かっていたりしないでしょうね!!」

 レーナにおかしなところに食い付かれ、眼を白黒させる獣人であった……。


「……なぁ、売れ残っている酒、売ってくれないか?」

 どうやら、この獣人は『盗賊の取り分』というもののことは知らないらしい。まぁ、商人と盗賊以外には関係のないことなので、知っている者の方が少ないのであるが。

 これから次の街に着くまでに盗賊に襲われる確率は低い。そして、もし襲われたとしても、『赤き誓い』がいる限り、何の心配もない。なので元々この商隊には『盗賊の取り分』を用意しておく必要などなかったのであるが、商隊の常識であるため、何となく積んでいるだけであった。なので、売ることには何の問題もない。

「本来は、販売用ではないのですが……。まぁ良いでしょう、特別に、お安くお譲り致しましょう」

 お安く、とは言っても、遠くから危険を冒して運んできたものである。特に酒は重くて容器が割れる危険があるため、利潤率は他の商品よりもかなり高く設定する。しかし、当然獣人側もそれくらいは知っているので、商人が提示した価格で喜んで買い取った。


「では、先に進ませていただきます」

 そう言った商人に、獣人達に友好的な商人は大事にしたいとでも考えたのか、それとも酒が手に入って機嫌が良くなったからか、獣人達のリーダーは鷹揚おうように頷いた。

「まぁいいだろう、行け!」

 そう言って、シッシッ、と手で指示する獣人に、マイルが尋ねた。何気なく、ごく自然に……。

「……で、遺跡の発掘の方は順調ですか?」

「いや、ゴーレムが邪魔を……」

「……」

「「…………」」

「「「「「………………」」」」」

「き、貴様ら、なぜそれを知っている!!」


 勿論、マイル達の目的は、ただ問題なくここを通過させてもらうことではなかった。何の情報も得られずにただ通過するだけでは何の意味もない。それならば、兵士達の話を聞いた後、そのまま引き返して帰還した方が余程マシであった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 出た、時速10マイルのド真ん中ストレート……。
[一言] ここに来て太平洋奇跡の(撤収)作戦か!
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