388 防衛戦 2
マイル達が雇い主の商人達に情報を伝えたところ、商人達は慌ててどこかへ出掛け、その後帝都の滞在予定が3日延びた。
そしてその間に、自分達で調べたのか他のチームと繋ぎを取ったのかは分からないが、ヴェブデル氏からは正確な位置が得られなかった『その場所』についての情報を仕入れたらしい商人達が、遂に出発の決断をした。
行き先は、帝都の南東方向の山岳部である。
帝国は全体的に山岳部が多いため、『山岳部に向かう』と言っても大した意味はないが、それでも、その方角は特に険しい山が多いらしい。……だから、ヒト種があまり住んでおらず、亜人の村が多いらしいのであるが……。
「ヴェブデルさんのところ、ヴォレル商会と、あの犯人のガレイダルとかいう男が経営していたディラボルト商会とやらが扱っているのは、主に保存の利く食品や生活必需品的なものらしいです」
「……つまり、軍需物資、というわけね」
ポーリンがヴェブデル氏との話で仕入れた情報に、レーナが納得の言葉を返した。
これから、大きな商機がやってくる。おそらく、その前に、ということで、あのガレイダルという男は犯行を急いだのであろう。そのため、色々と準備不足、調査不足が起こり、あのような結果を迎えることとなったのであろう……。
戦争に火砲が普及した後であれば、軍需物資といえば武器弾薬が主となるが、この世界においては、補充する武器といえば矢と予備の剣くらいであり、輜重輸卒が運ぶのは糧食が中心である。自国内なので水場は正確に把握できており、飲料水は近場で確保できる。
他国に攻め入るわけではないため、城や城塞を攻めるための破城槌、バリスタ、鉤付きの梯子、縄梯子等は必要ない。
また、糧食も、周辺の町村から買い上げたり徴発したりすることができるため帝都から運ぶ量はそう大量ではないし、追加で送る物資を運ぶ補給部隊が途中で敵兵に襲われる心配もあまりない。
盗賊も、護衛の兵士に護られた軍の補給部隊を襲う馬鹿はいないであろう。
商品の大半が売れてガラ空きとなった荷台には、帝都で仕入れた嗜好品が積んである。
売るべき商品がないのに帝国内をうろついているのは不自然であるし、やはり現地で情報を集めるには、人々と会話をする切っ掛けとなるもの、つまり商品が必要なのである。
そして兵士の食事は軍から支給されるし、別に糧食が不足しているわけでもない。となると、狙い目は嗜好品、つまり酒や摘まみ、菓子類であった。
しかし、それらはそう嵩張るものでもないので、ティルス王国の王都を出発した時に較べると荷台には余裕があり、ゆったりと寛いでいるマイル達であった。
「……で、どうしましょうか……」
「どうするったって、もし『あのパターン』なら、また状況を説明して丸く収めるしかないでしょ」
「ですよねぇ……」
マイルは、レーナの言うことにそう頷くしかなかった。
「あの、使い走りの古竜の名前を出せば何とかなりますかねぇ……」
「ああ、あの『便利です』とかいう……」
「ベレデテス、ね」
ポーリンに対するマイルのボケに、無表情で突っ込むレーナ。もはや、ほとんど義務感かボランティアでの突っ込みである。
「だが、大陸中の遺跡全ての調査員達との連絡役を、あの古竜一頭が担当しているわけではないだろう? いくら古竜が速く飛べて行動範囲が広いとはいっても、そう都合良くは……」
「ま、別の古竜が担当していても、私達が、いえ、人間側が事情を知っているということが分かって貰えれば、それでいいんじゃないの? 争うことなく、勝手に穴掘りをして、満足したら引き揚げて貰えば済むことでしょ。
それに、前回のことは、古竜達の間で情報共有されてるでしょ。現場の魔族や獣人達にもそれくらいのことは知らされているんじゃないの?」
「「確かに……」」
レーナの、メーヴィスに対する返事に納得するマイルとポーリン。
どうやら、大きな問題はなさそうであった。
……いや、ティルス王国側としては、アルバーン帝国が国内で揉めて疲弊してくれた方が好都合なのであろうが……。
そもそも、ヴェブデル氏の話でも、『他国への「むにゃむにゃ」の準備を中断しての、大慌てでの態勢変更らしくて』と言っていた。その『むにゃむにゃ』というのに該当する言葉は、『侵攻』か『侵略』以外に考えられない。
「「もしかしてこれ、解決しない方がいい?」」
そして、ほぼ同時にそれに思い当たったらしいマイルとメーヴィス。
え、という顔をしたレーナとポーリンであるが、マイルの説明に、納得した様子。
「そうか、私達は別に問題の解決の依頼を受けたわけじゃないし、私とマイルはともかく、メーヴィスとポーリンにとっては『母国が帝国に侵略されるかどうかに繋がること』なんだ……」
他国の貴族であるマイルと、一時的に腰を据えているだけであり別にティルス王国が母国というわけではないレーナにとっては、国家間のことはあまり関係ない。
しかし、そうは言っても、仲間の家族や、知り合った大勢の人達が住む国が戦争に巻き込まれるのはあまり気分の良いものではないし、それが自分達が余計なことをしたために時期が早まった、とかいうのは、更に気分が悪いであろう。
「じゃあ、あくまでも情報収集だけで、揉め事を解決する助けになるようなことは一切しない。もしくは、逆に揉め事が拡大するように掻き回しますか?」
「「「…………」」」
ポーリンの言葉に、黙り込む3人。
さすがに、戦いを煽り戦火を拡大させるというのは、やり過ぎであろう。そんな依頼は受けていないし、そんなのは、ただの戦争屋だ。
「「「「………………」」」」
「ま、『アレ』だと決まったわけじゃなし、今考えても仕方ないですよ。せっかく時間をかけて考えたのに、行ってみたら状況が全く違っていた、とかだと、時間と費やした労力の無駄、大損ですよ!」
「……それもそうですよね」
マイルの『大損』という言葉に反応したのか、ポーリンがそれに賛同。
「まぁ、心積もりはしておくけれど、基本的には、出たとこ勝負! それが私達……」
「「「「『赤き誓い』!!」」」」
* *
そして帝都出発から7日後、帝国の南東部に到着。
他国であれば5日程度で着ける距離であるが、高低差が大きく、その上街道があまり整備されていないため悪路であり、雨が降るとしばらくは泥濘状態が続いたりと、時間が掛かったのであった。
これでも、マイル達の魔法や怪力のおかげで、車輪が泥濘に嵌まった時や、車軸が折れた時の対処が非常に簡単であったおかげで非常に順調に進んだ方なのである。なので、普通の商隊であればもっと日数が掛かったはずであった。
魔物や盗賊に備えるためには、大きな商隊を組むべきである。
しかし馬車の数が増えれば、車輪や車軸、その他の様々なトラブルが発生する確率が上がる。
そしてトラブルを起こした馬車を見捨てていくわけにはいかないため、その度に、修理が終わるのを全員で待つ必要がある。悪路続きであるため、他国の街道よりずっと頻度が高い、トラブルの発生の度に……。
「道が悪いから商隊の運行に時間が掛かり、その分、余計な経費が掛かる。すると商品の値段が上がるし、魔物や盗賊の被害を受ける確率も上がり、リスク管理のため、ますます値段を上げざるを得ない……。完全な、悪循環ですねぇ」
「そんなこと言ったって、アルバーン帝国は広いし、坂道が多いし、貧乏国でお金はないし、とても全国の街道整備を行うお金なんかないでしょうが……」
商人としての視点からのポーリンの言葉に、同じく行商人の娘であったレーナがそう返した。中堅商店のお嬢様として実家から離れたことがなかったポーリンよりも、物心ついた頃には既に父親とふたりで荷馬車による行商の旅をしていたレーナの方が、『街道』というものについては実感があるのであろう……。
そして……。
「あ、あそこ、軍隊の野営地らしいです!」
マイルが指差す先には、アルバーン帝国軍のものと思われる野営地があり、幕舎やテント倉庫等が建ち並んでいた。
「じゃ、とりあえず、行ってみるわよ!」
「お……、いや、それ決めるのは、商人さん達では……」