387 防衛戦 1
「そんな馬鹿なことをやれば、どこかの国との戦争どころじゃないでしょう! 一時的に亜人達を抑えることができたとしても、国内の他の氏族どころか、周辺諸国からも亜人が攻め寄せてきたり、そして古の条約に基づいて、周辺諸国のヒト種の軍隊も攻め寄せてくるかも。亜人との争いが再び大陸中に広がるのを恐れて。
更に、条約締結に立ち会ったという古竜が、もし機嫌を損ねたら……。
そんなの、自殺行為ですよ!
しかも、国内がそんな状態なのに、先日、ブランデル王国にちょっかいを掛けたわけですか?
いったい、何を考えて……」
マイルの言葉に、困ったような顔で、肩を竦めるヴェブデル氏。
「いや、そう言われても、喧嘩を売ってきたのは、向こうの方らしいから……。それも、ごく最近のことらしい。だから、他国への『むにゃむにゃ』の準備を中断しての、大慌てでの態勢変更らしくて……」
「「「「えええええっっ!!」」」」
さすがに、『侵攻』だとか『侵略』だとかの言葉は憚られたのか、少し言葉を濁したヴェブデル氏。
普通、豊かな土地やら珍しい宝物やらを狙って亜人の住処にちょっかいを掛けるのは、人間側である。
同じヒト種であっても、エルフやドワーフがそういうことをすることは、まずない。長命のせいで繁殖力が弱いからか、領地の拡大とかには殆ど興味を示さず、現在の生活環境を守るということを重視し、争いを好まないせいであろうか……。
そして、亜人から争いを仕掛けてくることなど、ほぼ例がないはずである。もしあったとすれば、それは仲間が奴隷狩りで連れ去られたり、奪われた部族の宝物を取り返すためであったり、そして殺された仲間の仇討ちだったりと、人間が原因を作った場合だけであった。
「「「「帝国の者が、何か凶悪犯罪的なことをしでかしたのですね……」」」」
なので、マイル達がそう判断するのは、当然のことであった。
「いえ、どうも、それがそうではないようなのです。……今回に限っては、本当に!」
つまり、いつもはその通り、ということである。
「ごく最近のことなのですが、亜人達が、自分達の居住地域ではない場所を突然占拠しまして、そのあたりに住んでいたヒト種を強制的に追い出したのです。……一応、家財を持ち出す猶予は与えてくれたらしいのですが、これは明らかに『古の条約』に反することであり、侵略行為です」
帝国内に住む者が侵略、というのも表現的に少しおかしいが、住んでいる場所が帝国内の土地であっても、亜人は『帝国の民』ではない。
兵役の義務もなければ、皇帝の命令に従う義務もない。その代わり、国に庇護される権利もない。
良く言えば、勝手に住み着いている他国人。悪く言えば、森に住んでいる獣や魔物と同じ。なので、現在はヒト種と同権、対等の関係だとはいえ、根強く残っている差別意識や嫌悪感から、ほんの少しの切っ掛けで現場が暴走、戦いが勃発しても不思議ではない。
そしてそれを、国の上層部が抑えようとするか、煽り立てて何らかの政治的利用を企むか……。
そもそも、事件の理由や切っ掛けが分からないと、どうしようもない。誰かが何かを企んで仕掛けたのか、不幸な行き違いなのか……。
しかし、『赤き誓い』には、何となく心当たりがあった。特に、ヴェブデル氏が話してくれた『戦いの相手』というのが、魔族だとか獣人だとかの個別の種族名ではなく、『亜人』という、両方を纏めた大雑把な括りの呼称であるあたりに、特に……。
「もしかして……」
「もしかすると……」
「アレなのかもね……」
「「「「…………」」」」
「で、ヴェブデルさんのお店は、どういう商品を扱っておられるのですか? 実は私の実家も商家を営んでおりまして……」
ポーリンが、さらりと話を変えた。
そして、自分の店が扱っている商品を隠す商店主はいないし、そんなことをする意味も理由もない。なので、ポーリンの質問に答えてくれるヴェブデル氏。
どうやら、さすがに少しばかり話がヤバい方へ行き過ぎたと思い焦り始めていたのか、いささか唐突かつ不自然なポーリンの話題変更に、ありがたい、というような顔であった。
そしてマイルは、再び子供達が色々と料理をリクエストしてきたので、子供達の方へ。
メーヴィスは、年長の子供達から剣技を教えて欲しいと頼まれて、子供達から渡された棒切れを持って少し離れた場所へ。
レーナは、魔法を教えてくれとねだる子供に手を引かれて。
そしてポーリンは、ヴェブデル氏との話を続けるのであった……。
* *
「本日は無理な依頼をお受け頂き、ありがとうございました。子供達も、良い思い出になったことと思います」
「「「「御依頼、ありがとうございました!」」」」
ヴェブデル氏にそう言って頭を下げられ、同じく頭を下げて依頼完了の挨拶を返す『赤き誓い』。
今回はギルドを通さない自由依頼だし、報酬は全額前金で貰っている。なので、このまま撤収であった。
料理に高価な香辛料や珍しい食材を使いまくっていることを知ったヴェブデル氏が恐る恐る追加報酬の申し出を行ったが、マイルはそれを笑って辞退した。
珍しい食材とはいっても、産地を通り掛かった時に大量に仕入れたものである。旬の季節が短いとか保存や輸送の関係で遠くの地域だと馬鹿高いとかいうだけであり、マイルにとっては大して高価なものだという認識はない。
また、香辛料にしても、辛味成分の中心は『ホット魔法の副産物』に過ぎず、それに山椒、麻の実、黒胡麻、けしの実、青のり、生姜等を大量に混ぜて増量し、どぎつい辛味を抑えると共に味にコクや深みを出したものであり、素材を集めるのには少し手間が掛かったものの、そう高価なものではなく、そして膨大な量のストックがあった。……おそらく、『赤き誓い』が自分達で使うだけなら、数十年掛かっても使い切れないくらい。
ちなみに、青のりは『赤き誓い』が海辺の街へ行った時にマイルが自分で採り、後で加工や魔法による乾燥等を行ったものである。他に、あおさや昆布等も大量に確保してある。
* *
「驚くような話が聞けたけれど……」
「はい、特に秘密にされているわけでもないのなら、」
「当然、それくらいのことは、とっくに他のチームが情報を入手しているわよねぇ……」
メーヴィス、ポーリン、そしてレーナが言う通り、これであの情報を入手していなかったならば、貴族の買収担当や潜入工作員、草(現地永住型諜報員)達は余程の無能揃いであろう。
「というか、あれは、他国に手に入れて欲しい情報でしょうね。亜人との戦いを始めるならば、自分達は悪くない、条約を破ったのは亜人側だ、ということを他国に知って貰いたいでしょうから。
そして、できれば自分達がそう喚き散らして、というのではなく、自然な形で、他国の上層部が自分達で入手した情報、という形で……。
この国の者が主張した場合は『虚偽情報だ』と言われるかもしれませんけど、自分達が諜報活動をして入手した情報を、虚偽情報だと言ってこの国に文句を言うわけにはいかないでしょうからね」
「「「あ、なるほど……」」」
マイルの考察に、納得の3人であった。
「だから、秘密指定されてなくて、ちょっと情報通の者なら知ってるのね……。
……で、どうするのよ?」
「そりゃまぁ、一応、雇い主さん達に教えてあげて……」
「この話を聞いた雇い主さん達は、多分急いでその方面の情報を集めるだろうから……」
「そっちへ廻ってから帰国ルート、ってことになるんじゃないかなぁ……」
レーナの問いに、次々とそう答える3人。
「そんじゃ、ま、」
「「「「行きますか!!」」」」