385 帝国での依頼 6
「子供達のためならば、喜んでお引き受けします!」
「……あんた、ただ子供達と遊びたいだけよね?」
「あんなことになって、充分堪能できなかったものだから……」
「仕切り直して、続きがやりたい、と……」
マイルの企みなどお見通しである、レーナ達3人。
しかし、彼女達にも、別に異議があるわけではない。なので、結局引き受けることとなったのであった。
「ま、内容から見て、大した功績ポイントにはなりそうにないから、ギルドを通さない『自由依頼』でいいわね。その代わり、依頼料は前払いにして頂戴」
普通なら、前金はせいぜい半額程度であるが、全額を前払いにするよう要求する、強気のレーナ。
しかし、自ら望んで強引な依頼を持ち掛けた身であるし、『赤き誓い』は命の恩人であり信用しているため、商会主はふたつ返事でそれを了承、契約成立となったのであった。
「マイル、料理の貯蔵量は充分? 追加で作っておかなくても……」
そんなことを話しながら『赤き誓い』がヴォレル商会を出ると、外に、あの女性パーティ、『蒼い疾風』のパーティリーダーが待っていた。
「え? まだ何か御用ですか?」
今回の件については、既にハンター側に対する取り調べは終了しており、その後、互いのちょっとした交流というか、情報交換や世間話もして、和やかに別れたはずである。今更、しかもパーティリーダーひとりだけで、何の用があるというのか……。
「ごめんなさい。ちょっと、あなたに聞きたいことがあるの……」
そう言って、メーヴィスに向かって話し掛けるリーダー。
「今回は、本当にありがとう。もしかすると一生後悔することになったかもしれないところを、あなた達に救われたわ。本当に、感謝しています……」
礼は、既に充分言われている。しかし、他のパーティメンバーの前では、この言葉は言いづらかったのであろう。何しろそれは、『他のパーティメンバーの分も、全て自分が背負うところだった』と言っているに等しく、皆に聞かせられる言葉ではなかった。
そして、自分より遥かに年下の新米に頭を下げるリーダーを、慌てて止めるメーヴィス。
「で、実はお礼とは別に、あなたに聞きたいことがあるの……。
あの時、私達の雇い主から言われた指示。もしあなたなら、あの時、どういう判断をしたかしら? どうしても、それが聞きたくて……」
そう問われたメーヴィスは、躊躇う素振りもなく即答した。
「勿論、自分達を雇った者達を護りますよ。それが依頼内容であり、契約条件ですから」
「……そう……」
ほっとしたような、しかしそれでもまだ割り切れないような顔をした蒼い疾風のリーダー。
「そして、レーナとポーリンを雇い主の直衛として残し、その位置から固定砲台として魔法攻撃、私とマイルが敵に突入します。雇い主と敵を結ぶ、一直線で。『雇い主達だけを護る』ということで、依頼通りですよね」
「え?」
ぽかんとした顔の、リーダー。
「そして、敵を瞬殺。依頼主には毛筋程の怪我もさせません。これで文句を言われたなら、ギルドに提訴しますよ」
そう言って、にっこりと微笑むメーヴィス。
考えてみれば、それは、あの時実際に『赤き誓い』がやったこと、そのままである。
やれもしないことを大言壮語するのではなく、実際にやれることを、そのままさらりと言っただけ。ごく当たり前の顔をして。
「……」
言葉に詰まるリーダーであったが、そんな返事を聞いただけでは納得できない。
「では、もし敵が50人であったなら!」
「レーナとポーリンを雇い主の直衛として残し、その位置から固定砲台として魔法攻撃、私とマイルが敵に突入します」
「…………邪魔をした」
あ、これ、聞いても全然参考にならない連中だ。
そう悟ったリーダーは、がっくりと肩を落として帰っていった。
「やった! レーナではなく、ちゃんと私に話し掛けてくれたし、リーダーっぽいことを言ってアドバイスできた! なかなかカッコ良かっただろう?」
「「「…………」」」
無邪気に喜ぶメーヴィスを、生温かい眼で見守るレーナ達であった……。
* *
そして、翌日の昼前。
ヴォレル商会の中庭で、食事会が開催されていた。
あんなことがあった直後なので、子供達が怖がらないかと心配して、さすがに城塞の外に出るのは自粛して商会の中庭を使うことにしたのである。景色がいいとは言えないが、そこそこの広さはあるため、問題はない。
今回の参加者は、両家の子供達の他には、ヴェブデル氏夫妻、ガレイダル氏の妻、そして『赤き誓い』と、3人の料理人だけであり、普通の使用人達は不参加である。料理も、全て『赤き誓い』が提供し、商家の料理人による料理はない。
そういえば、昨日、持ち帰られたあまり手を付けられていない料理を見て、料理人達が落ち込んでいたらしい。大人達が、食事が進む前に事件が起きたから、と言って料理人達を慰めたらしいのであるが、子供は残酷である。自分達が食べた美味しい料理のことを喋りまくってしまったらしい……。
そう、今回参加している3人の料理人は、マイルが料理を作るところをじっくりと見学し、その作り方を覚えるために参加しているのである。
依頼主からレシピの提供を求められたマイルであるが、マイルは別に料理の作り方をいちいち記録しているわけではないし、わざわざ書き記すのも面倒であった。なので、勝手に見て覚えてくれ、と言って、その条件で契約したのである。
そもそも、料理というものは毎回条件が異なる。特にこの世界では、『強火』、『弱火』とか言っても、かまどの大きさや性能、薪の状態、料理人の主観等で、全然違う。なので、文字や数字で定量的に表せるものではない。
それに、マイル自身は『美味しい料理法が広まって発展すれば、いつかそれを自分が食べることができるかも』と考え、レシピを無料で提供することには抵抗がなかったのであるが、以前、生卵を使った料理……マヨネーズとか、卵御飯とか、すき焼きとか……を作った時に、ポーリンから『特別な収納魔法で保存したり、調理の時に魔法で処理しているマイルちゃんはいいけれど、普通の人が真似したら病人続出ですよ!』と言って、安易にレシピを拡散することを禁止されたのである。
なので、自分が書いたレシピが原因で何かあっても責任が取れないから、『勝手に見て盗め。但し、自己責任な?』ということにしたわけである。
そして食事会が始まったが、年長の子供達は、一応は美味しい料理を楽しんではいたものの、状況を理解しているだけに、心から楽しそうな雰囲気ではなかった。
しかし、何も分かっていない小さな子達のはしゃぎっぷりを見ているうちに、友との最後のひとときを楽しい思い出にするべきだと考え直したのか、しだいにその顔に笑顔が浮かび始めた。
そしてそれに自分が作った料理が一役買っていることを理解しているマイルは、満面の笑みではないものの、ほんの少し、嬉しそうな表情を浮かべていた……。
「おねーちゃん、からあげ! からあげ作って!」
「任せてっ! みんな~、カラアゲ、作るよぉ~!
あ、ヴェブデルさんと料理人の皆さん、しっかり見て、作り方を覚えて下さいよ!」
そう言って、作り方を説明しながらカラアゲを作るマイル。
「新鮮な岩トカゲの肉を、」
アイテムボックスから肉を取り出すマイル。
「ぶつ切りにして……」
ひょいと空中に放り投げた肉を、包丁ですぱぱぱぱ、と切り、それをお皿で受け止める。
「実家の秘伝のタレをつけて、魔法で圧力を掛けて肉に染み込ませて、」
瓶に入っている液体をかけ、むむむ、と何やら無詠唱で魔法を掛け。
「各国を廻った時に買い集めた香辛料を調合して作った、この、実家の秘伝『カラアゲ粉』をまぶし、」
アイテムボックスから取り出した、怪しい粉を振りかける。
「そしてシールド魔法で包み込み、180度の熱風魔法で空中で踊らせて、12分30秒!
待っているのは退屈でしょうから、みんなには、あらかじめ用意していたものを……」
そう言って、アイテムボックスから出来立て熱々のカラアゲが載ったお皿を取り出すマイル。
今作っているものは、お代わり用か、アイテムボックス行きとなる。
「うわぁ、すご~い!」
「さすが、おねーちゃん! さすおね!」
子供達に見え見えの持ち上げをされて、マイルの顔はトロトロに溶けて大変なことになってしまっている。
「あ~……」
「ついさっきまでの、年長の子供達の心情を察しての憂い顔はどこへいったのよ!」
「まぁ、マイルだからねぇ……」
そして、死んだ魚のような眼で呆然と立っている、マイルの料理を見てマスターしようとしていた3人の料理人達であった……。