384 帝国での依頼 5
「……というわけで、Cランクになって初めての修行の旅を終えて、休暇を取って、その休暇明けの一発目の仕事でここへ来たんですよ!」
「「「「「…………」」」」」
マイルの説明を聞いても、黙りこくったままの女性パーティ。
それは、信じたくないであろう。
こんな新人Cランクパーティの存在を認めてしまっては、自分達の常識と自信が揺らぐ。
認めたくない。認めるわけにはいかない!
「……でも、いるんだよねぇ、今、眼の前に……」
がっくり。
項垂れる、女性パーティ一同。
「あ、そういえば、まだ自己紹介もしていなかったわね。悪かったわね、舐めた態度を取っちゃって……。
私達は、Cランクパーティ、『蒼い疾風』よ。もうすぐBランク、って言われてるわ」
「同じく、Cランクの『赤き誓い』です。こっちは、先程マイルが説明しました通り、Cランクになってからまだ1年少々ですけど……」
既に先程の説明の時にマイルが名乗ってはいるが、形式的に名乗り直し、頭を下げるメーヴィス。
そうこうしているうちに、帝都から警備隊の者達がやってきた。街門のすぐ近くなのと、捕縛対象の人数が多いことから、かなりの人数である。更に、警備隊だけでなく、ハンターらしき者や戦闘職らしからぬ者達の姿もあった。
そして警備隊の者達はまず盗賊達の捕縛に当たり、その間にハンターらしき者達と事務方らしき者達がマイル達のところへやってきた。
「副ギルドマスターのオーヴィンだ。すまん、腐った依頼を掴ませちまった。納得のいく対処を取らせてもらうから、怒りを静めて、少し待っていてもらいたい」
どうやら、雇い主は警備隊だけでなくギルド支部にも使いを出したらしい。
……確かに、『蒼い疾風』の方は依頼主がギルドに供託している報酬金をしっかり払って貰い、更に違約金やら、できればギルドからの詫び金とかも毟れるかもしれないので、その措置はありがたいであろう。自分が雇ったわけでもないハンターのために気を回すとは、なかなか気の利く商人であった。
マイル達、『赤き誓い』の方は、別に依頼主や依頼の内容自体に問題があったわけではないし、襲撃者やその黒幕がいたとしても、それは『護衛任務』の範疇なので、別に問題はない。
……まぁ、それでもギルドとしては、何らかの補償措置をしてくれるのであろう。ギルドが斡旋した依頼に関わる凶悪犯罪に巻き込まれたわけであるから、下手な対処をしてあちこちでその顛末を触れて廻られたのでは、ハンターギルド帝都支部の名が落ちる。
そして、捕縛された盗賊達と、捕縛はされていないものの、逃げられないように周りを取り囲まれた状態で移動を始める、ガレイダルとその従業員達。さすがに、妻子はそうガチガチに取り囲まれることなく、軽く包囲された状態である。
そしてマイル達の雇い主である商人ヴェブデルと、上級使用人……おそらく大番頭あたりであろう者、女性パーティ『蒼い疾風』、『赤き誓い』は、勿論証人として色々と証言するためその後に続き、ヴォレル商会の他の従業員達は、現場の撤収準備に掛かるのであった。
そして、遠ざかる友人達を見送る、子供達の悲しそうな眼。
運が良ければ、またいつの日か、商人として出会える時がくるかもしれない……。
* *
「今回は、本当にありがとうございました。もし雇った護衛が皆さんでなければ、私達は今頃……」
そう言って、本当に心からの感謝を示してくれる、雇い主。
彼が言っていることは、全くその通りの事実なので、マイル達は別に謙遜したりはせず、素直にその感謝と称賛の言葉を受け容れていた。
日本人ならばともかく、他国(異世界を含む)では、自分達の功績を過少に申告するのは馬鹿がやることなので、マイルもここではここのやり方に従っている。特に、ハンターが当然得られるべき評価や報酬を少なくしたりすると、他のハンター達に迷惑が掛かる。評価も報酬も、『相場を守る』ということが大事なのである。
そして雇い主は、本当にすごく感謝しているのであるが、別に報酬を追加したりする気は全くないようであった。
感謝の言葉は、いくら言っても無料。……さすが、遣り手の商人である。
まぁ、それが普通であるし、依頼達成証明書にA評価を付けてくれたから、別にマイル達には不満はなかった。ポーリンも、盗賊を捕らえた褒賞金や犯罪奴隷の代金の分け前が入るだけで充分らしく、満足そうな顔をしている。
これで、今回の件は終了である。ギルドへの報告も、副ギルドマスターが警備隊本部での事情説明や証言に立ち会っていたから、形式的な依頼完了報告をして、お金を受け取るだけで済む。詫び金をどれくらい積んでくれるかは、その時のお楽しみである。
「では、私達はこれで……」
「「「「御依頼、ありがとうございました!」」」」
メーヴィスの言葉に続き、儀式としての定型句をみんなで唱和した『赤き誓い』一同。
そしてヴォレル商会を後にしようとした『赤き誓い』に、商会主であるヴェブデルが声を掛けた。
「お待ちください!」
何事かと、足を止めた4人。
「新たな依頼を受けてはいただけませんか? 依頼内容は、ここから馬車で4日の街までの、収納魔法による物資輸送で……」
「お断りします」
ヴェブデルの言葉を最後まで聞くことなく、メーヴィスが即答した。
「え……」
報酬額や、その他の条件を聞くこともなく即座に断られ、絶句するヴェブデル。
「お断りする理由は、ふたつあります。ひとつは、私達の空き時間は明日までであること。そしてもうひとつは、私達がCランクハンターだからです。
Cランクハンターは、護衛依頼は受けますが、荷物運びは所掌外です。荷運び人夫を雇いたいなら、Eランク以下の者を雇うか、商業ギルドか荷馬車屋、もしくは口入れ屋へ行かれるべきかと。
では、失礼いたします」
メーヴィスが言う通り、Eランク以下のハンターであれば、パーティの荷物や獲物を運ぶポーター役や、雑用、下働き等、何でもやる。食っていくためには、仕事を選んでなどいられない。
しかし、Cランク以上になってそういう仕事をするハンターはいない。
多少生活が苦しくとも、そんな仕事を受ければ、笑いものである。
そのような低ランク用の仕事を受けるCランクのハンターなど、10歳未満の準ギルド員用の仕事を横取りするも同然であり、恥というものを知っていれば、受けられるはずがない。
なので、そういう仕事は、低ランク用の依頼として出すか、戦闘職ではない者、つまり荷馬車屋や口入れ屋、商業ギルドの仕事斡旋窓口に依頼すべきであった。
もしこれが『輸送商隊の護衛』とかであれば。そしてそのついでにマイルに追加の荷物とか貴重品とかを収納に入れてもらって、とかいうのであれば、また話は違ったであろう。事実、そういうことであればマイルは今までにもやっている。
しかし、依頼自体が『荷運び』というのでは、Cランクパーティ『赤き誓い』が受けるわけにはいかなかった。特に、名誉や矜持を重んじる、メーヴィスとレーナには。
「あ……」
失敗した。
そう悟ったヴェブデルであるが、もはや遅かった。今からでは、護衛という名目で、と言い出しても、相手にはされるまい。
そして、去り行く『赤き誓い』に、再び声を掛けた。
「お、お待ち下さい!」
「いくら頼まれても、それはお受けできません。そもそも、明後日以降は先約がありますから」
メーヴィスがそう言っても、ヴェブデルは諦めた様子はない。
「い、いえ、その件は諦めました! それで、別の依頼をお願いしたく……」
「別の依頼……、ですか?」
そう言われては、聞くだけは聞かざるを得ない。いくらギルドを通さないとはいえ、話も聞かずに断るのは依頼人に対して失礼であり、ハンターの評判が下がる。
それに、聞くだけならば大した時間のロスではない。聞くだけ聞いて、条件が折り合わなければ、断れば済む話である。元々、明日までしか時間が空いていないのだから、断ることになるのはほぼ間違いない。なので……。
「どうぞ。一応、お話だけはお聞きします」
メーヴィスがそう返し、ヴェブデルがマイルの方を向いて言った。
「明日、料理の提供と、できればその作り方の提供もお願いしたい。
せっかくの野外食事会があのようなことになり、子供達が楽しみにしていた一日が台無しになりました。そして、仲の良かったガレイダル氏の子供達と、あのような別れになるとは……。
そこで、明日、その仕切り直しを、と……。
幸い、ガレイダル氏の妻子は事件に関わりはなかったとして、捕らえられてはおりません。夫人の実家に引き取られるにせよ、残された者達で何とか商会を立て直すにせよ、これから長く厳しい日々が待っている彼女達との、最後の楽しいひとときと思い出を、と……」
「…………」
そう言われては、断りづらい。スケジュール的にも、明日の半日くらいであれば問題はない。依頼の内容的にも、特殊技能をアテにした指名依頼であるから、特に問題はない。
確かに先程の輸送依頼も、『マイルの特殊技能をアテにした指名依頼』ではあるが、そっちは、どうしても『Cランクパーティが、護衛依頼ではなく、荷運び人夫としての輸送依頼を受けた』という事実のみが広がるであろうから、『赤き誓い』の矜持に関わるが、この依頼であれば、名が落ちることもあるまい。
しかし、その依頼内容は、ハンターパーティ『赤き誓い』への依頼というよりは、マイルに対する依頼のようなものである。パーティリーダーとしての自分が勝手に判断して良いものかどうか。
そう思ってメーヴィスが返事に困っていると……。
「お受けしましょう!」
元気よく、マイルがそう答えたのであった。