383 帝国での依頼 4
「やりました、大漁です! 今回の依頼料だけでなく、盗賊討伐の常時依頼報酬金、商業ギルドからの謝礼金、そしてこれだけの人数の犯罪奴隷売却益の取り分! もう、ウハウハです!!」
ポーリンがそう言って嬉しそうにはしゃぎ、メーヴィスは女子供を含む民間人を颯爽と護り、特に子供達にカッコいいところを見せることができて、嬉しそうな顔をしている。マイルは早速テーブルや料理を出して並べ始め、レーナは盗賊達に向かって脅しを掛けていた。
「商隊を襲うのではなく、行楽中の家族連れ、それも護衛が付いている集団を襲う、ねぇ。しかも、金品を要求したり女子供を攫おうとすることもなく、最初から虐殺しようとするとか……。
まず、頭目とその取り巻き連中は事情聴取の末、縛り首。その他の者は、第1級犯罪奴隷として、鉱山での終身労働か治癒魔法の人体実験要員あたりかしらねぇ……」
転がっている盗賊達のうち、意識がある者達が悲鳴を上げた。
「ち、ちちち、違う! 俺達は、盗賊じゃねぇ!!」
「……盗賊の方々は、皆さん、そうおっしゃいます」
テーブルに料理を並べ終わり、子供達が群がるのを横目で見ながら、マイルが冷たい声で突き放した。
「い、いや、嘘じゃねぇ! 調べてもらえばすぐに分かるはずだ、俺たちゃただの、……まぁ、『チンピラ』とか『ごろつき』とか言われる、ごく普通の、一般人だ!」
「「「「チンピラやごろつきが、普通の一般人なもんか!!」」」」
ピッタリと息が揃った、マイル達の突っ込み。
商人達も、うんうんと頷いている。……一部の者を除いて。
「じゃあ、ま、警備隊に連絡して迎えに来てもらいましょうか。あなた達が盗賊だったかどうかは、その人達が確認してくださるでしょう。
……但し、それはあなた達が『これまで、盗賊だったかどうか』が分かるというだけであり、調査の結果がどうあれ、『今は、既に立派な盗賊である』ということには何の関係もありませんけどね」
メーヴィスのその言葉に、愕然とする盗賊達。
当たり前である。今、自分達がしでかした犯罪行為を、何だと思っているのか。
「ち、ちが! 俺達は、ただ依頼を受けただけで……」
「ええ、依頼を受けて、行楽客を襲った。立派な盗賊にして、殺人未遂犯ですね」
「依頼者がいる、との証言をいただきました。その人達の名前と依頼内容を吐くまで、取り調べが終わることは絶対にありませんね。背後関係を調べるために、家族やお友達とかも全員取り調べられますよねぇ……」
ねちねちと責める、ポーリンとマイル。
「なっ! 家族は関係無ぇだろう! 妹は、嫁にいったばかり……」
「知らないわよ……。あんたが自分でやらかしたことでしょう? ま、家族や友人知人に迷惑を掛けたくないなら、さっさと背後関係を喋って、家族や友人達は関係ない、って証明するしかないんじゃないの? 黒幕の正体とか、具体的に、どういう仕事を頼まれたのか、とかさ」
そしてレーナの言葉に、必死で喋る盗賊達。
「俺たちゃ、裏稼業専門の口入れ屋に掻き集められただけだ。だから、依頼主とかは知らねぇ。ただ、ボロ着に着替えて盗賊っぽい恰好をして、ここで2組の家族のうち指示された方を襲え、って言われただけで……」
「え?」
「「「えええ?」」」
「「「「「「えええええええ?」」」」」」
商人達の間から、疑問と驚愕の声が上がる。
どちらが『指示された方』かは、考えるまでもない。
そして、2組のうち片方だけを襲い、もう片方は襲うな、と指示されたということは。
「「「「「「………………」」」」」」
皆の視線が、マイル達を雇ったのとは違う方、ディラボルト商会の商会主であるガレイダル氏に集中した。本人の妻や子供達の視線も含めて。
「……う、うぁ……」
これが、きょとんとした、わけが分からない、という表情であれば、まだ話のしようもあったかもしれない。しかし、真っ青な顔をしてしどろもどろになっていては、駄目であった。完全に、アウトである。
ヴォレル商会の者達からの視線だけであればともかく、自分の妻子や従業員達からの、嫌悪と蔑みに満ちた視線はかなり堪えている様子。
しかし、そちらの方は無視して、レーナは盗賊達に再度尋ねた。
「で、具体的には、襲ってどうするように言われたの?」
最早、逃げようはない。なので、あとは少しでも罪が軽くなり、せめて死罪と終身鉱山奴隷だけは免れようとして、素直に喋る盗賊のひとり。
「商人家族は、一番年下の女の子を除いて、全員殺す。従業員は、年配の男達は殺し、女性と若い男達には手を出さない。護衛の女性ハンター達は、抵抗する者を排除するだけで、なるべく危害を加えない……」
「「「「「「……」」」」」」
あまりにも、分かりやすすぎた。
盗賊に襲われて家族を失い、ただひとり残された、幼い少女。
その場に立ち会った、家族ぐるみでの友人であり、同業者の商人一家。
少女に残された、主人と共に、年配のベテラン従業員を失った商会。
そして商人には、少女と同年代の息子が数人いる。
襲撃については、たまたま護衛に雇われただけのハンター達が証言してくれる。
「「「「「「…………」」」」」」
静寂。
片方のグループは、赤い顔をして。
もう片方のグループは、蒼い顔をして。
そして3番目のグループは地面に這いつくばっており、その内の何人かは呻き声を上げていた。
そこへ放たれる、マイルの言葉。
「じゃあ、親睦会を再開しましょう!」
「「「「「「どうしてそうなるんだああああぁ~~!!」」」」」」
至極尤もな反応であった。
マイル達の雇い主が、従業員のひとりを帝都の警備隊へと走らせた。そして他の従業員達が盗賊達を縛り上げ、レーナとメーヴィスが見張り、ポーリンは盗賊達が死なない程度に、重傷者に治癒魔法を掛けて回っていた。
マイルは、バーベキューでお肉や野菜を焼きながら、子供達が食べ尽くした料理のお皿を収納に戻し、新しい料理を補充している。
料理を食べているのは、マイル達の雇い主の子供達と、向こう側の子供達の、全員であった。
年少の子供達は状況がよく分かっていないようであるが、さすがに年長の子供達は状況を理解しており、皆、暗い表情をしている。そして、おそらく最後となるであろう友人達とのひとときを惜しみながら、弟妹達の世話をしていた。警備隊の者達がやってくるまでの、残り僅かな時間を……。
どうやら妻子や従業員達は今回の件には関わっていないようなので、店の存続はともかく、妻子の身に累が及ぶことはあるまい。運が良ければ子供が店を継ぎ、悪くとも、妻が子供を連れて実家に戻る、という程度で済むのではないかと思われる。
そして相手方が雇ったハンター達は、雇い主達を背にして護る態勢から180度反対に、雇い主達を見張り、逃がさないための態勢に変わっていた。
いくら雇い主であっても、犯罪行為に利用するために雇ったとあっては、その契約は無効である。但し、報酬金と違約金は、しっかりと戴くが……。
マイル達がふと気が付くと、雇い主であるヴォレル商会のヴェブデル氏が相手側、ディラボルト商会のガレイダルの側へと歩み寄っていた。なので、バーベキューの焼き手は年長の子供に任せて、マイルもそちらへと歩み寄った。レーナ達も、盗賊の見張りはヴォレル商会の使用人達に任せて近寄ってきている。
「……知らん! 儂は盗賊達とは何の関係もない!」
蒼白になってそう喚き散らすガレイダルであるが、ヴェブデル氏は首を左右に振った。
「取り調べるのは、私ではありません。なので、私は何もお聞きしませんし、私に何を言われても無意味です。潔白の証明は、警備隊での取り調べの際に御主張なさってください。
私としましては、ただ、護衛のハンター達を共同で戦わせずに御自分達だけを護らせるという、明らかに悪手であると思われる指示をなさった時点で、私達の友誼は消えてなくなった、ということをお伝えするだけです。……まことに、残念です……」
そう言って、家族や使用人達の許へと戻る、ヴェブデル氏。
「…………」
そして、ガレイダルはただ、その場にへたり込むだけであった。
「……そう言えば、どうしてあの人は護衛を女性ハンターに限定したのでしょうか? いえ、一応、子供達や女性陣が怖がらないように、とは聞いていますけど、何か、今考えると、他の理由があったのかなぁ、と……」
「それは、多分……」
マイルが何となく呟いた疑問に、女性パーティのリーダーらしき者が答えてくれた。
「今、帝都にいて手が空いている女性パーティでCランクの上位以上なのは、うちしかいないからじゃないかしら。他は、Cランク下位か、Dランク以下だからね。
つまり、女性パーティ限定にすれば、事前にうちを押さえておいた自分達以外は、Cランク下位の護衛しか雇えない、ってことよ。下手にCランクのトップクラスとかBランクとかを雇われたりすると、計画に支障が出るだろうからね。
それが、まさかたまたまこんな化け物パーティが帝都に来ていて、しかも戯れにこんな依頼を受けていたなんてね……。
自分達が子供達に囲まれてバーベキューをやりたかったから受けただけでしょ、あなた達……。
Bランク? それともAランクかしら? 見た目通りの年齢ではなく、ハーフドワーフか、そっちの人はハーフエルフ……、って!!」
そこまで言って、慌てて姿勢を正す、女性ハンター。
「すっ、すみません、とんでもない御無礼をっ!」
そう。もし相手が、今自分が言った通りの者であったなら。
そしてそれ以前に、ハンターの素性を詮索するのは、最大級の禁忌。
それを、年上で格上の相手にぶちかましてしまった。蒼白になるのも無理はなかった。
しかし……。
「あ、私達、全員純粋な人間で、Cランクになって1年ちょいの新人……、そろそろ新人という肩書きが取れてもいいかなぁ、と思い始めている、下っ端です……」
「「「「「……」」」」」
無言でマイル達を見詰める、女性パーティ。
「「「「「…………」」」」」
「「「「「………………」」」」」
「「「「「……嘘だああああぁっっ!!」」」」」