382 帝国での依頼 3
「下がりなさい! そして、私達の近くで、私達だけを守りなさい!!」
「「「「「「え……」」」」」」
突然の雇い主である商人からの指示に、驚きの声を漏らすハンターパーティと、『赤き誓い』を雇った方の商人、ヴォレル商会の面々。勿論、声を漏らすまでには至らないものの、『赤き誓い』の4人も驚きの表情を隠せない。
「な、何を……」
ヴォレル商会の商会主、ヴェブデル氏がそう呟くが、気が付くと、もうひとつのグループ、ディラボルト商会側の者達は、商会主であるガレイダル氏の指示で、ヴォレル商会の者達から少し離れた場所に移動して固まっていた。
「あなた達は、私達を守るために、私が雇ったのです。その依頼内容は、『私と、私の家族、そしてディラボルト商会の者達を守ること』であり、それを蔑ろにして、無関係の他者を守ることではありません。
なので、もし無関係の者を守ろうとしてうちの者達から離れた場合、敵を前にしての悪質な契約不履行として、ギルドに提訴致しますよ!」
「「「「「なっ……」」」」」
あり得ない。
ディラボルト商会に雇われたパーティは、愕然としていた。
こういう場合には、全ての戦力を統合して敵に対処するのが当然である。それを、わざわざ戦力を分けてどうするというのか。恰好の、各個撃破の獲物である。
……しかし、ガレイダルが言っていることが、あながち荒唐無稽な言い掛かりとも言えないところが、問題であった。
これが護衛依頼を合同で受注したのであれば、指揮官役を務めるハンターの判断が優先される。また、依頼の護衛対象を護るためであれば、戦いには素人である依頼主より、ハンターの判断が優先される。
だが、『雇い主であり、依頼対象である自分達を優先して守れ。依頼対象外の者達を守るために自分達から離れた場合、それは契約違反である』という主張は、別に間違っているわけではない。
これが、合同受注であり、護衛対象がこの場にいる者達全員であったなら、そんな馬鹿なことは無視できる。しかし、あくまでも依頼主はディラボルト商会の商会主であるガレイダルであり、その依頼内容は、『ディラボルト商会の関係者の警護』なのであった。
パーティリーダーは、悩んだ。
自分達は、まぁいい。
女性だけのパーティではあるが、Cランクとしては上位に位置し、そのうちBランクに、と言われているパーティであり、人数は5人。自分達に多少の怪我人は出しても依頼主達は守れるであろうし、何人かを殺され、重傷者を大勢出しては堪らないと、盗賊達が諦めて逃げ出すであろう程度には戦える。
盗賊達も、仲間を大勢殺されては堪らないであろうから、全滅や相打ち覚悟で戦いを続けるようなことはあるまい。
……というか、そもそも、こんな場所で、金目の荷があるわけでもないのに、護衛がついている者達を襲うということ自体がおかしいのであるが……。
とにかく、自分達はともかく、問題は、もうひとつの商会の者達と、その護衛パーティであった。
見知らぬ顔に、若すぎる年齢。
Cランクになったばかりで浮かれた若者達が、調子に乗って、実力も伴わないのに修行の旅に出て、路銀稼ぎのために危険度の低い護衛依頼を受けた。
その程度の実力で、しかもパーティメンバーは僅か4人。
いくら相手が盗賊風情とは言っても、この人数差ではどうしようもないであろう。
しかし、受けた依頼と、依頼主からの『依頼内容を遵守しろ』という命令を無視しては、マズいことになる。Bランク昇格が遅れる程度で済めばいいが、敵前において依頼主を護るという義務を放棄したとなると、その程度では済まないかもしれない。
ギルドが状況に鑑み情状酌量の余地ありと判断してくれるかどうか分からないし、商業ギルドへの配慮として、厳しい判断を下す可能性もある。見知らぬ他人のために、自分達の将来を棒に振る必要があるのだろうか……。
そして、向こうのパーティが助かる方法はある。
そう、むこうのパーティが、自分達も助かりたければ、むこうがこちらに来て、自分達と合流すればいい。自分達の依頼主を放置して……。
あるいは、降伏するか。
それは、ハンターとしては恥ずべき行為ではあるが、圧倒的に優勢な敵に襲われた場合には、護衛リーダーの判断で降伏する権利が認められている。いくら護衛として雇われてはいても、圧倒的多数の盗賊相手に僅かな人数で死ぬまで戦え、とかいう、明らかに無茶な行為を強制されることはない。
むこうの商人達も、別に命を奪われるわけではない。金目のものと、女子供が連れ去られるくらいだろう。それも、こんなに帝都に近ければ、すぐに警備兵が出動するであろうから、女子供を連れていては、徒歩である盗賊達は逃げ切れまい。なのでおそらく、金品を奪うだけで、すぐに逃げ出すはず。自分達が全てを見ているのだから、むこうの商人達を殺す意味もない。
パーティリーダーとして、自分だけではなく、パーティメンバー全員のことを考えねばならない。そう思うと、自分が本当に選びたい選択肢を選ぶことができず、苦悶するリーダーであったが、色々と考えた末、決断を下した。
「依頼内容を……、依頼主を護ることを優先する! みんな、ディラボルト商会の者達の前へ!」
「「「「え……」」」」
一瞬、まさか、という顔をして眼を見開いたパーティメンバーであるが、こういう時のリーダーの命令は絶対であった。こんな場面で揉めたりすると、命がいくつあっても足りはしない。
なので、すぐに指示通りに移動した。
(すまない……)
このようなシチュエーションで、合同受注ではなく、別々の依頼主に雇われた、依頼による護衛対象が異なるパーティ。
明らかに戦術的には愚策でありながら、依頼主の指示としては、依頼内容通りであり正しい命令。
ギルドとしても、依頼主の落ち度や理不尽な指示とは言いづらい、微妙な命令。
そして、自分達の将来と、何の義理もない、見知らぬ余所者の若手ハンター達。
おそらく、自分の判断は間違っている。
多分、一生後悔し続けることとなる。
そう思っていても、他の選択肢を選ぶことができなかった。
そしてこの重荷は、自分が背負う。
他の者達は、ただ自分の、リーダーの指示に従っただけ。
それが自分の、リーダーとしての役目だから……。
「「「「「……え?」」」」」
自分達が護るディラボルト商会の方は完全に無視して、若手パーティが護るヴォレル商会の方へと向かう盗賊達に、疑問の声を漏らすベテランパーティのメンバー達。
……それはいい。敵がふたつに分かれたならば、弱い方に戦力を集中して先に潰すのは、戦いの定石である。しかし、普通はこういう場合、『金目の物を寄越せ』だとか、『娘は預からせて貰おう』とか言って、脅したり要求したりするものなのではないのか。
なのに、なぜ何も言わず、無言で武器を振りかざして向かっていくのか。
これではまるで、虐殺することが目的で襲ったかのように……。
そのようなことをしても、稼ぎにはなるまい。なのに、なぜ……。
ベテランパーティの者達が蒼白になったとき、気の抜けたような、暢気な声が聞こえた。
「じゃあ、やるわよ~」
「「「お~!」」」
「炎弾!」
「炎の輪舞!」
「火炎放射!」
どご~ん!
ぶわあっ!
ごおおおお~っ!
「「「「「「ぎゃあああああああ~~!!」」」」」」
川辺の岩場とあって、火魔法を使うことには全く問題がなかった。そのため、火魔法が得意なレーナだけでなく、ポーリンとマイルも火魔法を選択しての、遠距離先制攻撃。
それらが一斉に着弾した時には、既にメーヴィスが彼我の距離の半ば以上を詰めていた。そして走りながら……。
「ウィンド・エッジ!」
せっかくの見せ場で、カッコいい技を出し惜しみするようなメーヴィスではなかった。
そして、ウィンド・エッジを放つために少し速度が落ちたメーヴィスを、マイルが剣を抜きながら追いかける。
「嘘……。前衛の剣士を含めて、4人全員が攻撃魔法の使い手……」
ベテランパーティの者達が驚きの声を漏らすが、既にメーヴィスとマイルは盗賊達の中に躍り込んでいた。
「神速剣!」
「神驚剣!」
どすっ
がしっ
どごぉ!
ばしいっ!
そして着弾する、レーナとポーリンの単体攻撃魔法。
20秒後。
川辺には、20人前後の盗賊達が転がっていた。その半数くらいは、こんがりとした焦げ目を付けて……。