381 帝国での依頼 2
「「「「「「え……」」」」」」
どん、どん、どんっ、と収納から出されたテーブルと椅子、調理台、かまど3つに鉄網、大鍋。そして更に、次々と出される肉や野菜、調味料、タレ、そして水樽。
3つのかまどには最初から薪が入れてあり、レーナの火魔法で一気に燃え上がった。
そのうちのひとつに大鍋を載せ、水魔法で3分の2くらいまで給水。
更にファイアー・ボールを出して、そっと鍋に沈めて一瞬で湯を沸かすレーナ。
すぱぱぱぱぱぱ!
その間に、マイル謹製の特製包丁で肉を切るメーヴィス。オーク肉、鹿肉、その他色々ある。
野菜は、事前に洗って切ってから収納に入れてあった。その他にも、マイルが作ったソーセージとか、煮物やサラダ、その他様々な料理や食材が並べられた。
「しゅ、収納魔法……」
やはり、商人にとっては、それが一番気になるようであった。
「しかも、かなりの容量だ……」
水樽だけで、数十キロ。それに、食材や調味料だけでなく、テーブルや椅子、3基のかまどや薪とかを加えると、百キロやそこらで済む重量ではなかった。
「「「「「「…………」」」」」」
商人家族や使用人、そして向こうに雇われたハンター達は、『聞きたい!』、『突っ込みたい!』と思っても、さすがにハンターの禁忌を知らないはずがなく、何も聞くことができない。
そして、雇い主達の食事の準備が終わり、皆が席に着いてから自分達の食事の準備を始めた『赤き誓い』は、僅かな時間でその準備を終え、食事を始めた。
勿論、マイルが索敵魔法を使用しているため、雇い主達の安全は確保してある。あまり便利な魔法で『赤き誓い』が堕落しないように、とは思っても、依頼主達の安全には代えられないため、他の3人には教えることなく、マイルがこっそり使っているだけであるが……。
「ねぇねぇ、それ、どこから出したの?」
「いい匂い……」
「私も、それ食べたい!」
いくら大人達が自粛しても、子供達には関係ない。両家の子供達が次々と席を立って、『赤き誓い』の周りに集まってきた。
止める間もなく『赤き誓い』の周りに集まって次々と質問を繰り出す子供達に、一瞬顔を引き攣らせて腰を浮かしかけた両親達であるが、幼い子供のことであるし、相手もまだ半数が未成年の少女達であることから、さすがにこの程度のことで怒るようなことはあるまいと思い、再び腰を下ろした。
そして、勿論、その通りであった。
「ええとね、これは『収納魔法』って言ってね、たくさんの荷物を運べる魔法なんだよ。ほら!」
そう言って、収納から人形を取り出して、少女に手渡すマイル。
「あんた、どうしてそんなもの持ち歩いてるのよ?」
そして、ジト眼でマイルを見ながら、そう尋ねるレーナ。
「え? いつ子猫や幼女に出会ってもいいように、煮干しとお人形を常備しておくのは紳士の嗜みですよね?」
「怖いわっ! そして、誰が『紳士』よっ!!」
((…………))
全てを諦めたような眼でふたりを眺める、メーヴィスとポーリンであった……。
「凄い! お姉さん、それって、どれくらい入るの?」
幼女にそう聞かれて、調子に乗るマイル。
「そうだねぇ、みんなのおうちが100軒くらいは入るかなぁ……」
その、あまりのフカシ具合に、今までの動揺も忘れて思わず微笑んでしまった商人達。
「すご~い! じゃあ、他にも色々と入っているの? 見たい! 出して!!」
「え~、そう? そんなにすごい? 見たい?」
「「「「「うんっ!!」」」」」
「しょうがないなぁ、えへへ……」
幼女達にそう言われて、我慢できるようなマイルではなかった。レーナやポーリン達が止める間もなく……。
「じゃあ、いくよ……、えいっ!」
どん、どん、どどん!!
虚空から現れた、大型テント、浴室、そして岩で造られたトイレ。
「「「「「うわ~、すご~い!」」」」」
「「「「「「何じゃ、そりゃああああああぁ~~!!」」」」」」
大喜びではしゃぐ子供達と、堪らず叫ぶ大人達。
そして子供達はテントや浴室、岩でできたトイレ等に出たり入ったりして遊び、マイルを止めるのが間に合わなかったレーナ達はがっくりと肩を落としていた。
「ねぇ、私、それ食べたい……」
そして、金網の上で焼けている肉や野菜、ソーセージを指差す幼女。
「喜んでっっ!!」
どこかの居酒屋のような返事をして、いそいそと焼けた肉や野菜を皿に取り分け、タレをつけて幼女に渡すマイル。
そう、マイルに幼女の頼みが断れるわけがなかった。
「おいしい! これ、すごくおいしいよ!!」
そして、それを見た他の子供達が一斉にマイルに群がった。
「僕も!」
「私も!」
「俺もっ!」
マイル、幸福の絶頂である。
「こっちのも食べていい?」
最初の幼女が、バーベキューではなく、テーブルの上に並べられた料理の方を指差した。マイルが事前に作っておき、アイテムボックスから出した料理やデザート類である。
「食いねぇ食いねぇ、菓子食いねぇ!」
どこかで聞いたようなマイルの台詞と、次々に料理やデザートに食らい付く幼女達。
そして、ぱくぱくと食べる幼女に、母親がぽかんとして呟いた。
「食が細くて野菜嫌いのシェルネットが、肉も野菜も、あんなに美味しそうに……」
一方、相手側の護衛のハンター達は、完全に固まっていた。
彼女達は、たかが数時間の護衛任務の間に食事を摂るつもりなどなく、そして腹にものを入れている状態で戦うのは動きが鈍くなったり腹を刺された時に致命傷となったりして危険なため、直前に食事を摂ったりもしていなかった。なので、あまりにも美味そうで、いい匂いがする料理に……、ではなく、その馬鹿げた収納魔法の容量に、固まっていたのである。
そして勿論、商会主や使用人達も……。
常識外れの収納魔法。
結構良いものを食べさせているはずの子供達が、料理人達が腕を振るった料理を完全に無視して食べまくっている、ハンターの少女達が作った料理。
商人夫婦同士の交流は完全に停止してしまい、沈黙が支配しているが、子供達同士は盛り上がりまくり、お行儀悪く、口に料理を頬張ったまま料理について喋りまくっている。……これは果たして、この交流会が成功したと言うべきか、失敗したと言うべきか……。
ぴくり
子供達に囲まれ、しがみつかれ、話し掛けられて幸せそうにしていたマイルの表情が硬くなった。
まだ笑顔を浮かべてはいるが、その眼が笑っていなかった。
そして、料理や椅子、テーブル、テント、浴室やトイレ等を全て収納し、驚いている子供達に指示した。
「ちょっと、御両親のところに戻っていて下さいね」
まだ幼い子供達とはいえ、馬鹿ではない。
普段は優しい両親が、仕事の話となると厳しい顔をして、決して妥協しない姿を見て育ってきたのである。なので、マイルの様子の急変振りと真剣そうな眼を見て、殆どの者が悟っていた。
(((((あ、コレ、マズい事態なんだ……)))))
そう、マイルの態度は、家族団らんの時に使用人が緊急事態を告げに来た時の父親の態度にそっくりであった。
なので、こくりと頷き、よく分かっていないらしき弟妹の手を引いて、急いで両親の許へ戻る子供達。
「戦闘準備をお願いします!」
相手側のハンターパーティにそう叫ぶマイル。
考えてみると、まだ彼女達の名前どころか、パーティ名すら聞いていなかった。
共同受注であれば、自己紹介とか特技を教え合ったり、戦闘時の指揮についての擦り合わせ等を行うのであるが、今回はそうではなく、『別々の雇い主に雇われたパーティが、たまたま同じ場所にいるだけ』なので、そういうことはしなかったのである。
『赤き誓い』側は、求められればそういう話し合いをすることは吝かではなかったのであるが、相手側にはその気はないらしかったので、そのままであった。
おそらく、向こうとしては、新米とそういう調整をする意味がないとでも思ったか、それとも、こんな帝都のすぐ側で脅威を感じる程の魔物や賊が現れるはずがなく、せいぜい角ウサギか数人のゴロツキとかが出るのに備えての虫除け程度の仕事だと考えて、気にもしていなかったかの、どちらかであろう。
しかし、先程のマイルの常識外れの収納魔法を見た今は、『赤き誓い』がただの新米パーティだなどと思ってはいなかった。それに気付かないような馬鹿は、Cランクパーティとして生き延びることは難しいであろう。
なので、何の疑問や反論もなく、だっ、と適切な位置取りをして、それぞれの武器を手にした。
「皆さんは、川を背にして密集して下さい」
商人達にそう言うと、マイル達もまた、戦闘態勢に。
そしてしばらく経つと、20人前後の男達が現れた。
とても帝都の街中を歩けるような服装とは思えない、粗野で不潔な衣服と外見。
下卑た表情。
手にした安物の剣や槍、弓。
……そう、これ以上はないというくらい典型的な、ザ・盗賊。
山岳地帯の街道とかでよく出てくる、何の変哲もない盗賊。
しかし、こんな帝都のすぐ近くで、荷物を積んだ商隊でもないのに襲われるというのは、かなり珍しいであろう。
目的は、誘拐くらいしか考えられない。
しかし、『赤き誓い』にとって、盗賊達の思惑や目的など、何の関係もない。
自分達は、依頼任務を果たす。
ただ、それだけであった……。