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378 帝国の旅 2

「「「え……」」」

 帝都近くの大きな街での、店開き。

 いつものように、町の広場に陣取っての露店販売である。

 商人達は、荷馬車を屋台のようにして商売しているから、露店販売。『赤き誓い』は、屋台なしで商売しているから、露天販売である。

 そして、商人達が驚いているのは、『赤き誓い』の売り物ががらりとその様相を変えていたからであった。

 今までは、『安い、訳あり商品である食料品』主体であったのに、今回は、贅沢品、高級品の類いである。今まで商人達にも少し売り物を譲ってくれていたが……かなりの割増し価格で……、それらの品とも違う、かなり値が張りそうな品々。

 勿論、貴族や金持ち向けのものではなく、普通の平民向けのものではあるが、それでも、『平民にとっての、贅沢品』の数々であった。


「商売は、場所や相手によって売るものや価格が変わるものでしょう? 田舎町の住民相手の商売と、大都市の住民相手の商売は違いますよ。当たり前でしょう?」

 ポーリンの言葉に、うんうんと頷くレーナ。

 ポーリンはいつものことであるが、レーナが、ここ最近、やけにノリノリである。

 ……おそらく、父親とふたりでの行商時代のことでも想い出しているのであろう。それが悲しい想いではなく、楽しい思い出であるらしいのは、良いことであった。


 今までは、『帝都近くの大きな街から流れてきた、あやふやで不確かな噂』だとか、『中央のことや政治のことはよく知らない田舎町の住人達の心情』とかの、まぁ、言うなれば『アンケート調査』のようなものであった。

 しかし、帝都に近い大都市のひとつであるこの街であれば、帝都へ行ったことのある者、家族や親族、友人等が帝都で働いている者、そして自身が帝都に住んでいたことのある者等、情報の鮮度と正確さが段違いである。また、あやふやな噂話ではなく、具体的な固有エピソードとかの情報もあるだろう。

 そう、ここは、帝都でどのような情報を集めるべきかの方向性を検討するための、帝都へ乗り込む前の重要な情報源となる街なのであった。


「さぁ、パワフル戦闘開始、です!」

「自信満々だねぇ……」

 相変わらずのポーリンに、苦笑いのメーヴィス。

 そして、ふたりの『にほんフカシ話』から引用した「お約束台詞」に、嬉しそうな顔のマイル。

(うんうん、だいぶ浸透してきました……。この調子で、ネタが通じる土壌を形成するのです! 世界中に!!)

 マイルの野望は、果てしない。

 それは、世界征服より困難な道程みちのりとなることであろう……。


     *     *


「帝都よ、私は帰ってきた!」

「……初めて来たくせに……」

 お約束のマイルの台詞に突っ込む、レーナ。いつものことである。


 周辺地域で情報収集を行ってきた一行であるが、別に、帝都を避けて周辺地域で、などと考えていたわけではない。あれは、あくまでも『帝都へ行く途中に』というだけのことである。

 やはり、何と言っても、情報は中心部で集めるのが一番簡単である。量も、鮮度も、正確さも、……そして人々の口の軽さ的にも。

 なので、ルートとしては、一直線に帝都を目指して進んできたわけである。


 田舎は結構閉鎖的であり、余所者に対する警戒心が強い。それに対して、都会では隣人に対する干渉とかは少なく、交流においては一線を越えない、という点では『近所付き合いが希薄』と言えるかもしれないが、逆に、顔見知りではない者に対しても、過度な警戒心を抱くことがない。なので、少し仲良くなれば、割と気さくに相手してくれる、という傾向にある。

 マイルは、ただ近くに住んでいるというだけで、気が合うわけでも話が合うわけでもないのにずかずかとプライベートに踏み込んできたり、無理矢理聞き出した話に尾ひれを付けて触れて廻るような連中は前世において苦手であった。また、田舎の『出かける時、玄関に鍵を掛けるというような、「近所の人達を信用していないかのような行い」をするのは非常識!』とかいうのにも、ついていけなかった。

(そんなことをしているから、他所から来た人を過度に警戒しなきゃならないのでは……)

 マイルは、海里の頃に、そう思っていた。

 マイルは、この世界における、田舎の純朴な人々と交流するのは、決して嫌いではなかった。

 しかし、やはりどちらかといえば、都会的な人間付き合いの方が、マイルには合っているように思えるのであった……。


 とにかく、帝都である。

 帝国だから、『帝都』。歌劇団も華撃団もないけれど、『帝都』である。

「あの、華撃団……」

「「「…………」」」

「ちゃんと、事前に『フカシ話』でネタを仕込んでおいたのに……」

 レーナ達に完全にスルーされて、ヘコむマイル。

 とにかく、ここが終わってもそのまま真っ直ぐ戻るのではなく、ぐるりと大回りして戻る予定ではあるが、ここが今回の依頼任務のピークとなる場所であるのは間違いない。

 受けた依頼、ということもあるが、やはり『赤き誓い』の面々にとっては、あの『アムロス方面不正規戦』、そして『アスカム領方面侵攻軍撃退戦』を考えると、帝国はこれから先も何か関わりそうな相手であり、色々と思うところのある相手である。

 また、マイルにとっては、更に『妖精捕獲作戦』の帰りに出くわした事件、あの『農村扇動事件』の黒幕ではないかと思われるのも、帝国である。


 とにかく、まずは宿を取る一行。

 金を稼ぎにきた商隊があまり高級な宿に泊まるわけにはいかない。

 これが、商会主だけで商談に来た、とかいうならば話は別であるが、御者や護衛だけ別の安宿に、というわけにもいかないため、あまり高くなく、しかしそれほど客層が悪くなく、話し相手をしてくれそうな客層が泊まりそうな宿。……そうなると、いくら帝都とはいえ、ある程度対象となる宿屋は限られてくるのであった。


「ケモミミ、やっふ~!!」

 ……そして、ケモミミ少女が受付係であり、驚喜するマイル。

 他の客達も別におかしな様子はなく、普通に受付の少女と話している。

「帝国って、獣人への差別とかはティルス王国より少ないのよねぇ……」

「『帝国』と言えば、人間至上主義で悪い国、というのが定番ですよねぇ、マイルちゃんの『フカシ話』だと……」

「こ、こら、滅多なことを言うんじゃないよ!」

 ポーリンの不用意な発言に慌てる、メーヴィス。

 しかし、ポーリンも馬鹿ではない。ちゃんと、近くに人がいないのを確認した上で、小声で喋ったので、特に問題はなかった。


 そして部屋を取ると、商人のひとりが商業ギルドに明日からの店開きの届けを出すために出掛けていき、他の者達は夕食の時間までそれぞれの部屋で休むこととなった。届けを出しに行った商人も、夕食の時間までには戻ってこられるであろう。




「……皆さんに、残念なお知らせがあります」

 自分達に割り振られた部屋に入ると同時に、マイルがそんなことを言いだした。

「「え?」」

 そしてレーナとメーヴィスは何事かと首を捻っているが、どうやらポーリンにはその『残念なお知らせ』とやらの内容が分かっているらしく、渋い顔をしている。

「……充分な量を用意したと思っていましたが、売り物が底を尽きそうです」

「え?」

「あんなに大量に買い込んだのに?」

 レーナとメーヴィスが驚くが、ないものは仕方ない。

「思ったより、売れ行きが良かったんです。それと、商人さん達に回してあげたのも、地味に影響しています。

 帰路で売り物が尽きたなら、そこからは販売ではなく仕入れに切り替えて、商人さん達は買取の交渉で情報収集に努めればいいし、私達もこの国の特産物を買い込めばいいのですけど、帝都は物資を大量消費する場所であって、仕入れる場所じゃありません。

 まぁ、芸術品とか高度な工業製品とかは別ですけど、この商隊はそういうものは扱っていませんからね。それに、うちの国でも作られているようなものを、決して安くはない価格で仕入れて遥々(はるばる)遠距離を輸送して持ち帰るなど、明らかに不自然ですから……」

「「「…………」」」

 沈黙する、レーナ達。


「ど、どうすれば……」

 そして、狼狽え始めるメーヴィス。

 しかし、動じた様子もなく、マイルが言葉を続けた。

「いえ、別に、何もする必要はありませんよ?」

「「え?」」

 再び、頭の上にはてなマークを浮かべたかのような顔をする、レーナとメーヴィス。

「いえ、私達の仕事は商人さん達と荷馬車、そして商品を護るための護衛ですよね? 別に、私達が商売をしなければならないわけでは……」

「「あ!!」」


 いつの間にか、商売が主目的のように思い込んでいたらしい、レーナとメーヴィス。

 本末転倒もはなはだしい。

 さすがにポーリンはちゃんと本来の任務を覚えていたようであるが、4人の中で一番無念な思いをしているのもまた、ポーリンであるため、その表情は暗かった。

「見積もりのミスです。販売機会の損失、営業担当として、痛恨の極み……」

「だから、いつから『赤き誓い』は商会になったのですかっっ!!」

 やはり、ポーリンも駄目駄目であった……。

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― 新着の感想 ―
[一言] メインシャフト(キャスト)にブレが発生。メーヴィスってそんなキャラじゃなかったのに……。
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