377 帝国の旅 1
「定刻通りに、只今参上! ……『帝国』だけに……」
マイルの台詞を、総スルー。
そして、宿を出発する商隊であった……。
こういう商隊の護衛依頼においては、水や休憩時のおやつ、食事等は、全て雇用主側が賄うのが普通である。護衛の者達が別途食料やら調理器材やらを持ち込んでも荷物になるし、食事の度に別々に調理するのも無駄であるし、何より、食事内容の差というものは、不和の原因となる。
軍隊においても、食事だけは、下級兵士も士官も同じ物を食べる。でないと、士気が保てないからである。
なので、この契約においても、そういうことになっている。……契約上は。
「は~い、出来ましたよ~!」
しかし、なぜかマイルが、収納から出した調理器材と食材を使って料理している。当然の如く。
商人達に気を使っているとかサービスとかではなく、レーナ達が『クソ不味い携帯保存食なんか食ってられるか!』と、癇癪を起こしたからである。……最初の野営の時に。
普通であれば、旅に出た最初の数日くらいは生鮮食品がある。……その後は、携帯保存食の出番となるが。護衛達が小動物を狩ったり、食用の山菜を採ってくれた場合を除いて。
そして、この商隊は主要街道から外れることなく進む上、街では必ず宿屋に泊まるため2~3日以上無補給で野営を続けることはないし、お金はあまり惜しまないから、常に生鮮食品が切れることなく、毎回、比較的まともな食事が食べられるはずであった。……普通に考えれば。
しかし、この商隊は、普通ではなかった。
普通の商隊では、商隊を組んで旅をするような商人は旅慣れしており、簡単な料理くらいは作れるものである。中には、かなり凝った料理、自分のオリジナル料理とかを得意とする者も、決して少なくはない。商隊の御者は、大抵は商人達が食事の準備を引き受けるため、料理はしない者も多いが。
とにかく、街を出て2~3日は、まともなものが食べられる、というのが相場である。そして、この商隊は、2~3日ごとに次の街に着き、数日ずつ滞在する。即ち、旅の間もそう酷い食事ではない、ということであった。
毎回、商隊全員の食事の用意をマイルにさせるのは良くない。
マイルの負担うんぬんはともかく、本当の商人ではない、おそらくは王宮か軍部の関係者、それもかなり上層部に近いと思われる部署の者達に対して、そこまでやる必要はないし、やるべきではない。
ここは、契約通り、そして普通の商隊であれば当然そうである通りに、食事の提供は雇用主に一任すべきである。
事前会議でそういう結論に達していた『赤き誓い』の4人であったが……。
旅の初日から、いきなりの『堅パン、干し肉少々、スープの素に乾燥クズ野菜の欠片を少し入れたやつ』という、貧相携帯食三種の神器の登場であった。しかも、スープはぬるくて味が薄く、おまけに、ドライフルーツの欠片すら付いていなかった。
そして、初日からそれだということは、つまり、これから先、野営時には毎回それが出される、ということであった。この旅が終わるまで、ずっと……。
そう、レーナ達は、研究畑の痩せた男達に、いったい何を期待していたというのか。
それは、始めから当然予想できていたことであろう。しかし……。
「「「何じゃ、こりゃああああぁ~~!!」」」
「ふざけんなアァ!」
「舐めてるのですかアァ!!」
……ぶち切れた。
レーナだけでなく、ポーリン、そして普段は温厚なメーヴィスまでもが、青筋を立てての、切れっぷり。平気そうなのは、マイルただひとりであった。
マイルは、いざとなればアイテムボックスからいくらでも食べ物を出せるし、自分で加熱魔法を使ってチョチョイと料理することもできる。なので、出されたものを食べた後、好きな物を自由に食べられるので、商人達から提供される食べ物についてはあまり気にしていないのであった。
そして更に、マイルは前世の海里であった時から、食べ物には寛容であったのだ。
いや、味の良し悪しは分かるし、美味しいに越したことはない。そして拘る時には、結構拘る。
しかし海里は、高級料理の味や食感の絶妙なハーモニーを楽しむこともできれば、インスタントラーメンの良さを楽しむこともできたのである。
そう、不味いものを出されればちゃぶ台をひっくり返すのではなく、高級料理も安物料理も、そして美味しい料理も美味しくない料理も、『それなりのレベルで味わい、楽しむ』ということができたのである。なので、マイルだけは平気な顔をしていたのであるが……。
「マイル、次から、あんたが作りなさい!」
「え? でも、打合せでは……」
「あ・ん・た・が・つ・く・り・な・さ・い!」
「え、いや、だってみんなで決めて……、ヒッ!」
左右から、ポーリンとメーヴィスに人を殺しそうな眼で睨まれ、思わず引き攣った声を出してしまったマイルであった……。
斯くして、この旅における移動中の食事や間食、飲み物等の準備は、マイルの担当となったのであった。
勿論、ポーリンも手伝うし、ファイアー・ボールによる湯沸かしはレーナも行う。メーヴィスも、素材の切断や切り分け、内臓の処理等を担当している。
……そう、結局、いつもと同じなのであった……。
人間というものは、一度覚えた贅沢は、手放すことができない。そういうものなのである。
「レーナ、以前言っていた、『マイル抜きでも大丈夫なようにする訓練』は……」
メーヴィスが、少し後ろめたそうな顔をしてそう言ったが、レーナは平気な顔をして答えた。
「マイルも言っていたでしょう? 『それはそれ、これはこれ』、そして……」
「「「『心に棚を作れ』!!」」」
駄目であった。
……駄目駄目であった……。
そして、最初の街と同じようなことを繰り返しながら、段々と帝都へ近付いていく商隊。
途中、売り物がかなり減ってしまった商人達に、『赤き誓い』が王国で仕入れた商品の一部を何度か売りつけた。……勿論、割増し価格で。
別に、安物の食料しか仕入れなかったわけではない。ちゃんと、帝都や大都市で裕福な連中相手に売りつけるための高額商品も用意しているし、商人達に高値で売りつける分も用意していたのである。
そう、商人達の売り物が減りすぎて、行商を続けるには不自然なほど少なくなることも予想していたのである。……ポーリンと、そしてレーナが。
「ゲート・オブ・バビロン……」
そう、『無限の商品貯蔵』であった……。
* *
「というわけで、帝都近くの、かなり大きな街に到着、です!」
「べつに、わざわざ説明しなくても、みんな知ってるわよ!」
街に着いた時には、必ず何か言わないと気が済まない、マイル。『私は帰ってきた!』とか、そういうヤツである。今回はただの説明台詞であり、おとなしい部類の台詞であった。
「周辺部の田舎町での噂や、住民達の意識調査はかなり進みました。領主からどのような賦役や徴兵が課せられているか、とか、現在指示されている、今後の徴兵予定とかが、かなり聞き出せましたし……。
帝都から一方向の地域だけではありますが、サンプル調査としては問題ありません。特に、帝都から我が国にかけての地域の調査結果ですからね。
これからは、帝都に近い主要都市部の調査になります。田舎町とは違い、貴族や官憲の眼が光っており、間諜にとっては危険度が跳ね上がります。
……まぁ、我々は普通の行商をするだけなので大丈夫だとは思いますが、お客さんにあまり政治や経済、軍事に関連した話をストレートに振るのは危険かもしれません。皆さんも、不用意な発言はなさらないように……」
商人のリーダーから、『赤き誓い』に対して注意喚起の警告があった。彼らにとっては、それくらいは常識なのであろうが……。
「分かったわ」
レーナの言葉と共に、こくりと頷く『赤き誓い』一同。
元々、世間話による情報収集には関わっていない『赤き誓い』であるが、売り子が若い少女となると客側から積極的に話し掛けられることも多く、意図せずして世間話に持ち込まれることも多かったのである。そして勿論、たまたま良い話を聞いた時には、後で商人達に伝えてやっている。
間諜大作戦、第2ラウンドの開始であった。