376 商 売 3
「え……」
この街での店開き、2日目。
初日に引き続き、テントから大量の商品を運び出して長机の後ろに積み上げた『赤き誓い』に、目を見開いて絶句した、商人達。
まさか、これが売れて減ったら、また昨日のように、どんどんテントから追加分が運び出されるのでは……。
つい、そう思ってしまった商人達であったが……。
(((ない! ないないないないないないないないない!!)))
そう、心の中で叫んでいた。
「さぁ、『移動商店 聖女屋』、パワフル戦闘開始、です!」
自信満々である。
「「「おお!」」」
そして、ポーリンの掛け声に返事して、『赤き誓い』の本日の戦いが始まった。
そう、商人にとって、商売は『戦い』なのである。
客との戦い、『商機』という気紛れな魔物との戦い、そして自分との戦い。
本当に表示してある通りの『訳あり品』であるものは、その大半を昨日売り捌いてしまっている。元々、問屋ではそういうものが大量に販売されているわけではないのだ。
そして、何かの場合に備えて、残りの『本当の訳あり品』は、温存してある。
……つまり、今店に出してある品は、全て、『安物の低ランク品ではあるが、普通の商品』なのである。だから、真剣に売らないと利益が出ないのである。普通の低ランク商品を、『訳あり品としては、高めの価格。一般品としては、いくら低ランクとはいえ、ここの相場から見れば、かなり安め』で売るわけであるから……。
しかし、この厳しい状況の中、ポーリンは燃えていた。
「マイルちゃんの収納を利用した商売の、テストケースです! この機会にデータを取って、将来のために……。
そして、私が自ら企画したこの商売、絶対に黒字にしてみせますよっ!」
どうやら、その気になればもっと効率的に稼げる方法があるにも拘わらず、今回はあえてこのようなやり方を選んだらしかった。そしてその決意を聞いた他の者達は……。
「……これからずっと、マイルの収納を利用するつもりなんだ……。ハンターを引退して、商会を立ち上げた後も……」
「ポーリン、それはちょっと……」
「な、ななな! 私、商家の荷運びで一生を終えるつもりはありませんよっっ!!」
レーナ、メーヴィス、そしてマイル自身からも、非難が殺到した。
「え? えええ?」
「どうして、『信じられない!』、『みんな、何を言っているの?』みたいな顔で驚いているんですかっ! 今回は、困窮しているであろう帝国の平民の皆さんの助けになるから、ということで引き受けたんですよっ!!」
素で驚いているような顔のポーリンに、驚いてるのはこっちですよっ、と言わんばかりの顔のマイル。
「「…………」」
そして、呆れ果てた、という様子のレーナとメーヴィス。
マイルは、ポーリンの付属品ではない。さすがに、ポーリン、今回はちょっと暴走気味であった。
「ポーリンは、立派な商人を目指しているのだろう? マイルの特別な能力を利用して稼ぐとか、そんなズルをして儲けて、本当に嬉しいのかい?」
((ああっ!))
メーヴィスが、決して言ってはならないことを言ってしまった。
……いや、言っていること自体は間違ってはいないし、それをレーナかマイルが言ったなら、問題はなかった。しかし、選りに選って、メーヴィスがそれを言ってしまっては……。
「マイルちゃんに付けて貰った特製の左腕を使って騎士になろうとしている人には、言われたくありませんね!」
「ぐはぁ!!」
((ああ、やっぱり……))
致命傷を受けて地面に蹲るメーヴィスと、あまりにも予想通りのポーリンの返しに、思わず顔を引き攣らせたレーナとマイル。
そう、メーヴィスは左腕を治療して生身の腕に戻すことを拒否しているのである。……このままの方が、騎士になれる確率が高くなるから、という理由で。
……盛大なブーメランであった……。
蹲ったままで使い物にならなくなったメーヴィスを放置して、営業を始めた3人。
そしてそれを、おっかなそうな顔をして横目で見る、3人の商人(仮)達。
(((本職の商人、おっかねええぇ~~!!)))
……いや、ポーリンは『商家の娘』というだけであり、まだ本職の商人ではないのであるが……。
「マイル、『訳あり品の蒸留酒』の補充、お願い!」
「分かりました!」
そして、順調に売れる商品と、テントから次々と運び出され、補充される商品。
中でも、特によく売れている様子の、『雨害を受けたため、消費期限が短いものコーナー』に置いてあるお酒類。
どうして、お酒類が『雨害を受けたため消費期限が短い』のか。……それも、蒸留酒とかが。
意味が分からない。
しかし、客達にとっては、別に都合が悪いわけではない。それも、客のうち数人が試し買いしたものをこの場で開けて試飲し、『正しく、貧乏人が飲む安酒であり、それ以上でも、それ以下でもない』と確認してからは、飛ぶような売れ行きであった。
そして、3日目。
テントから運び出される、大量の『訳あり品』。
「「「……知ってた」」」
もう、全てを諦めたかのような、商人達。
「明日、この街を出発します」
昼食時、商人達のリーダーが『赤き誓い』にそう告げた。
「普通ならば一週間くらい滞在するのですが、予想以上に客の口が緩く、このあたりでの噂話はあらかた収集し終わりました。商品の売れ行きも下がりましたし……」
商売が主目的ではないので、売れ行きとかはこの商隊の行動には関係ないはずである。
しかし、いくら『なんちゃって商人』とはいえ、実際に売り買いをしていると、何だかゲームをやっているみたいで楽しくなってしまい、いかに儲けを出すかに熱中してしまうというのは、分からなくもない。なので、ついそういう台詞が出てしまったのであろう。
「別に、ここでの噂話を100パーセント集めなきゃならない、とかいうわけではありませんからね。せいぜい7~8割くらい集められれば上出来です。所詮『噂話』ですから、情報としての精度も低いですし。
あとは、各地での噂話と比較照合したり、王都からの距離によって噂話の内容がどのように変化しているか、そして拡散方位によってどのような違いがあるか等によって、その地方の住民の潜在的な願望が割り出せますから、一箇所に長く留まるよりも、多くの場所を廻った方が良いのです。
話の尾ひれというものは、大袈裟になるのは勿論ですけれど、人々の心の中の願望が反映される、ということが大きなポイントなのです」
「「「「なるほど……」」」」
さすが、専門家であった。
現代地球に較べて、科学的知識では大きく劣っているものの、こういう点ではそう大きな違いはないようである。地球においても、哲学とかは古代ギリシアの頃からかなり発達しており、現代人でも到底太刀打ちできないような深い思想を持つ人々が大勢いた。
(この時代の人達は、情報量が少ないことと通信インフラが発達していないことから知識量が少ないだけであり、決して愚かなわけじゃないんだ……。特に、比較的多くの情報が集まったり、周囲の人達から色々と教われる立場の人達は、かなり頭が切れるようだし……)
そう思い、感心するマイル。
メーヴィスやレーナ、ポーリン達も、見た目からは頼りないおじさん達にしか見えない商人(仮)からの思わぬ知的な説明に、感心しているようである。特に、戦略的な見地から感心しているらしきメーヴィスと、商売上の情報分析に応用できそうだという見地から感心しているらしきポーリン。
珍しく、一番ピンと来ていないらしいのは、レーナであった。
それはまぁ、仕方ないであろう。一介のハンターには縁のない、何の役にも立たない考え方であるから。
……とにかく、『赤き誓い』にとっては、急な出発など日常茶飯事、何の問題もない。
「了解しました。では、明日、出発ということで……」
宿屋に出発を知らせたり、馬の飼い葉や人間用の食料を用意したり、馬車の移動モードへの変形や整備等は、商人達の仕事であり、『赤き誓い』には関係ない。なので、商人達にそう言った後、メーヴィスがみんなに対して告げた。
「じゃあ、今日は早めに店仕舞いして、この街の特産品とか、これから行く方面で高く売れそうなもの、そしてレニーちゃんや孤児達へのいいお土産品とかがないか、探しに行かないか?」
「「「賛成!!」」」
普通、お土産とかは荷物になるから、帰路で買うものであるが、マイルの収納魔法がある『赤き誓い』には関係ない。……賞味期限とかも。そして、荷馬車の容量とか、重量とかも、何もかも……。
また、商売用の商品は、ここでの購入価格より銅貨一枚分でも高く売れたなら、その分丸々が利益となるのである。……輸送や護衛のためのコストがゼロなので。
『赤き誓い』の話を聞いていた商人達がげんなりとした顔をしているが、仕方ない。
……それは、仕方のないことであった……。




