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375 商 売 2

「え? 安い?」

 ひととおり商人達の商品を見て廻った後、『赤き誓い』の商品を見にきた中年の男性が、驚きの声をあげた。

「小麦、大麦、塩、酒、……そして、これは砂糖か? 隣国から運んできてこの値段じゃ、大赤字だろう!」

 そう、その男性が言うとおり、その品々は、このあたりの相場より少し安かった。

 ポーリンは、『自分達が赤字になるのを無視して、相場より安く売ってはいけない』と言っていたのではなかったのか?

 なのに、何故……。


「あ、それは、これらの商品が『低品質の、粗悪品』だからですよ!」

「「「「「え……」」」」」

 売り子の少女の言葉に、驚きの声を漏らす人々。

 商人が、自分で商品を『粗悪品』などと言うはずがない。値切るために、相手の商品を悪く言う場合を除いて……。

 なのに、自分が雇った売り子の少女がそんなことを言うのを、許すはずがない。叱られ、怒鳴られるだけであればともかく、多分、酷く殴られる。そう思い、人々が商人達の方を見たが……。

 商人達は、少女の大声がはっきりと聞こえたはずであるにも関わらず、それを気にした風もなく自分達の商談や世間話を続けていた。


「……あ、ここは向こうの商人さん達とは別のお店ですよ。ですから、値付けも売り方も、向こうの商人さんとは関係ありません。うちの店は、私達4人が経営していますので、全て私達の自由なんですよ」

 にこやかにそう言う銀髪の少女に、驚きを隠せない、街の人々。

 下は12~13歳、上ですら17~18歳くらいにしか見えない少女達が、商人達に交じって自分達だけで商売をやっている。……それだけでも驚きなのに、この値段で商品を売り、そしてそれで利益を出せている様子。いったい、どうなっているのか……。


「さっき言いました通り、これらは安物なんです。粒が小さくて検査でふるい落とされたもの、小麦が収穫直前に雨害を受けて発芽段階に入ってしまったもの、水分含有量が多めのものや温度が高い場所に保管されていたもの、その他諸々で、まともな値がつかないものなんです。

 でも、発芽の初期段階に入ってしまっていても、使う過程で粘度を必要とするのでなければ問題ありませんし、悪条件で保管されていたものも、残りの保管可能日数がかなり短くなってはいますが、すぐに消費するのであれば全く問題ありません。ただの気分の問題ですよ、気分の問題!

 でも、世の中、それじゃあ通用しないんですよねぇ……。価格、ダダ下がりですよっ!!

 なので、それらの『訳あり物』を安く叩いて買い集め、それでもそこそこの値で買って貰えそうなところへ持ってきました!

 他のも、同じような理由です。すぐに消費するのであれば問題ないけれど、贅沢な連中は嫌がって買わない、訳あり品。消費期限や注意事項は、それぞれ注意書きが付けてあります。その条件で問題がない、という人にとっては、お買い得ですよ!」

「「「「「「…………」」」」」」


 あまりにも馬鹿正直にブチけた少女に、少々呆れ顔の客達。

 しかし、納得できた。

 少女の説明は、この価格で売る理由を完全に納得させてくれるものであったし、別に客を騙そうとしたり悪いことをしたりしているわけではない。おそらく、碌に元手がない少女達が知恵を絞って考えた、精一杯の商売方法なのであろう。

 そしてここでは、それらの品が不足しており、値が高騰している。そろそろ貧乏人には手が届きにくくなりかけているのである。とても、長期間保存しておくほどの量を買い溜める余裕はない。

 ……ならば、訳ありとはいえ、実際には殆ど支障のない品が安価で買えるなら、それはとてもお買い得なのではないだろうか?

 そう考えた人々が、商品の『訳あり』の内容と注意事項が書かれた説明書きに群がった。

((((計画通り……))))

 にこやかに接客しながら、心の中でにやりと笑う、『赤き誓い』の4人であった……。


     *     *


「凄いですよ、皆さん……」

 宿屋で夕食を食べながら、マイル達に話し掛ける商人達。

 通常であれば、商隊が街の宿屋に宿泊するのは、数日に一度だけである。

 商人だけが宿屋に、というわけにもいかないため、御者や護衛達を含めた全員が毎日宿屋に泊まるとなると、かなりのお金がかかる。うまやと、馬車を入れられる建屋たてやがあり、そして馬の世話ができる者や馬車と積み荷を夜通し見張る者がいる宿屋となると、そのあたりの安宿というわけにはいかないし、そもそも、あまり客層が悪い宿だと、安全面で問題があるからである。

 なので、街道に時々設けられている野営用のスペースで宿泊するのが普通であり、宿屋に泊まるのは、商売のための情報収集と身体を休めるために週に一度、という程度である。商売のために街に滞在している間も、空き地や広場の隅にテントを張って寝泊まりすることが多い。


 しかし、この商隊の目的はお金儲けではないので、ほぼ毎回、宿屋に泊まる。それも、かなり良い宿屋に。

 パーティホームも持たず安宿に泊まっているような底辺ハンター達が美味しい情報を持っている確率は低いし、そういうのは、ハンターに扮している……というか、実際に元々ハンターである間者……お仲間達の担当である。

 この商隊は、少しお高い宿屋の従業員や、そこに宿泊するような、『やや羽振りの良い人々』を対象とするのが、与えられた任務なのである。


 しかし、街の手前の野営用スペースで野営の準備をしている他の商隊や羽振りの良さそうな上級ハンターパーティを見掛けたりした場合は、急遽そこで野営する場合もある。

 勿論、お近づきになって、色々と話をするためである。宿屋でたまたま同宿になった者に話し掛けるのに較べ、野営地での方が、遥かに世間話をし易い。

 そしてその時には、マイルが作る夕食のお裾分け、というのが恰好の口実となる上、大抵は大喜びした相手側から積極的に話をしてくるので、商人からはマイルに対する追加報酬が約束されている。


「その年齢で、まさかあのような隙間商売を考え付かれるとは……。普通の商人が、高価な物を扱うことによって、あまり利幅を大きくしなくても充分な利益が出るようにと考えている遠距離通商において、まさかクズ商品を安価で仕入れ、それを通常品よりほんの少し安い価格で売ることによって大きな利益を出すとは……。いや、恐れ入りました!」

 商人にベタ褒めされ、えへへ、と笑うマイルであるが、他の3人は、複雑そうな表情である。

 これは、マイルの常識外れの収納アイテムボックスがあるからこそ可能だった方法であり、普通の者が思い付いたからといって、そう易々(やすやす)と行えるようなものではない。

 そしてそんなに都合良く大量の級落ち品が手に入るわけもなく、実は、販売した商品の大半は、ただの『低ランクの安物ではあるが、普通の商品』であった。勿論、ポーリンが思い切り買い叩きはしたが……。

 それでも、物価が安いところで大量買いした安物なので、充分な利益は出ている。……輸送費がゼロなので。

 自分達の知恵と努力を認められ、褒められたのであれば、それは嬉しい。しかし、今回のこれは、ただ単にマイルの能力におんぶに抱っこであり、自分自身に誇れる部分は何ひとつない。レーナ達は、これで偉ぶれる程の恥知らずではなかった。

 しかし、それを口にすることもできず、仏頂面で、商人の相手はマイルに丸投げのレーナ達。


「皆さんのおかげで、『あの少女商人達は何者だ』、『あんた達は、ああいう訳あり商品は扱わないのか』等とたくさん話し掛けられて、とても助かりましたよ。何せ、怪しまれることなく、単なる売り買いの話だけではなく別の話題に持ち込むことが一番難しいのです。『これ、いくら?』、『はい、銀貨2枚ね』だけでは、情報収集も何もありませんからね。

 それが、向こうからそういう話を振ってきてくれるというのが、どれだけありがたいことか……。

 でも、それも今日限りなのは残念ですねぇ……」


 商人達は、今日だけで数百キロ分の商品を売り捌いた『赤き誓い』が、仲間が持つ収納魔法の中身を全て売り尽くしてしまったと考えていた。マイルが自重して、そう、『自重』して、今まで、テント以上の物を出さなかったからである。

 調理器具や食材等は全てテントの中で出し、そこから外へ持ち出して調理していたから、商人達は、マイルの収納魔法はあのテントを入れるのが精一杯であり、必要な物は全てテントの中に納められていたと考えていた。収納の限界は、体積と質量の相関関係で決まるため、まさか空っぽのテントを畳まずにそのまま収納するような者がいるとは思いもしなかったために……。

 そして、あまり収納の容量が大きいことが王宮側に知られるのは良くないと考えた『赤き誓い』の面々も、『テント分の体積が精一杯ですよ』と思わせるようにしていたのである。

 ……そもそも、既にその時点で『王宮が全力で食らい付く、常識外れの超特大容量』だということに気付きもせずに。

『慣れ』というものは、恐ろしい……。

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― 新着の感想 ―
4回目以上の読み直しーー。 本当に大容量のアイテムボックスは反則ですよね。 大きさに条件無ければ極論草原のど真ん中に原子力空母ですら置ける(置いた瞬間に横倒しになるが・・・・)
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