373 帝国はとても強い 5
「「「「「ぶわはははははは!!」」」」」
先頭馬車から降りた、マイル達『赤き誓い』を見て、大笑いを始めた盗賊達。
「どんな強そうな護衛がついているかと思えば、駆け出しの小娘4人たぁ……」
「ま、俺達が襲撃を決めた時点で、どんな護衛だろうが関係ねぇがな。いくら少々腕が立とうが、数の暴力、ってやつにゃあ、どうしようもねぇからな。
どんなに腕の立つ騎士様であっても、竹槍を持った100人の農民に殺到されれば、勝てるわけがねぇ。戦いとは、そういうもんだ。それが、新米の小娘4人とあっちゃあ……。
しかし、こっちも怪我人を出さずに済むなら、こんなありがてぇことはねぇ。さっさと降伏して、馬車と積み荷、それと武器防具も置いていきな!」
盗賊の人数は、17~18人。そして、あまり髭もじゃとか垢まみれとかの者はいない。年齢も、15~16くらいから50過ぎまで、バラバラである。
((((農民の副業臭いなぁ……))))
そして、若い女性が4人もいるというのに、どうやら金目の物を全て差し出せば、逃がしてくれるようであった。盗賊にしては、良心的……というか、プロの盗賊ではないため、女性を奴隷として売る伝手がないのであろう。
『プロの盗賊』って何やねん、という話ではあるが……。
「よし、てめぇら、さっさと……」
「炎爆!」
「ファイアー・ボール!」
「神速剣!」
「アクア・シャワー!」
ちゅど~ん!
どご~ん!
どすどすどすどすどす!
しゃわわわわ~……
マイルは水魔法を選択し、ちゃんと消火活動に努めていた……。
* *
「国境の手前に街があるから、そこで引き渡せるわね」
「はい、この国で捕らえた盗賊を帝国で引き渡すと、色々と面倒ですからね。他国での犯罪者となると、褒賞金やら犯罪奴隷の売却代金の分け前とか、どうなるか分かりませんし……。手前に街があってよかったです」
ポーリンが言うとおりであるが、普通、主要街道を通っていれば、国境の手前にやや大きめの街があるのは当然のことである。勿論、国境を越えてすぐに、向こうの国の街がある。俗に言うところの、『国境の街』というやつである。
ある場所に大きめの街ができるには、それなりの理由というものがあるのだ。
「助けて下され、お願いじゃ! 儂らには、養わねばならぬ家族が……」
先程の盗賊口調が、一転、弱々しい農民口調に変わっている、盗賊達。現金な連中である。
勿論、『赤き誓い』の面々は、完全にそれをスルー。
今まで何人殺したかも分からない盗賊が勝手なことを言っても、相手にされるわけがない。この連中に襲われ、財産を奪われたり殺されたりした人々にも、養わなければならない家族がいたのだから。
そしてこの連中を見逃せば、また、多くの人々が襲われ、奪われ、殺される。
そもそも、『盗賊行為をやって捕らえられても、泣き付けば許されて、チャラ』などという前例を作るわけにはいかない。万引きとかにしても、『魔が差しただけで、初犯なんです、見逃して下さい!』なんて言っても、毎回そう言って見逃してもらっているだけで、実は常習犯、というのが普通である。なので、そういうのは、絶対に見逃してはならない。たまたま捕らえられた時に、完全に叩き潰さねば……。
なので、この商隊の誰ひとりとして、盗賊達の泣き言に耳を貸す者などいなかった。勿論、マイルを含めて。
本当は農民? 普段は真面目に働いている?
そんなことは、何の関係もない。
「いやぁ、ギルドマスターから伺ってはおりましたが……」
商人達は、『赤き誓い』の手際の良さと、人間相手に躊躇う素振りもない攻撃っぷりに、感心した様子。どうやら『赤き誓い』の実力を実際に目にして、安心したようであった。
それはそうである。いくら『あいつらは強い』と説明されてはいても、12~13から17~18の少女達4人では、もし魔物や盗賊に襲われたら、と心配だったはずである。それが、いくら兼業であろうとはいえ、20人近い盗賊を、鎧袖一触。どうやらこの任務から生きて帰れそうだと安堵するのも、当たり前であろう。
「でも、次の街まで、移動速度が落ちるわね……」
そう、レーナが言う通り、それを避けるために、今回は積極的な盗賊狩りはやらない、ということにしていたのである。これだけの人数を荷馬車に乗せられるはずもなし、ロープで繋いで歩かせるとなると、速度が大幅に低下する。
しかし、勝手に襲ってきたものは仕方ない。次の街まで連れていくのが面倒だからという理由で皆殺しにするわけにもいかないし、勿論、解放して逃がすなど、論外である。
「仕方ないです……。じゃ、『ポーリン縛り』で、盗賊を引き渡せる街までさっさと移動しちゃいましょう!」
「そうね……」
マイルの言葉に頷く、レーナとメーヴィス、商人達。
そしてポーリンは……。
「罪人の縛り方に、勝手に私の名前を付けないで下さいよっっ!!」
何やら、怒っていた。
両腕を後ろに回させて、親指同士をマイル発明の釣り糸で縛る。無理に引き千切ろうとすると、親指がぽろりと落ちて、二度と武器も農具も握れなくなる。……ポロリもあるよ、である。
そして、腕や身体ではなく、首にかけたロープを馬車の後部に繋ぐ。馬車の速度に合わせて歩かないと、首がきゅっ、と……。
どちらも、ポーリンが皆に教えた縛り方である。
「え、だって、発明者の名を付けるのは、ごく普通のことなのでは……。この偉大な発明を、是非ポーリンさんの名と共に後世に残さねば……」
「私が発明したわけじゃありませんよっ! マイルちゃんが知らなかっただけで、大昔から使われている囚人護送法ですよっ!」
マイルの反論に、少しキレ気味に怒鳴るポーリン。
「え、そうだったのかい?」
「私も、てっきりポーリンが発明したものとばかり思っていたわよ……」
「ですよね! そう思いますよね、こんな腹黒い縛り方を思い付ける人なんて、そうそう……」
「うるさいですよっっ!!」
メーヴィスとレーナの言葉、そしてそれに我が意を得たりとばかりに同調するマイルに、遂に本当にキレたらしいポーリン。
商人と御者達は、何も聞かなかった振りをして、そそくさと出発準備に取り掛かるのであった……。
* *
「転移!」
何やらわけの解らない言葉を叫びながら、国境を示す石碑の前を飛び越すマイル。
ずっと荷馬車に乗っていると身体が固まって、いざという時に動きが悪くなるから、ということで、『赤き誓い』の4人は時々荷馬車から降りて歩いているのである。……商人達は、そんなことはしていない。
馬車とは言っても、荷を満載した『荷馬車』なので、そんなに速いわけではなく、Cランクハンターがついて歩けないような速度ではない。特に、高低差の激しい街道においては。
更に、道が荒れていたり、雨後でぬかるんでいたりすると、徒歩の方が遥かに速かったりする。そして凹凸の衝撃や泥の抵抗等で車輪や車軸が壊れたりすれば、もう、到底徒歩の速度に敵わなくなる。
とにかく、そういうわけで仲間達と一緒に荷馬車に随伴して歩いていたマイルは、『国から国へと移動する瞬間』に、何やらやってみたかっただけのようであった。
勿論、レーナ達は完全スルーである。
「盗賊達は引き渡して褒賞金と犯罪奴隷の売却益の分け前分を貰ったし、いよいよ任務開始です!」
やる気満々のマイルに、苦笑するメーヴィス達。
盗賊達は、国境手前の街で、少し複雑そうな顔の警吏達が引き取ってくれた。
複雑そう、というのは、多分、盗賊達が『専業』っぽくなかったからであろう。
もしこの連中が農民であった場合、小さな村がこれだけの男手を一挙に失えば、ただで済むはずがない。下手をすれば、次の税が納められなくなって、身売りか子供を違法奴隷に、ということになり、村が崩壊する可能性もある。それは、領主としては望ましいことではない。
しかし、盗賊を処罰しないわけにはいかず、捕らえたハンター達に金を払わないというわけにもいかない。これが他領から流れてきた本職の盗賊達であれば、捕らえられたことを諸手を挙げて歓迎できるのであるが……。ハンターに払うお金など、犯罪奴隷としての売却益で、お釣りがくる。
だが、そんなことは、『赤き誓い』にも、そして雇い主達にも、何の関係もなかった。
思わぬ小金を稼ぎ、準備万端で、敵地……別に戦争をしているわけではないが……に侵入し、指名依頼を見事に果たして報酬と功績ポイントを貯めて、また一歩、野望に近付く。
そう考えると、レーナやメーヴィス達の顔も綻んだ。
「行くわよ!」
「「「おお!!」」」
そして、既に国境線を越えているマイルに続き、皆も、荷馬車と共にアルバーン帝国へと足を踏み入れたのであった……。