372 帝国はとても強い 4
「では、しゅっぱぁ~つ!」
「「「おお!」」」
こういうのが好きなマイルの号令で、動き始めた3台の荷馬車。
荷馬車とは言っても、ちゃんと幌が付いており、遠くから見ただけでは安物の旅客馬車とあまり見分けがつかない。まぁ、3台が連なっており騎馬護衛の姿もないことから、最小単位の商隊の荷馬車であることは誰の眼にも明らかではあるが……。
人員編成は、3台の荷馬車に、3人の『なんちゃって商人』。そして、3人の御者と、護衛に雇われたハンターである、『赤き誓い』の4人。
荷馬車は、全て2頭立てである。
坂道が多い帝国領においては、牽引力に余裕がある2頭立て以上が望ましい。お金に余裕があり、移動速度の安定と、安全係数を高めに取りたいのであれば。
そして勿論、この商隊は、多少の予算節約のために時間や安全を犠牲にするつもりは全くなかった。
通常であれば、商人達は各馬車にひとりずつ乗るのであろうが、本当の商人でもない彼らがそうする意味はないし、単調な移動中の退屈を紛らわせるのと、色々と相談ができるのとで、3人全員が同じ馬車、中央の2番馬車に乗っていた。
本当であれば、護衛である『赤き誓い』も同じ馬車に乗るか、もしくは各馬車に分散して乗るべきであったかもしれないが、ひとりでぽつんと荷台に乗っているのも退屈でつまらないし、商人達と同じ馬車というのも、話題に制約がかかるし、男性と一緒ではだらしない恰好ができないから気詰まりである。
そう考え、『赤き誓い』は全員が先頭馬車に乗ると言ったところ、商人達もほっとしたような顔で頷いていた。向こうも、若い女性達とずっと一緒、というのは気詰まりだと思っていたのであろう。
これが男性ハンターだと、『げひひ、いいじゃねぇか、一緒の馬車でよぉ……』とか言い出したかもしれないが、さすが、公務員である。
「……じゃ、今回の護衛は、この方針でいいわね?」
「はい、いいと思います」
「ああ、賛成だ」
「異議なし!」
先頭の荷馬車の中で、レーナの確認の言葉に同意する、ポーリン達3人。
尤も、作戦方針は既に宿で相談済みであったため、これはあくまでも『護衛任務開始にあたっての、儀式的な再確認』に過ぎず、まぁ、気合い入れのようなものである。ここで反論が出ることなど、誰も想定していない。
今回の交易は、荷馬車3台という最低規模の商隊による、国を跨いでの遠距離交易である。となると、常識的に考えれば、荷は少量でも充分利益が得られる物、つまり少量でも高額となる、高級品である。
ならば、それに応じた充分な護衛を付けないはずがない。
なので、今回は護衛の姿を見せることなく、荷馬車の中にいる方が良いだろうとの判断なのである。
もし『赤き誓い』が姿を見せたなら、護衛に払う金を惜しんだ馬鹿な新米商人が格安でCランクになりたての小娘達を雇ったと考え、盗賊達が大笑いしながら襲い掛かってくるであろう。
今回の依頼任務は、別に盗賊退治ではない。それに、盗賊達を捕らえたら、次の街に到着して官吏に引き渡すまで、移動速度が極端に低下してしまう。荷馬車には盗賊達を何人も乗せられるだけのスペースはないし、抵抗する盗賊達を無理矢理歩かせるのは、大変である。
なので、本来の依頼に集中して、わざわざ盗賊が集まるようなことをしたり、褒賞金目当てに積極的に盗賊狩りをしたりはしない。
『赤き誓い』が荷馬車の中にいて姿を見せなければ、普通の知能がある盗賊ならば、『荷馬車の中に、歩かせるのではなく、運ぶ荷を減らしてでも荷馬車に乗せるだけの好待遇を受ける凄腕の護衛達が乗っている』と考えるのが当然であり、不用意に襲ってくるようなことはないであろう。
……そして、その『凄腕の護衛の存在』という推測は、事実なのである。
「じゃあ、降りかかる火の粉は払い、味方の間諜の危機は救い、幼女とケモミミと金貨のために戦い、カッコいい見せ場は逃さない、と……」
「勿論! それが、私達……」
「「「「『赤き誓い』!!」」」」
……何やら、とんでもないモノ達が帝国へ侵入しようとしているようであった……。
* *
商隊は、ティルス王国の王都から南西へと進んだ。
西側の隣国であり、マイルの母国であるブランデル王国に近付くことになるが、そちらの国境を越えることなく、南に位置するアルバーン帝国へ直接入る予定である。
帝国との国境を越えるまでは、特に何も起こらないであろうと思われた。……頭の悪い盗賊達が、『護衛を幌付きの荷馬車の中に乗せた商隊』というものの意味が分からずに襲い掛かるというような愚行をしでかさない限りは。
帝国方面へ向かう商人は、決してそう多くはない。
急勾配の坂道が多い街道は、荷馬車を牽く馬の数を増やさねばならず、そしてそれはまた荷の積載量の低下を招く。担ぎ行商や荷車引きの商人にとっては、とても身体が保たないであろう。
更に、街の景気は悪く、人々の購買力は低い。おまけに、政情が何だかきな臭くなっている。
西のブランデル王国か東のマーレイン王国へ向かえばそれらのデメリットは全くないというのに、この状況で、わざわざアルバーン帝国へ向かうような物好き、いや、愚かな商人が多くはないのは、当たり前のことである。
他の商人が少ない今こそ荒稼ぎの勝機、などという馬鹿な勘違いをするような商人には、勝機も商機も訪れず、そして正気さえも失って、瘴気に蝕まれることとなるだろう。所詮、小さな器、『小器であった』、ということである。
そういう意味では、この商隊は、その存在自体が、既に少々目立っているのかもしれないが、それはどうしようもない。仕方ないことなのであった。
「じゃ、これからは、この集団のことは、普通に『商隊』と呼ぶわよ。依頼主達のことは、そのまま『依頼主』、もしくは『商人さん』か、個人名、あるいは店の屋号で。『間諜』、『王宮の人達』、『調査隊』とかいう言葉は、間違っても口にしないこと。いつ、誰の眼や耳があるか分からないし、人前でぽろりと漏らすおそれもあるから、私達だけの時も、絶対に禁止。分かったわね!」
レーナの確認の言葉に、こくこくと頷く、マイル達。こういう仕事における、基本中の基本であった。みんな、そのあたりのことには詳しかった。……ミアマ・サトデイルの間諜小説によって。
勿論、『商人さん』達も同様なので、安心である。
その他、様々な知識をミアマ・サトデイルの小説から学んだ一行に、死角はない。
ただひとつ不安があるならば、それは、『ミアマ・サトデイルの間諜小説は、アルバーン帝国にも輸出されている』ということであったが、一行の誰ひとりとして、それに思い至っている者はいなかったのである……。
そしてその後、野営時のテント、夕食、その他諸々で、商人や御者達が顎が外れんばかりに驚愕するのであるが、そのあたりは『いつものこと』なので、省略である。
* *
「……で、どうしてまだ国境を越えてもいないのに、盗賊が襲ってくるわけ? 碌に商隊も通らないような街道で……」
前方と後方を盗賊達と、彼らが設置した障害物の丸太に塞がれて停止した3台の荷馬車。
まだ、『赤き誓い』の4人は荷馬車に乗ったままであり、盗賊達の前に姿を現してはいない。
「……多分、碌に商隊が通らないからでは? 滅多に獲物が通らないから、選り好みする余裕がないんじゃないかと……」
「「「あ……」」」
マイルの推測に、思わず納得の声を上げるレーナ達。
そう、獲物が少なければ、襲うしかないであろう。飢えた獣は、獲物の選り好みなんかしていられるわけがない。
「じゃあ、もっと獲物が多い場所に移ればいいんじゃあ?」
「盗賊達にも縄張りというものがあるでしょうし、家族や親族が住んでいる場所から離れられないとか、それなりの事情があるんじゃないでしょうか。盗賊達だって、みんながみんな、家族も親族もいない天涯孤独の人ばかりとは限らないのでは?
実は本業は農民で盗賊は副業だとか、猟師の奥さんがパートでやってるとか……」
「あ……」
「どうしてあんたは、そういうおかしなことにばかり思い至るのよっ!」
マイルの適当な解説に、つい納得してしまったメーヴィスと、それを否定しきれないものの、盗賊は殲滅したいために忌々しそうな顔をするレーナ。
「でも、そうは言っても……」
しかし、ポーリンの言葉に……。
「はい、関係ありません。今のあの人達は、商隊を襲う、盗賊です。いくら皆殺しにする気はなくとも、商隊が降伏するまでは本気で攻撃してくるでしょうし、その時には、商隊側に死者が出ることなんか全然気にしないでしょうから。
勿論、降伏した後も、積み荷だけじゃなくて、お金になりそうな女子供は連れ去るつもりでしょうし。……立派な『凶悪犯罪者』に変わりはありませんから!」
しっかりと、そう続けるマイル。
マイルは、ルールを守って必死に生きている者達には、かなり寛容である。
しかし、ルールを平気で破る者達には、少々手厳しい。
勿論、そうではあっても、マイルは、自分自身はルールを破ることはない。ちゃんと、ルールは守る。
……この世界で、盗賊に襲われた商隊の護衛が盗賊相手にやってもいいこと、というルールを。
そして、『自分自身が決めたルール』を。
マイルのルール。いわゆる、『マイルール』であった。
そして、レーナが大きな声で指示を出した。
「目標、盗賊の撃破! 『赤き誓い』、出撃!」
「「「おお!!」」」