371 帝国はとても強い 3
「……え? ええ、それはまぁ、特に構いませんが……」
打合せの途中でポーリンから出された要望、『私達もついでに商売してもいいですか?』との質問に、少し戸惑いながらも、了承の返事を返した依頼主。
仲介してくれたギルドマスターから、護衛のハンターの中には収納持ちがいるということは聞いている。なので、それを使って商売に便乗し、少し小遣い稼ぎでも、と考えたのであろうと思い、深く考えることなく了承したのであった。
若い少女達の、護衛任務の合間の、ちょっとした副業。それくらい、見逃してやっても大したことはない。
そもそも、護衛任務のメインは移動中であり、街中で商売をしている時は、一刻を争う、という危険があるとも思えない。地回りのごろつきに絡まれたりした場合は、すぐ横で一緒に品物を売っていても、充分助けに入るだけの時間的余裕はあるはずであり、全く問題はない。
それに、この商隊の目的は情報収集であり、別に商売で利益を出すことではない。なので、売り物の値付けはかなり安くして、逆に買い入れ価格は高くして、できる限り多くの客を集め、情報を……。
依頼主がそう言ったところ……。
「ふざけないで下さい!」
「行商を馬鹿にしてるの!!」
ポーリンとレーナに、怒鳴りつけられた。
「周りの相場と外れた値付けをすれば、市場に混乱が起きて、他の商人に迷惑がかかるでしょう!」
「間諜が、目立つ行為をしてどうするのよ! 馬鹿じゃないの!」
「明らかに異常な安値で売ったり、高値で買い入れたりしていたら、怪しまれてすぐに目を付けられますよ! それに、そんな怪しい商人に世間話をしてくれる平民なんかいるもんですか!」
もう、タコ殴り状態であった。
それだけ、商家の娘であるポーリンと、父娘で馬車1台による旅の行商を行っていたレーナには許せなかったのであろう……。
「これじゃあ、どっちが本当の商人か……、って、そう言えば、依頼主さんの方も、本物の商人じゃなかったですよね……」
マイルが言うとおりであった。
まだ、当時は幼かったとはいえ、父親の手伝いをして売り子の真似事をしていたレーナの方が商人と名乗れるだけの経験があると言えるくらいである。同じく、店の手伝いをしていたポーリンも……。
「……それと、皆さん、ちょっと体型が貧相ですよねぇ。服の下に腹巻きをするか着替えの下着を丸めて突っ込んで、もっとふくよかな感じにして下さい」
ポーリンが言う通り、3人の商人役の男達は、皆、痩せ気味で貧相な体型に見えた。
事務方か研究畑の者達であろうからそれは仕方ないのであるが、商人、それも担ぎ行商や荷車引きの連中ではなく馬車持ち以上ともなれば、少し腹が出て恰幅の良い体型の方が信用度が高いのである。ふくよか、イコール金回りが良い、ということであり、貧乏人や盗賊の変装ではない、と思われるからである。
それに、買い取る食材の味を確かめるためには舌が肥えている必要があり、遣り手の商人は太っている、というのが、この世界での常識であった。
太っている、イコール金持ち、成功者の証であり、女にモテるのである。そのため、少なくとも、ダイエットにお金を掛けるような者はいない。
「この後、私達がちょっと指導します。出発までに、商人らしさを身に付けていただきますからね!」
何だか、ポーリンとレーナがおかしなやる気を出していた。
それをマイルが他人事のように見ていると……。
「マイルちゃん、その後、買い出しに行きますからね!」
どうやら、そちらの方もやる気満々のようであった。おそらく、ドワーフの村での、マイルのお酒でひと稼ぎ、というのを見たために、真似をするつもりなのであろう。
依頼主達は、『赤き誓い』のメンバーの収納容量は大したことはないだろうと思っているため、そちらの方はあまり気にしていないようであった。おそらく、世間一般の常識の通り、少ない場合は数キロから数十キロ、多くても200~300キロぐらいだと思っているのであろう。
そして、打合せの後、ポーリンとレーナの『商人の心得』の指導が始まるのであった……。
* *
「出発は明後日ですから、今日、明日は商品の仕入れに廻りますよ!」
依頼主達との打ち合わせ(及び、ポーリンとレーナによる『商人の心得、特別講習』)が終わった後、ポーリンとレーナに急かされて、マイルは問屋街へと引っ張り出された。……一般の小売店舗が並ぶ商店街ではなく、卸しの問屋が並ぶ、大量買い用の問屋街の方である。
ポーリンはともかく、レーナも妙にやる気になっている。もしかすると、父親と行商をやっていた、幼い頃のことを想い出しでもしているのであろうか……。
そして、自分ひとり置いてけぼりは嫌だからか、勿論、メーヴィスも3人の後にくっついていた。
「マイルちゃんは、帝国のことは知っていますか?」
「あ、はい、これでも一応、8歳までは家庭教師が付いていましたし、中退とはいえ、王都の学園では座学は首席でしたからね。隣接国のことくらいは……」
ポーリンの質問に、えっへん、というような顔でそう答えた、マイル。
マイル……アデルは、実技の方は手を抜いていたため、首席ではなかった。……手を抜いていたことは、学園の皆にはバレバレであったが。
「じゃあ、帝国がなぜ『大国』と呼ばれているかは、当然知っていますよね?」
「……帝国が『大きい』のは、3つ。国土、軍事力、……そして、国民の負担」
「はい、良くできました!」
そう言って、マイルの頭をポンポン、と軽く叩くポーリン。マイルは、えへへ、と笑っている。
……そう、アルバーン帝国は、広い国土を有しているが、決して豊かな国ではなかった。
国土の大半は荒れ地や急峻な山岳部であり、国内を流れる大河は少なく、すぐに干上がるような、水量の少ない川が多い。
つまり、食料が不足し、慢性的な財政難、ということである。
森林資源と鉱物資源は充分にあるが、そんなもの、周辺国の大半が似たようなものである。産業革命があったわけでなし、鉄や銅がそんなに大量に必要なわけではない。大抵の国は、自国での生産量で充分であった。
それに、高低差が大きく険しい道を、重い木材や鉄を遠くから運んで、利益が出せるわけもない。どこの国も、国内に充分な量の森林や鉱山があるのだから。
更に、行きはともかく、売却代金や購入した食料を積んだ帰路の荷馬車を狙う、盗賊や魔物達の存在。……これでは、他国との貿易など、お話にもならない。
農地が無く、食料が無く、金が無く、……そして武器を作るための鉄鉱石と、製鉄のための木材は豊富。
……あとは、辿る道はひとつしかなかった。
軍国主義、一直線。
軍備に力を注ぎ、そのために更に逼迫する食糧難と財政難。
投資したお金を回収するには、もはやアレしかない。
戦争、略奪、新たなる領土、肥沃な大地。奴隷同然に扱き使える労働力、占領地の2等国民。
斯くして、アルバーン帝国の未来は決まったのであった。
周辺諸国を併合して、真の大国となるか。
それとも、周辺諸国から袋叩きにされて滅亡への道を歩むのか。
勿論、帝国の者達は、滅亡する気など更々ないであろうが……。
「あ、そこ! そこの問屋で、安物の小麦を大量に仕入れますよ! 帝国の人達には、高級品ではなく、安価でたくさん買えるものがいいんです。普通の商人だと荷馬車の積載量の関係で高価なものにしないと利益があまり出せないですけど、うちはほら、マイルちゃんだから……」
「マイルだからね……」
「マイルがいるからねぇ、はは……」
「あはは……」
3人に付き合って、力なく笑うマイル。
(人助けです! 帝国の平民の皆さんに喜んで貰え、そして……)
「くふ。くふふふふふふ……」
(ポーリンさんが喜んでくれるなら……)
そして、ポーリンはかなりの商売を目論んでいるらしく、この後も、そして翌日も、レーナと共にマイルを街中引きずり回すのであった……。