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370 帝国はとても強い 2

「また、遠征ですか……」

「まぁ、今回はそう長期間じゃないですし、ただの『ちょっと長めの護衛依頼』に過ぎませんよ。一ヵ月くらいの護衛依頼なんて、よくあることですから」

 宿への帰り道で、溢すマイルをそう言って宥めるポーリン。


「それはまぁ、そうですけど……。しかし、まるで私達が戻ってくるのを待っていたかのように……」

「いや、事実、待っていたんじゃないかな?」

「え?」

 メーヴィスの言葉に、驚くマイル。


「いや、ある程度待っても私達が戻らなかった場合は、そりゃ他のパーティに依頼しただろうとは思うけどね。それでも多分、できれば私達に、とは思っていたんじゃないかな。

 そして許容期間内に戻ってきたから、休養期間が終わるのを待ってくれていて、そして私達の休養期間は一般的なパーティよりずっと短いからもう少し待ってくれて、『女神のしもべ』の皆さんがここを離れるまで我慢してくれていたんじゃないかな……」


 普通は、一介のCランクパーティにそこまで気遣いをしてくれるようなギルドマスターなどいない。もしメーヴィスの言う通りだとすれば、かなりの特別待遇である。

「そうかしらねぇ……」

 レーナは半信半疑であったが、事実がどうであろうと、結果は変わらない。

 ギルドマスターはその依頼を『赤き誓い』に振り、そして『赤き誓い』はそれを受けた。

 ただ、それだけのことであった。




「えええ、また旅に出る? 戻ってきたばかりじゃないですか、お姉さん達!」

 愕然とした様子の、レニーちゃん。

「いや、今度のは『旅』って言う程のものじゃないよ。ただの小規模商隊の護衛依頼を受けるだけだから、他国をぐるっと廻って戻ってくるだけの、ごく普通のハンターの仕事じゃないか」

 そう言うメーヴィスに、黙り込むレニーちゃん。

 レニーちゃんは、マイル達、他の3人にはずけずけと物を言うが、なぜかメーヴィスにはあまり強く出ない。

「レニーちゃんが待ってくれているとなると、私達も生きて帰ろうという意欲が湧くからね!」

「な、なっ……」

 頬を少し赤らめて、厨房の方へと駆け去るレニーちゃん。

「あんた……」

「え、何?」

 呆れたような顔のレーナと、レーナのその反応の意味が分からず、きょとんとした様子のメーヴィス。

 ……少女ホイホイ、恐るべし!


 レニーちゃんにはああ言ったが、護衛依頼であっても、旅は旅である。依頼内容からも、荷を運ぶだけで各地をさっさと廻るわけではなく、各地にしばらく滞在するであろうから、1カ月近い旅となるであろう。

『赤き誓い』にとっては、旅の準備など関係ないので、日数などどうでもいい。何しろ、全ての荷物や膨大な食料、飲料水(その都度魔法で出せるが、一応、準備はしてある)、日用品などは全てマイルの収納アイテムボックスに入れてあるため、『赤き誓い』には、『旅の準備』、『荷造り』、『必要品の準備』等の概念がないのであるから。


(……ヤバい。もう、マイルがいないハンター生活なんか、考えられない……)

 マイル抜きでのハンター生活、というものを忘れないよう、何度も自戒しているレーナであるが、もう、収納アイテムボックスなしでの旅など考えられなくなってしまっている。

 レーナですら、これである。マイル抜きのハンター生活など、以前マイルが休暇で不在の時にやった『マイル抜きでの訓練』しか知らないメーヴィスとポーリンは、危機感が殆どない。

 ふたりは、あの時の不便さを、都会の子供がキャンプでの不便な生活を楽しむような、そのような『いい経験をした』くらいにしか思っていないようなのである。おそらく、仲間を失ったことのないふたりは、4人でのこの生活が、ハンター生活を続けている限り永久に続くとでも思っているのであろう。そんなことはあり得ないということをよく知っている、レーナと違って……。


(あああ、便利すぎる収納魔法がいけないのよおおおおおぉっっ!!)

 そう、魔性の魔法、収納魔法。

 ……勿論、普通の収納魔法は、マイルの『なんちゃって収納魔法(アイテムボックス)』と違って、中のものが時間経過による劣化なしとか、テントや浴室、ドラゴン等が平気ではいる無限の容量だとかいうわけではないが……。


     *     *


 それから2日後。

「私達が、依頼主の商人です」

 3人の『自称、商人』と顔合わせをした、『赤き誓い』。

 30歳前後、40歳前後、そして40代後半くらいの、せ型であまり健康そうには見えない男性達。

 普通の商人であれば、自己紹介で『依頼主の商人』などとは言わない。普通に、『私達が依頼主です』とでも言うだろう。

 恰好や依頼内容から、わざわざ『商人です』などと付け加える必要などない。なのにそう言ってしまったということは。

 ……本当は商人ではない、ということなのであろう。

 勿論、ギルドマスターからの事前説明で事情は聞いているので、今更ではあるが。


 そして、依頼内容は3台の荷馬車の護衛であること、アルバーン帝国の主要街道を通り帝都を目指し、ぐるりと帝国内部を巡って帰還する予定であること、更に概略のルートを確認した、『赤き誓い』と依頼主一同。

 あくまでも予定は暫定的なものであり、その時の状況によってルートや立ち寄る街は適宜変更されるらしかった。集まった情報によって次の行動を変えるのは当然であるし、普通の商人であっても、それは同じであろう。大雨で橋が流されていたり、土砂崩れで山間の街道が通れなくなっていたり、そして積んでいる商品の値が上がっている地域、下がっている地域等、途中で仕入れた情報により臨機応変に行動するのが、遣り手の商人というものである。

 勿論、事前に契約済みであったり、約束を交わしている場合は、その限りではないが……。


「あまり、気を張る必要はありませんよ」

 商人としての表向きの仮面をいったん外し、本音の話をしてくれる依頼主達。

「別に、調査員は私達だけだというわけではありませんから。既にかなり以前から、何組もの調査員が交代で帝国へ行っております。背負子しょいこで商品を背負った歩き行商、荷車を引いた者、荷馬車一台による単独行動の商人、そして商人以外にも、旅のハンター、布教活動の神官等、様々なものに扮した者達が……。

 その者達は、私達と違って本職の連中ですからね。ま、そのうち何人が有益な情報を得られ、そして何人が無事戻ってこられるかは分かりませんが……」

 勿論、『本職』というのは、商人やハンター、神官等の、という意味ではない。

「どこが『気を張る必要はない』よ! 他の誰かが情報を持ち帰ってくれるだろうから、このチームは全滅しても構わない、ってこと? あんた達が死ぬのは勝手だけど、私達がそれに巻き込まれるのは御免よっ!」

 護衛任務のため命を張るのは、仕事のうちであるから、納得できる。しかし、自分達の命を軽く考えて無茶をする依頼主に振り回されるのは願い下げである。そう言って激昂するレーナに、慌てて説明する依頼主。


「い、いえ、そういう意味ではありません! 強引な調査や非合法な調査はその連中がやってくれるから、私達は危険なことは一切やらずに、普通に商売をやりながら『たまたま見聞きした情報』を持ち帰ればいい、ということです。勿論、『たまたま見聞きした情報』によっては進行ルートを変えるとかはありますけれど、無理・無茶は余程のことがない限り、やる必要はありません。

 そういうのは、それ専門の人達がいますから、そっちにお任せです。私達は、ただの文官であって、荒事や諜報活動の勉強や訓練は一切やっていませんから……。

 情報の多くは、作家のミアマ・サトデイルが書いているような派手な非合法活動で集めるものではなく、地道に市井しせいの噂話を集め、それらを分析して有益な情報を拾い出すものなのですよ。私達は、そっち担当です。

 だから、おかしなこと、危険なことは一切やりませんから、皆さんにとってはごく普通の商隊護衛だとお考えいただければ……」


 現代地球の軍隊であれば、いくら事務方であっても、軍人であれば最低限の訓練はしているはずである。この世界、もしくはこの国では、そうではないのか……。

(もしくは、技官とか、事務官とかの、軍人じゃない人達なのかな……)

 確か、現代日本の自衛隊においても、技官や事務官は『自衛官』ではなく、軍事訓練や体力錬成とかはやらないと聞いていたマイルは、勝手に納得していた。

 そしてレーナも、自分の勘違いに気付き、ほこを収めた。依頼主からの先程の説明は、レーナがああいう受け取り方をしても仕方のないものであったためか、どうやらレーナは自分の勘違いを謝るつもりは皆無のようである。

 しかし、依頼主達は、別に気を悪くした様子はない。温厚なのか、それくらいで気分を害するような浅慮な者達ではないのか……。

 とにかく、その後は打合せは順調に進んでいった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] みんな読んでるミアマ本。でも、パチモンの方がプレミア付いて裏ルートで出回りそう。お嬢様もきっと……ゲフンゲフン。
[一言]  レーナさんはもう舐められたくないとか以前の問題だよね…直さないといつか失敗しそう…。
[一言] >(あああ、便利すぎる収納魔法がいけないのよおおおおおぉっっ!!) いつかワンダスリ-も似たような叫びをあげねばならない日がきそうですが。
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