37 キャットファイト
「アデルさんって、どのような方ですの?」
王女モレーナは早速本題を切り出した。
他に年下の学園生に聞きたいことがあるわけでなし、共通の話題もない。当然のことであった。
マルセラもそれは充分承知している。あらかじめ考えておいたストーリーを最初から話すことにした。
まず最初に、アデルから聞いた話や置き手紙に書いてあった話等からの推測であり、ある程度の想像を含んでいることを断った後、アスカム子爵家時代のアデルのことを話した。
とは言っても、実家のことはアデルがあまり話したがらなかったので、内容はほんの僅かである。
「まず、8歳までは両親や母方の祖父と一緒にごく普通に暮らしていたそうです。そして8歳の時に母親と祖父が盗賊に襲われて死亡。この盗賊については色々と疑問があったようですが、それにつきましてはそちらで既に究明されていることと思います。
その後、父親と、父親が連れ込んだ浮気相手とその子供に無視されたり苛めを受けたりしながら邸で軟禁同然の生活。十歳の時に家名を名乗ることを禁じられてエクランド学園に無一文で放り込まれ、子爵家の娘の座には連れ子が居座ったそうです。以後、アスカム家からの仕送りも接触も一切なし。アデルの実家との関わりはここまでです」
調査の結果、ある程度のことを知っていた国王、宰相、バーグル、そしてボーナム伯爵は少し沈痛な面持ちとなっただけであるが、話を聞かされていなかったモレーナ、ふたりの王子、そしてボーナム伯爵夫人は驚きに眼を見開いていた。
「そ、そんな……。あの子の忘れ形見が、そんな酷い目に遭わされていたなんて……。
どうして様子を見に行かなかったの、私は!」
伯爵夫人は涙ぐんでいた。
王女と王子達も、どんよりとした暗い表情になっている。
そしていよいよ、マルセラがアデルに会ってからの話となった。
「アデルと初めて会ったのは、入学式の日でした……」
アデルの自己紹介のこと、マルセラ達がモテまくるアデルに嫉妬して寮に押し掛けた話等を、アデルの特異性を省略して面白おかしく話して聞かせた。アデルのことを、面白くて良い子、と印象づけるためである。
話はどんどん続いた。
「……で、アデルが私達にも作ってくれると言った自作の下着というのが、それはもう……」
「あはははははは!」
大人達に『はしたない』と叱られることもなく、王女は大きな口をあけて笑い転げていた。第一王子のアダルバートは平気な顔をしていたが、話題が話題だけに、第二王子のヴィンスは顔を赤くして俯いている。
そして、笑い涙を指で拭き取りながら、王女が尋ねた。
「で、その自作の下着を与えようとしたみたいに、魔法の加護を与えてくれたわけですね?」
「「「え……」」」
突然の王女の爆弾発言に、絶句するマルセラ達と、驚きの声をあげる王子と大人達。
「だって、あなた達、ある日突然魔法が使えるようになったり、魔法の腕が上達したりしたのでしょう? 仲良しの3人が、同時に。
そんな偶然を信じるくらいなら、『誰か、共通の者の関与』を疑うのが当然でしょう?
それに、最初は同情でアデルさんに手助けしたとしても、なぜかその後、急速に親しくなって色々とフォローしてあげていますわよね、同情だけとは思えないくらい。そう、まるで恩を返すかのように……。
あなた方、アデルさんの秘密を御存知ですわね?」
今聞いた話と、事前に読んでおいた調査報告書から、王女は限りなく正解に近い結論に達していた。
「待て!」
その時、焦った様子の国王の声が響いた。
「お前達は出ろ!」
「「「「え……」」」」
突然退室を命じられた宰相、ボーナム伯爵夫妻、そして王子達が驚きの声をあげた。
「し、しかし……」
「行け!」
抗議しかけた宰相と、状況がよく分かっていないボーナム伯爵夫妻、そして不満そうな王子達を手で制し、国王は5人を部屋から追い出した。
「モレーナ、迂闊だぞ! 他の者に教えてはならぬと言われたのであろう!」
「あ……」
つい、室内の全員が事情を全て知っている者ばかりのような気になっていた王女は、青くなった。
「言ってしまった事は仕方ない。幸い、核心には触れておらぬから、後で適当に言い繕って誤魔化せば良い。しかし、今後は気を付けるのだぞ!」
「分かりました……」
危うく国を滅ぼすところであった王女は、まだ顔を青くしたままマルセラ達に向き直った。
「で、御存知なのですよね、アデルさんの秘密を……」
(こっ、この女! ぽやぽやした顔をしている癖に、手強い!)
王女の攻めに、平静を装いながらも脂汗を滲ませるマルセラ。
モニカとオリアーナは、全てをマルセラに託して黙り込んでいる。
アデルの能力を誤魔化すべく、マルセラが必死で言い訳を考えていると。
「御存知なのでしょう? アデルさんの中に女神様がお宿りになられていることを!」
「「「え……」」」
王女が盛大に自爆した。
「女神様がお宿りになられていることをアデルさんに隠し、色々とフォローしてお助けすることの報酬として、魔法の加護を授かったのでしょう?
良いのです、ここにいる者は皆、女神様のことを知っている者ばかりなのですから……」
(いったい、何のこと?)
マルセラは考えた。必死で考えた。
(これは、アデルが何かやらかして、おかしな誤魔化し方をしているに違いないわ! いったい、どんな誤魔化し方を……。
多分、あり得ない魔法を見られている。あの子なら、それをどうやって誤魔化す?
あの子のレベルまで知能を下げて、常識と空気を読む力を横に置いて、うっかり成分を5倍にして、あの子が考えそうなことを予想すると……)
マルセラは、アデルの行動がかなり読めるようになっていた。この、『アデル・シミュレーター』と化してアデルの思考を模擬することによって。
最近では、会話の途中でも、(あ、何か不穏当なことを言おうとしている!)と察してアデルの口を塞ぐとか、アデルが動く直前に腕や襟首を掴むことによって悲劇や喜劇を何度も未然に防いでいる。その根源たる『アデル・シミュレーター』全力稼働である。
(今までに聞いた噂話は……、女神の降臨、神の御使い。
そして今の話。女神様が宿る? アデルは何と言って煙に巻いた?
自分が囲い込まれたり、無茶な要求をされたりするのを防ぐため、胸と同じでつるつるのあの子の脳ミソは、いったい何を考えた?
………………、そうか!!)
「ええっ、皆さんも、女神様のことを御存知なのですか!」
「やはり……」
マルセラの驚きの声に、己の推理が的中したと満足そうに頷く王女。
「では、あの子には手出ししてはいけないということも御存知のはずでは……」
「手出しなど致しませんわ! 女神様とは関係なく、危険を冒してまで私の名誉のために尽くして下さった勇敢な少女にお礼を言って、お友達になりたいだけですわ。それのどこが問題ですの?
まさか女神様も、アデルさんは友達を作ってはならない、などとは言われないでしょう?」
そう言う王女の声には、少し勝ち誇ったような響きがあった。
(この女っっ! アデルにとって都合の良い存在にするどころか、アデルを取り込むつもりだっ!)
マルセラがちらりと大人達の方へ目をやると、皆、うんうん、という顔をしていた。
(みんな、グルか!)
マルセラは心の中で歯噛みしたが、王族の前で顔には出せない。
だが、何か言わないと腹の虫が治まらなかった。
「でも、肝心のアデルが見つからなければ、どうしようもありませんわね!」
「ぐぬぬ……」
「そ、それでじゃな、」
何やら少し雲行きが怪しくなってきたため、仕方なく国王が口を挟んだ。
「アデル…、アスカム子爵の行方に、何か心当たりはないか?」
「「「全くありません!」」」
マルセラ達三人の声が揃った。
何度も練習したとおりに。
その後、アデルとの会話で国名や町村の名が出たことはないか、知人がいるという話は出なかったか、等、色々と聞かれたが、本当に知らないことばかりだったため正直に答えても問題なかった。
そしてかなりの時間が経ち、マルセラ達はようやく解放された。
魔法が上達したといっても、Cランクのハンターの中にはゴロゴロいるレベルであるし、アデルがいなければ、王宮にとってマルセラ達には何の価値もなかったのである。
王女を引き込んで、いつかアデルの役に立つように、という目論見は果たせなかったが、アデルについての情報は、元々王宮側が持っていた誤った情報以外は一切渡っていない。
(まぁ、私達としては上出来ですわね)
マルセラがそう考えながらモニカとオリアーナと共に会議室から退出しようとした時、後ろから声が掛けられた。
「あ、あの! また、お話を伺ってもいいですか?」
「え、ええ、構いませんわ……」
王女様の頼みを、貧乏男爵家の三女に断れるわけがなかった。
数日後。
マルセラが寮の自室でモニカ達三人と一緒に話していると、ドアがノックされた。
「マルセラさん、お父様がお見えですよ!」
「はい、今、開けます!」
マルセラが急いで席を立ちドアを開けると、そこには、寮監様と、興奮して息を切らせたマルセラの父親の姿があった。
「お父様、急に何の……」
「ま、マルセラ! お、お前、王宮に呼ばれたというのは本当か!」
「あ、はぁ、本当ですけど……」
「な、なぜ呼ばれた! どういう事だ!」
娘が王宮に呼ばれるなど、良い話であれば非常に喜ばしいことであるが、悪い話だと、下手をすればお家の存続に関わる。父親の興奮も無理はなかった。部屋にいる、娘の友人達のことなど無視して話を続けた。
「え~と、第三王女様が、お友達に、と言われたらしくて……」
「な、何! いや、もしそれが本当ならば喜ばしいことだが、なぜだ? どうして何の面識もないお前なのだ?」
「さぁ?」
「さ、さぁ、って、お前な……」
「知りたければ、本人に聞いてよ」
そう言ってマルセラが指差す方を見れば……。
「あ、第三王女のモレーナです。お邪魔してます……」
そう言って、十五歳前後の少女がぺこりと頭を下げた。