369 帝国はとても強い 1
「「「「……『赤い依頼』かな?」」」」
「…………」
マイル達の突っ込みに、答えられないギルドマスター。
……確定であった。『赤い依頼』ということの。
赤い依頼だというだけで、普通のハンターは断るだろう。
いくらギルドマスターからの指名依頼であっても、割に合わない依頼、生きて帰れないかもしれない依頼など、多少の功績ポイントを付けて貰おうが、とても受けられるものではない。死んでは何にもならないのだから。
勿論、莫大な利益が得られるならば、ある程度の危険は冒す。
しかし、その利益と危険の度合いのバランスが取れていないからこその『赤い依頼』なのである。
たとえ10年くらい遊んで暮らせるだけの報酬額であっても、生きて帰れる確率が1パーセント未満であれば、それは『割の合わない仕事』である。
……つまり、引き受けるべきではない依頼、ということである。
なので、大抵は断る。
……普通のハンターであれば。
「詳細説明をお願いします」
そして勿論、『赤き誓い』は、普通のハンターではなかった。
「とは言っても、引き受けると決めたわけではありませんよ。一応、事情と依頼内容と条件を確認するだけですから」
メーヴィスの言葉に少し安心したかの様子のギルドマスターであったが、続けて放たれたポーリンの言葉に、再び表情を硬くした。
「勿論だ。依頼内容の説明もせずに押し付ける気はないし、それで依頼を受けるようなハンターもおるまい。
お前達、少し前に行われた、アルバーン帝国からのブランデル王国に対する侵略行為については知っているか? ブランデル王国の、予想外の迅速かつ全力の即時反撃により失敗に終わったが……」
「あ、は、はい、一応は……」
知っているも何も、現場に居合わせた当事者である。少々キョドりながら、何とか返事をするメーヴィス。
「ああ、そうか、当時お前達は西方を旅していたのだったな。そりゃ、知っているか……。
それじゃあ、『アムロス方面不正規戦』については……、って、馬鹿か、俺は! お前達が当事者じゃねぇか……」
「「「「あはは……」」」」
もうひとつの方も当事者だけどね、という心の中の声を押し隠し、引き攣った笑い声を溢す『赤き誓い』の4人。
「とにかくだ、きな臭いことこの上ない帝国の様子を探ろうと、王宮の連中が情報収集のためのチームを派遣したがっているんだが、当然、あちらさんもそういうのがやってくることは想定済みだろうから、入国してくる者達のうち、怪しい者には見張りが付くし、もし間諜の類いだとバレたら、皆殺しにされるのは間違いない。
向こうもその道のプロを出しているだろうから、怪しい行動をするまでもなく、身のこなしや視線、歩き方、その他色々な特徴から、軍人や間諜の訓練を受けた者はすぐ見破られるだろう。
それらの眼を潜り抜けるためには、どうすればいいかというと……」
「相手の眼を誤魔化せるくらいの手練れを送り込む?」
メーヴィスの言葉に、首を横に振るギルドマスター。
「相手に見つからないよう、隠密行動を取る?」
ポーリンの言葉にも、首を横に振るギルドマスター。
「相手の見張りを全て殺す?」
「戦争になってしまうわっっ!」
レーナの言葉は、問題外であった。そして……。
「素人を送り込む?」
「え……」
マイルの言葉に、ぎょっとした様子の、ギルドマスター。
「あはは、そりゃないよ!」
「マイルちゃん、それはさすがに……」
「あんまり適当なことを言うんじゃないわよ! 私達が馬鹿だと思われちゃうでしょ!」
「…………」
次々とマイルの案を否定するメーヴィス、ポーリン、レーナ、そして黙りこくるギルドマスター。
「……え?」
「えええ?」
「えええええええ?」
「「「まさか……」」」
黙って頷くギルドマスターと、えっへん、とドヤ顔のマイル。
「「「捨て駒かっっっ!!」」」
「……で、その『素人』というのは、勿論私達のことじゃありませんよね?」
「「「え?」」」
レーナ達3人の怒声で荒れていた場が、マイルの言葉でようやく落ち着いた。
「当たり前だ! 必要な情報を得て、それを取捨選択して分析、更に必要な情報を判断してそれを入手する、ということが、素人にできるものか。それなりの教育を受けた専門家でないと……」
「じゃあ、素人じゃないじゃないの!」
ギルドマスターの説明に、そう言って食って掛かるレーナ。
「見てバレるのは、身体的な訓練や武術の心得がある者達だ。情報的な心得があるだけの、お役所仕事しかできないモヤシ連中なら、問題ない。
お前達には、ただ普通にそいつらを護衛して貰うだけで、それ以外の行動、つまり間諜行為とかを依頼するわけじゃない。つまり、護衛対象や行き先が特殊だから『特別依頼』なのであって、お前達に依頼する内容は、ごく普通の護衛依頼に過ぎない。
いくら間諜をそれらしくない者にしても、護衛があまりにも強そうだったり兵士の変装だと思われたりしては何の意味もないからな。どう間違っても兵士だと疑われる心配が全くなく、そしてたまたま偶然普通の盗賊や魔物に襲われても全滅するような心配がなく、万一の場合でも、『ないわー。コイツらが間諜とか、ないわー……』と思われる、完璧な人選、というわけだ」
「「「…………」」」
マイル以外の3人が黙り込むが、皆、ギルドマスターの言うことを理解した後は、そう不愉快そうにはしていない。
確かに、下手をすると帝国の兵士に襲われる可能性はある。
しかし、理不尽な命令や高圧的な押し付けを蹴ることはあっても、『危険だから』という理由で依頼を断るような『赤き誓い』ではない。
それに、アムロスでの通商破壊、マイルの母国への侵略等、帝国の行動は『赤き誓い』の皆の家族や大切な人達、そして自分達の未来にとっての敵対行為であった。下手をすると、いや、下手をしなくとも、再びこの国や、マイルの、いや、アデルの母国であるブランデル王国への侵略が開始されるかもしれなかった。
それに、この依頼がギルドマスターの発案によるものであるはずがなかった。
これは確実に国策案件であり、いくら王都支部とはいえ、たかが一介のギルド支部のマスターが出すような依頼ではない。
更に、先程ギルドマスターは護衛対象のことを『情報的な心得があるだけの、お役所仕事しかできないモヤシ連中』とか言っていた。そんな連中が、ギルド支部にいるはずがない。もしそういう連中がいるとすれば、それは軍の上級司令部か、王宮あたりだろう。
だが、そういう依頼を出したのは王宮かもしれないが、それに『赤き誓い』を充てようと考えたのは、依頼者側なのか、ギルドマスターなのか……。
そして、互いの表情を確認し合った後、レーナが宣言した。
「せっかくだから、私達はその赤い依頼を受けるわ!」
それ以外の返事など、あるはずがなかった。
彼女達は、Aランクを目指す新米Cランクパーティ、『赤き誓い』なのだから。
そして、いつもの如く、メーヴィスが悲しそうに呟いた。
「あの、リーダー、私……」