368 『女神のしもべ』
「……おい、この連中のこと、知ってるのか?」
マイル達に、突然後方から声が掛けられた。……ギルドマスターである。
どうやら、たまたま2階の自室から下りてきたらしい。
他国から来たCランクパーティをいきなり『この連中』呼ばわりはちょっといただけないが、ギルドマスターとなれば、文句を言う者もいないのであろう。いつもこんな調子なのだろうと思われた。
「あ、はい、彼女達の本拠地へ行った時に色々とお世話になりました」
詳細を話す必要はない。特に、相手側の了承を取っていない場合には。
しかし、なぜかレーナがポツリと呟いた。
「……私の、命の恩人よ……」
「「「「「「えええええええええっっ!!」」」」」」
ギルド中に驚愕の叫び声が上がった。
あの、そう、あの『赤き誓い』の、命の恩人!
それは、あの『赤き誓い』が生命の危機に陥るような状況の中で、自分達の安全を確保し、他のパーティを救うことができるだけの実力を持っているということである。
((((((化け物か……))))))
『赤き誓い』をかなり高く評価しているものの、あくまでも「後輩の、新人ハンター」として見ている『女神のしもべ』にとって、『赤き誓い』は、自分達を凌ぐ瞬発力や火力を持ってはいても、あくまでも庇護対象であり、ハンターとしての知識や経験では自分達より遥かに劣るひよっこなのである。
事実、努力と実力でFランクから駈け上ってきた『女神のしもべ』には、『赤き誓い』がどうやっても太刀打ちできない凄いところがいくつもあった。なのでそれは、決して傲慢な自惚れではなかった。
実際に戦えば『赤き誓い』が勝つかもしれないが、そんなことは関係ない。先輩である自分達が教え導き、護ってやらねばならない。そう考えている『女神のしもべ』の面々は、『赤き誓い』に対して、ごく自然に先輩風を吹かせて……、いや、上から目線……、偉そう……、とにかく、自分達の方が立場が上、という雰囲気を醸し出していた。
そして、そういうのを嫌うらしいと皆が既に悟っている……貴重な犠牲と引き替えに……レーナが、なぜか全く機嫌を損ねることなく、機嫌良く、いや、尊敬の念を浮かべて相手をしている。
((((((マジか…………))))))
今、ここ、ハンターギルドティルス王国王都支部において、『女神のしもべ』最強伝説が爆誕したのであった。本人達が全く気付かないうちに……。
これで、ここで『女神のしもべ』におかしなちょっかいを掛けようとする者はいなくなったであろう。皆、自分の命は惜しいであろうから……。
「どうして化け物パーティが次々とこの街にばかり来やがるんだよ……。それも、割と美人の若い女ばっかり……。いや、嬉しいけどよ! ありがたいとは思うけどよ!!
くそ、誰かコナかけてモノにして、この街に居着かせろよ!!」
小声で、何やら愚痴っているギルドマスター。幸いにも、両パーティには聞こえていないようであった。
いや、高性能なマイルの耳には届いていたかもしれないが、マイルにはそういう男の愚痴を聞き流してやるだけの慈悲の心があるので、安心である。
「とにかく、今回は私達の本拠地へのお客様です! 夕食は、ご馳走しますよ!」
皆に相談することなくマイルが勝手にそんなことを言いだしたが、ポーリンも反対する様子はない。
仮にも以前共闘したことのあるパーティであり、自らの身を盾にしてレーナを護ってくれた恩人であり、そして女性パーティとしての大先輩なのである。さすがの守銭奴ポーリンも、ここで小金貨数枚を惜しむ程の恥知らずではなかったようである。
なにしろ、テリュシアだからあのナイフは即死クラスの致命傷にはならず簡単に治癒できたが、あれがあのままレーナに刺さっていた場合、身長や体格、体勢の違い等から、頭部や首筋、心臓等の、治癒魔法が間に合わない『即死に近い損傷を受ける、急所』に刺さっていた可能性もあったのだ。なので、文字通り、レーナの命の恩人であることは間違いない。
「じゃあ、早速、お店に……」
「「「いやいやいやいや!」」」
上機嫌で歩き出そうとしたレーナを引き留める、メーヴィス達。
「まだ朝方だし、『女神のしもべ』の皆さんは、ここに来られたばかりですよ! まずは情報収集、そして休憩されるに決まってるじゃないですか! 歓迎会は夕方からですよ、夕方から!!」
「あ……」
マイルに正論を説かれて、どうやら正気に戻ったらしいレーナ。
いくら命の恩人のテリュシアに心酔しているからといっても、ちょっと重症過ぎる。父親と『赤き稲妻』のみんなを失ってからの、初めての『頼れる人』の登場に舞い上がっているのは分かるが……。
しかし、『女神のしもべ』は、すぐに帰路に就く。数日間くらいレーナの好きにさせてやろうと、生暖かく見守るメーヴィス達であった。
* *
「アイシクル・ジャベリン!」
「アイシクル・アロー!」
「アイシクル・ボルト!」
「アイシクル・ダート!」
森の中なので得意な火魔法を使えないレーナが、氷魔法を連発して獲物を狩りまくっていた。
……ちょっと、張り切りすぎである。
「レーナさん、そこまで……」
「ちょっと、舞い上がりすぎだろう……」
「まぁ、気持ちは分からなくもありませんが……」
呆れた様子の、マイル達。
余程歓迎会が楽しみなのか、そして早く獲物を狩れば夕方が早くやってくるとでも思っているのか、レーナ無双の狩りが続くのであった……。
そして、夕方からの、『女神のしもべ』歓迎会。
張り切って店の選定や料理人との事前打ち合わせに励んでいたレーナは、いざ歓迎会が始まると、無口でおとなしかった。
(((難儀な性格やな~……)))
メーヴィス達が呆れるが、仕方ない。それが、レーナという少女なのだから……。
そして、それでも充分満足しているのか、いつになく上機嫌で幸せそうなレーナであった。
* *
「行っちゃいましたねぇ……」
あっという間の、1週間。
『修行の旅に出ることを伝えた時、オーラ男爵が「話が違う!」と言って大荒れしたから、早く戻らないと大変なことに……』
そう言って、テリュシア達『女神のしもべ』は、僅か1週間滞在しただけで帰路に就いたのであった。
しかし、別にレーナが落ち込んでいるとか、そういったことはない。
離れていても、それぞれ元気にやっている。どうやら、それだけで充分であるらしい。
生きてさえいれば、また会える時もくるだろう。死にさえしなければ。……そういうことなのであろう。レーナにとっては……。
こうして、1週間の休暇に続いての、『休暇の続きのような、1週間』が終わり、『赤き誓い』が本当に通常の状態に戻ると同時に、それを待っていたかのように……、いや、事実、待っていたのであろう……、ギルドマスターからの呼び出しを受けた。
「『赤き誓い』に、特別依頼を受けて貰いたい。依頼内容は、小規模商隊の護衛。そして行き先は、……アルバーン帝国だ」
アルバーン帝国。
それは、通商破壊のため小隊規模の兵士を送り込んできた国。
そして、マイルの、いや、アデルの母国、ブランデル王国を侵略しようとした国である。
いや、そういう国であっても、他国との貿易は行うであろう。国としても、個々の商人としても。
なのでそれ自体には何の不思議もないし、商人が盗賊や魔物に備えて護衛を雇うのもまた、何の不思議もない。
しかし、ギルドマスターがそれを指名依頼で、しかも相手を自室に呼び付けて依頼するのは明らかに不自然であるし、それを『特別依頼』だと言うことは、更に不自然であった。
……まともな依頼ではない。
それだけははっきりと理解した、『赤き誓い』の面々であった……。