365 諸君、私は帰ってきた!
「王都の諸君、私は帰ってきた!」
干し肉をコーンパイプのように咥え、マイルがまた、何やら決め台詞のようなことを言っているが、皆、スルーである。構うと、癖になる。
あれから『赤き誓い』は本拠地であるティルス王国の王都を目指した。往路では主要街道を進んだが、復路では主要街道を少し外れた裏街道を進んだ。
同じルートでは面白くないし、勉強にならないからであるが、本当の理由は、おそらく、『往路において色々とやらかした町』に再び顔を出すのが恥ずかしかったからであろう。
とにかく、こうして、再び本拠地へと戻ってきた『赤き誓い』である。
……主要街道は使っていないため、『主要街道を辿って東方へと向かう者達』とは出会うことなく……。
そして、まずは、そのまま真っ直ぐギルド支部へ。
ハンター養成学校の学費返済免除の条件である、5年間の国内活動義務期間を少しでも早く終わらせるため、国境を越えて国に入った最初の街で素材採取の常時依頼をこなして(マイルのアイテムボックスに入っていたものを、素材採取の常時依頼として納入しただけ)、『国内にいますカウンター』だけは既に回し始めた『赤き誓い』であるが、やはり王都に戻ったという報告だけは真っ先にしておくのが礼儀であろう。
「戻りました~! 今回の修行の旅は、終了です!」
かららん、というお馴染みのドアベルの音に続いて、マイルの声がギルド内に響いた。
「「「「「「え……」」」」」」
入り口近くに立つ『赤き誓い』の4人にハンターやギルド職員達の眼が集中し……。
「「「「「「おおおおおおお! おめでとう! よく戻った!!」」」」」」
全員が、歓声を上げた。
いや、別に大袈裟ではないし、これは戻ってきたのが『赤き誓い』だから、というわけでもない。
『お礼参りの旅』に出た者に較べ、『修行の旅』に出た者が無事に、ひとりの欠員も怪我人もなく戻ってくる確率は、そう高いものではない。『修行の旅の途中なんだから』と、身の丈に合わない依頼を受けたり、田舎の村人に懇願されて少し手に余る討伐依頼を受けてしまったり……。
『赤き誓い』は、充分な実力があった。しかし、そういうパーティほど、『ほんの少し、自分達の実力を超えた依頼』を受けてしまうものなのである。なので、なまじ実力や自信のあるパーティは、自分達の弱さを知っている非力なパーティよりも『修行の旅』から無事戻ってくる確率が低かった。
そして未帰還のパーティが、他の国に居着いただけなのかどうかは、ギルド職員には分かってしまうのであった。所属支部変更のための書類が、新たに所属することになったギルド支部から届くかどうかで。
……もう、その書類が届かないまま、旅に出て数年になるパーティがいくつもあった。
しかし、今、ひとつの新人パーティが、欠員もなく、誰ひとりとして怪我をした様子もなく、無事戻ってきた。それは、歓声を上げて迎えて当然の慶事なのであった……。
* *
「戻ったよ~」
「お帰りなさ……、って、お姉さん達!!」
カウンターの向こうから飛んでくる、レニーちゃん。
「よ、ようこそ、御無事で……。旅の終了、おめでとうございます!」
何だかレニーちゃんらしからぬ言葉使いであるが、多分、これはレニーちゃんにとって儀式的な定型句なのであろう。相手がお気に入りの常連さんであろうが、数日泊まっただけの客であろうが、長旅を終えて無事戻ってきて、そして再びこの宿を選んでくれた客を迎える言葉は、いつも同じ。
……前回、西方から戻った時にはちょっと台詞が違ったけれど、まぁ、驚いて動転することもあるだろう。
レニーちゃんは、感動のあまり、目尻に涙を浮かべている。それを見て、自分達もじんわりときてしまったマイル達であるが……。
「よし、これでお風呂の経費が安くなる! お風呂とお姉さん達による集客効果と、お土産に貰える魔物の肉による食材費の節約と、異国料理の新しいレシピを教えて貰って……」
((((やっぱり、レニーちゃんだ……))))
帰ってきたんだなぁ、ということを改めて実感する、『赤き誓い』の4人であった……。
* *
そして、久し振りに大将の料理を食べ、ぐっすりと眠り、翌日ギルド支部に顔を出すと……。
「お前達、どうして昨日、俺のところに来なかった!!」
……ギルドマスターに自室に呼ばれ、思い切り怒られた。
「いえ、居合わせたハンターとギルド職員の皆さんには帰還の挨拶をしましたので……。
たかが新米Cランクパーティが旅から帰ってきたくらいのことで、わざわざギルドマスターに報告に行ったりはしないでしょう、普通……」
「うっ……」
ギルドマスターはメーヴィスの反論に、言葉を詰まらせた。
「い、いや、その前に、どうして黙ってすぐに旅に出たんだ! 1回目の旅から戻ったあと!!」
「1回目の旅から戻ったあと? 今回の旅が1回目よ? 前回ここに寄ったのは、『旅の途中で、近くを通り掛かったからちょっと寄っただけ』よ。
だから、わざわざ帰還報告をしてすぐにまた出発、なんて面倒なことはしなかっただけなんだけど?」
「なっ……」
今度は、レーナがそう言って説明した。
確かに、前回の一時帰還の時は帰還報告も旅の終了届けもしていなかったから、そう言われてしまえば、何も言えない。
「くっ……。ま、まぁいい、今度は本当に戻ってきたんだな、間違いなく!」
「あ、はい。『第1回修行の旅』は、終わりました」
そう答えたメーヴィスに、ふぅ、と大きなため息を吐いた、ギルドマスター。
『第1回』。
そう、勿論、ハンターが1回しか修行の旅に出ないなどということが、あるはずがない。
変わらぬ日々に退屈して。少し自信がついて、腕試しに。もっと強くなりたくて。……様々な理由で、何度も旅に出る。それは、いくらギルドマスターであっても、止めようがない。
そもそも、ギルドマスター自身も、若い頃には何度も旅に出ている。なので、それについては、何も言えない。
「よし、とにかく、無事の帰還、おめでとう。更なる活躍を期待する!」
「「「「おおっ!!」」」」
右腕を天に向かって突き上げて、大きな声で叫ぶ、『赤き誓い』の4人。
そう、ハンターの『任せろ!』という意志が籠もった返事は、これしかなかった。
* *
昨日は挨拶だけでさっさと宿へ向かったため、ギルドマスターから解放された後はじっくりと情報ボードや受ける者がいなくて貼りっ放しになっている依頼票とかを確認し、更に暇そうな職員やハンター達を捕まえて最近の情勢や噂話などを聞き回り、何とか周辺情報の遅れを取り戻した『赤き誓い』は、1週間の休暇を取ることにした。
長期遠征の後の休暇が1週間というのは、かなり短い方である。余程落ち着きのない連中か、お金に余裕がない者以外は、3週間くらいは休んでもおかしくはない。無理な長期行動で怪我や疲れ、体調不良になる者が多いため、地元での活動再開の前にじっくりと療養する者も多い。
……しかし、マイルとポーリンの治癒魔法の前には、それらは殆ど関係なかった。何しろ、片腕が消し飛んでも10秒で戦闘可能になるのであるから……。
「じゃあ、日頃お世話になっているところ、お世話しているところとかを回って挨拶して、1週間の休暇。その後は、実力向上と金貨を目指して、頑張るわよ!」
「「「おおっ!」」」
そして、依頼を受けることなく引き揚げる『赤き誓い』を温かく見守る、ハンターやギルド職員達。
勿論、先日の3人の少女パーティのことをわざわざ教える者はいない。
尋ねられれば、修行の旅に出ていることくらいは教える。それは別に秘匿すべき情報ではないし、職員やハンターのうちの大半の者が知っている。なので、『赤き誓い』が修行の旅に出ていることも、あの3人に教えたのである。……尋ねられたので。
しかし、尋ねられもしないのに、他のパーティのことを自分からぺらぺらと喋るギルド職員はいないし、ハンターとしても、それはマナー違反であった。そして、『赤き誓い』は、近隣の情勢や魔物の状況等については色々と聞き回ったが、『自分達を捜している者はいなかったか』とか、『3人組の少女パーティは来なかったか』とかいう質問をしたわけではない。
元々、『赤き誓い』を訪ねてくる者は多いのである。
パーティ加入希望者、専属契約を迫る貴族や商人、その他諸々……。
それらを、伝言を頼まれたわけでもないのに、いちいち自分の勝手な判断で『赤き誓い』に御注進に及んだりはしない。
考えてみれば、あの3人も、いささか常軌を逸してはいたものの、それだけで『赤き誓い』の関係者だと断言できるわけではない。
そもそも、彼女達は『赤き誓い』の情報を全く掴んでいなかったし、『赤き誓い』も、誰かが訪ねてきたかどうかを確認する素振りもなかった。なので、ただ単に『赤き誓い』に憧れ、パーティへの加入を頼み込むために追いかけているだけの連中である確率が高かった。
それに、『赤き誓い』は、この街で結成されたパーティであり、メンバーの半分はこの国の者である。他国から来たあの連中との関わりがある確率は低い。
……ならば、他のハンターの情報を勝手に触れて廻るのは、マナー違反である。
斯くして、3人の少女達についての話をマイル達が聞くことはなかったのである。