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363 出発大作戦 6

 そっと3頭のオークに近付く、マルセラ達、合同パーティの面々。そして……。

「最初は、私達に攻撃させて頂けませんこと? ただ皆さんの攻撃を後方から見ているだけでは、あまり経験になりませんので……」

 マルセラが、スタッフを持ったままの手を軽く合わせて、『真名の雫』のメンバー達にそうお願いした。

『真名の雫』の者達にとって、それは別に問題とはならない。

 というか、魔術師に遠隔攻撃で先制させなくて、どうしろというのか。

 魔術師の遠隔攻撃、弓士の攻撃、そして被害と混乱を与えた敵に、後衛を護るため敵を決して通さないようにして前衛が突撃。魔術師は第2撃か、もしくは支援魔法の詠唱。弓士は2射目か魔術師を護るために短剣を抜くか、それとも前衛に加わるか、臨機応変に。

 今までは、パーティに魔術師がいなかったため戦術の幅が狭かった。なので、『真名の雫』の面々も、魔術師が加わった戦いというものを経験するための絶好の機会であり、テンションが上がっていた。


「勿論、OKだ。絶対に後ろには通さないから、安心して魔法に専念してくれ。魔法による初撃のあと、俺達が突っ込む。イクトルは、自分の判断で臨機応変に。いいな?」

 リーダーが快く了承し、いつもと変わらぬ指示を受けた弓士の青年が、こくりと頷いた。

 そして、数分後……。


「視認! オーク3、成体!」

 先頭を務めている軽戦士が、身振りと共に、小声であるが鋭い口調で報告した。

 どうやらこちらが風下かざしものようで、まだ向こうには気付かれていないようであった。

 素早く攻撃陣形を組む『真名の雫』。

 そして、陣形を組んだまま、もう少し接近し……。

「これ以上近付くと、見つかる確率が跳ね上がる。ここから攻撃できるか?」

『真名の雫』リーダーの小声での問い掛けに、黙って頷く『ワンダースリー』の3人。

 そして、今度は3人で互いに頷き合い……。

「ソイル・スピアー!」

「アイス・ネイル!」

「ウォーター・カッター!」

「「「「「え?」」」」」


 呪文詠唱のための予備動作らしきものも、呪文を詠唱したらしき様子もなく、頷きひとつでいきなり同時に放たれた、3つの呪文省略魔法。

 モニカが放ったのは、土の槍(ソイル・スピアー)である。

 地面が土である場合は、下手に岩の槍(ロック・スピアー)とかを使わず、土の槍(ソイル・スピアー)の方がいい。

 近くに岩がないのに岩の槍(ロック・スピアー)を使おうとすると、土を岩に変換するか、他の場所から岩を転送する必要があり、それだけナノマシンが適切に作業するための『無意識の思念波』を放射するハードルが高くなる。また、余計な具体的指示、たとえば『無から岩の槍を生み出し……』などと考えてしまうと、それを実現するためのハードルが跳ね上がってしまう。

 なので、その場にあるものを利用し、そしてよく分からない部分に関しては下手に具体的なことを考えずに『土から造られた、頑丈な槍!』とだけ考えれば、ナノマシンが最適な方法で何とかしてくれるのである。


 そしてオリアーナは、魔法を放つ前に、腰に着けた水筒の蓋を開けていた。

 そう、氷魔法を使う場合、何もない状態で使うと、水の生成から始まってしまい、効率が悪い。

 なので、水筒の蓋を開けて、『この水を使っていいよ』という意思表示をすることによって、最初の手間をはぶいたわけである。既に水があるのであれば、氷の釘を造るのは容易たやすい。

 選んだ魔法がアイス・ネイルであれば、数本の氷の釘くらい、水筒の水だけで充分足りる。

 そう、これは、他のふたりに較べて魔力が弱いオリアーナが省資源・省魔力で魔法を行使するための工夫であり、知恵を絞って考え出した技なのであった。


 マルセラが放ったウォーター・カッターは、以前ポーリンが獣人に捕らえられていた者達の足枷を切断した時に使ったものと、ほぼ同じである。どちらもマイル(アデル)に教わったのであるから、当たり前である。

 太い水流で大量の水を叩き付けるのではなく、細い水流を高圧で、しかも研磨剤として金剛砂こんごうしゃ……柘榴石……を混ぜ、切断効果を大きく向上させた、高圧水流による切断魔法。

 そして、それらがほぼ同時に着弾し……。


 どすっ!

 ぶすぶすぶすぶすぶす!

 すぱ~ん!

『ぐぎゃああああぁ~~!!』

「「「「「え……」」」」」


 心臓の辺りを硬い土の槍で貫かれ、悲鳴を上げることもなく倒れ伏した、オーク。

 一瞬で、綺麗に首を切り落とされ、同じく無言で倒れた、オーク。……悲鳴を上げようにも、首から上が無いのでは、どうしようもないだろう。

 そして、顔面に数本の氷の釘が突き刺さり、両眼が完全に潰された、オーク。

 このオークだけは悲鳴を上げながら暴れ回っているが、いかに嗅覚や聴覚が人間より優れていようとも、激痛と混乱の中で、いきなり視力を完全に失ったのでは、何もできようはずがない。


「「「「「…………」」」」」

「とどめを!」

 呆然と突っ立っているだけの『真名の雫』の面々に、オリアーナが鋭い声で指示し、はっと正気に戻った彼らがオリアーナの餌食となったオークに突っ込んでいった。

 ……せめてこれだけは完璧に決めないと、立場がない。そう思うと、視力を失った手負いのオークにとどめを刺すだけの簡単な仕事ではあるが、皆、超真剣であった。これで、下手に怪我でもしようものなら、本当に、立場がなくなるからである。そのため、弓士も短剣を抜いての、5人全員での総攻撃である。

 ……過剰戦力であった。


     *     *


 帰り道。

『真名の雫』の口は重かった。往路でのあの饒舌さが、嘘であったかのように……。

 しかし、聞かねばならぬ。その思いで、遂にリーダーの重戦士が口を開いた。

「……あの~、君達、魔物の討伐経験が殆どない、っていうのは……」

「本当ですわよ? 確か、他のパーティとの合同で、ゴブリン討伐が2回、コボルトが1回、ホーンラビットが3回、でしたっけ……」

「ホーンラビットは2回ですよ」

 マルセラの説明を、オリアーナが訂正した。

「「「「「…………」」」」」


「しかし、さっきの魔法は……」

 勿論、いくらパーティに魔術師がいないとはいえ、『真名の雫』も、魔法や魔術師について全く知らないわけではない。護衛任務となれば、襲ってくる盗賊の中に身を持ち崩した魔術師がいる場合もあるのだから、魔術師の能力というものについては充分に勉強しており、戦うための訓練もしている。

 ……だから分かる、先程の3人の魔法の素早さ、正確さ、そして威力。

 オリアーナがアイス・ネイルを使ったのは、自分達の出番を完全になくさないようにという気遣い。そう、視力を奪って完全に無力化しておきながら、身体はほぼ無傷であり、『真名の雫』が『1頭は、自分達が倒した』と言えるようにという、気遣いなのであろう。5人は皆、そう考えていた。実際には、魔力が弱いオリアーナはいつも習慣的に『威力ではなく、技術で倒す』、という訓練をしているだけなのであるが……。


「別に、実戦経験がない者は弱い、というわけではありませんことよ? 私達も、机上演習、的を相手にした訓練、そして魔物の特性や弱点の徹底研究を続けて、来たる日に備えておりましたの。

 そう、あの子を捜すための旅に出ると誓ったあの日から、ずっと……」

 その、笑顔の中の、強固な意志を秘めたひとみ

『真名の雫』の5人は、少なくとも、自分達がいくら勧誘しても少女達が旅をやめてここに腰を落ち着けてくれるという可能性が全くないということだけは、よぉく分かった。

 そして、先程の魔法は、彼女達の全力ではないであろうこと。

 あのオーク達が、もしオーガであったとしても、おそらく結果は変わらなかったであろうこと。

 もし相手が人間であったとしても、おそらくは……。


「あ、あの、君達、あ……、いや、何でもない……」

 とある常軌を逸したパーティを知っているか、と聞こうとしたが、思いとどまった。

 あのパーティは、この国のハンター養成学校出身であり、この国の貴族や商家の娘が含まれているという噂だし、年齢もばらばらだ。他国から来た、修行の旅の新人達と接点があるとは思えない。


(……しかし、恐ろしい時代になったもんだ……)

『真名の雫』の面々の足が重いのは、3頭のオークの一番高値がつく部位を担げるだけ担いでいるせいだと思われる。

 というか、本人達は、そう信じていた。

 そして、『ワンダースリー』の3人は……。


「お、重いですわ……」

「マルセラ様、欲張ってそんなにたくさん担ぐからですよ! 私、言いましたよね、もっと減らしましょう、って……」

「で、でも、うちは羽振りのいいあなたの御実家とは違って、結構貧乏だったのですわよ! モニカさんも、それは充分御存じでしょう? 貧乏性というのは、なかなか抜けないのですわよ!」

 そして、貴族の娘に『貧乏』などと言われては立つ瀬がない、正真正銘の貧乏、先祖の代からの由緒正しき貧乏であり、貧乏のサラブレッドの、オリアーナであった……。

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― 新着の感想 ―
[一言] 『貧乏界のサラブレッド』… なりたくないなぁ…
[一言] 一人で引けるリアカー位は準備するべきである。
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