362 出発大作戦 5
「簡単に終わりましたね」
「そ、そうですわね……」
「あはは……」
にっこりと微笑むオリアーナに、若干引きつり気味の笑顔を返すマルセラとモニカ。
(オ、オリアーナさんは、こういう方ですわよねぇ……)
(……知ってた)
普段は温厚なオリアーナであるが、ムッとすると、温厚な表情のままで、口から必殺の火焔弾を吐く。……そして相手は死ぬ。社会的にだったり、精神的にだったり、色々と……。
「あ、ど、どうだった?」
ギルドマスター室がある2階から下りてきたマルセラ達に、心配そうな顔をした『真名の雫』の5人が駆け寄ってきた。他のハンター達も、結果が気になるのか、耳を澄ませている。
「問題ありませんわ。実戦経験が少ないこと、そして前衛なしでは討伐依頼は厳しいことを自覚しているからこそ、前衛が充実しているあなた達に合同受注をお願いしたのですから。
誰でも、最初は素人ですわ。だからといって、素人だからと何もさせなければ、いつまで経っても素人のままじゃありませんか。そう説明したら、納得して下さいましたの」
かなり脚色されてはいるが、まぁ、ギルマスにとっては体面が保てる方向への脚色なので、文句は出まい。
マルセラの説明に納得する、『真名の雫』の面々。他のハンター達も、勿論納得した様子である。あのギルマスが小娘のそんな説明に簡単に納得するはずがないこと、そして自分の支部での受注で子供に死なれたくないから、ここでは危険な依頼は受けさせず、そういうのは次の街でやらせようとする、そういう男であることをよく知っている、一部の古参ハンターやギルド職員達を除いて……。
いや、ギルマスは、決して悪い人物ではない。ただ、子供の死に関わりたくない、そしてその原因が自分の支部で受注させた依頼であって欲しくないという、まぁ、分からなくもない理由なのである。
「とにかく、そういうわけですので、問題はありませんわ。先程の打合せの通りでお願いできますかしら?」
「「「「「勿論!!」」」」」
斯くして、オーク討伐……実際には、討伐報酬より食肉納入としての儲けの方が大きい……の、合同受注が決定したのであった。
* *
「あ、しまった!」
水を飲もうとして水筒を取り落としてしまい、中身をぶちまけてしまった『真名の雫』のひとり、軽戦士の青年。
「あ、ちょっと貸して下さい。『ピュア・ウォーター!』、はい、どうぞ」
一瞬で、冷たく美味しい水を水筒に満たしてやった、モニカ。
「痛てっ! くそ、足首捻っちまった……」
「ちょっと見せてくださいませんこと? 『軟部組織修復、ヒール!』。これでいいと思いますけど、もし違和感があれば言ってくださいましね、もう一度ヒールを掛けますから。痛みだけを消すと、無理をして悪化してしまいますから、痛覚麻痺は掛けておりませんので……」
「あ、ああ、ありがと……」
「いえ、同じ合同受注パーティの仲間ですから」
礼を言う弓士の青年に、そう言ってにっこりと微笑む、マルセラ。
「あ、止まって! 動かないでください!」
「え?」
オリアーナに制止された剣士の青年だけでなく、皆がその場に停止した。
そして、剣士の前に出てしゃがみ込み、そっと1株の植物を引き抜いたオリアーナ。
「かなり珍しい薬草なんです。これを狙って探しても、そう簡単に見つかるようなものではなく、かといって、意識して探さないと、まず確実に見逃してしまうという、雑草と見分けが付きにくい薬草でして……。
これ1株で、今回の打ち上げ会、全員分の食費が賄えますよ」
「「「「「えええええっっ!」」」」」
いくら『ワンダースリー』の面々がお酒は飲まないとはいっても、それは普通の新米Cランクパーティにとってはかなりの金額である。そしてそれは、オリアーナが声を掛けなければ、間違いなく剣士に踏み潰されていたはずのものであった。
「そろそろ昼食にしましょうか」
『ワンダースリー』のパーティリーダーであるマルセラの提案に、『真名の雫』のリーダーである重戦士の青年が頷いた。こういう簡単な提案は、いちいち全員の意思を確認するまでもなく、リーダー同士の簡単な合意で了承される。……反対する者などまずいないこういう提案においては、ただの確認のようなものである。
「じゃあ……」
「土魔法、かまど形成!」
モニカがかまどを造っている間に、オリアーナが落ちている木の枝を集め……。
「水分除去!」
そして、かまどに突っ込まれた乾燥処理済みの木の枝に、マルセラが……。
「点火!」
その間に、モニカが背負い袋から何やら取り出して、広げていた。
それは……。
「「「「「紙?」」」」」
そう、それは、折り畳まれていた紙であった。
その紙を広げると、底の浅い器のようになっており、モニカはそれをその紙容器がすっぽりと嵌まるように作られた金網にセットして少量の水を入れると、かまどの上にそっと乗せた。
「も、燃えるうぅ!」
重戦士の叫びに反して、その紙の器は直火に炙られながらも、一向に燃え始める気配がなかった。
モニカはそこに更に水を足し、スープの素や乾燥野菜、干し肉等を入れ始めた。
「……どうして燃えないんだよ……。魔法か? 保護魔法とかが掛けてあるのか?」
「そんな魔法、聞いたことがないよ! それに、調理の間、ずっと魔法を掛け続けてるって言うのか?」
「「「「無ぇよ!!」」」」
そう、それは、絶対にあり得なかった。
「え? 普通の紙ですよ? ちょっと耐水性を高めてはありますけど……。こうすると、燃えないんです。友人の故郷で使われている方法らしくて、教わったんですよ。重くて嵩張る鍋を持ち歩かなくて済むから、重宝しているんです」
簡単に、そう答えるオリアーナ。
実は、アデルが前世において家族で行った和食の店で見たやり方であり、オリアーナは、勿論アデルからそれを教わったのである。
(((((魔術師と女の子、凄ええええええぇ~~!!)))))
心の中で絶叫する『真名の雫』の5人であるが、勿論、全ての魔術師、そして全ての女の子が、みんなこんなに凄くて便利だというわけではない。
そして、再び目当てのオーク探し。
しばらくすると……。
「オーク発見、数、3! 右斜め前、50メートル……」
マルセラが、皆に小声で報告した。
「「「「「どうして分かるんだよ!!」」」」」
「あ……」
アデルから教わった秘伝は、3人だけの秘密であった。直接教わったことも、それを基にして自分達で独自に開発したものも……。
ハンターになったばかりの頃の、訓練のための数回の合同受注以外は、今までいつも森での行動は3人だけであったため、ついうっかりしてしまったのである。
(アデルさんを笑えませんわ……。いえ、私はアデルさんとは違うのですわ、アデルさんとは! ちゃんと、自然な説明を……)
そして、マルセラはそっと呟いた。
「……実家の秘伝ですわ」