360 出発大作戦 3
「ここが、アデルさんがハンターとしての活動拠点に登録されていらっしゃる、ティルス王国の王都ですわね。では、早速ギルド支部に参りましょう」
「「は……、おお!」」
つい今までと同じように返事をしそうになり、慌てて言い直すモニカとオリアーナ。
そう、ハンターの間には、色々とハンター特有の定型句だとか習慣だとかがあるのだ。
ある程度の知能がある敵の前では、誰が指揮を執っているかが分からないよう、パーティリーダーや合同パーティ指揮官に対しても他の者達に対するのと同じ態度を取るとか、貴族や王族以外の雇い主にはあまり敬語は使わない、とか……。
マイルやマルセラは、仕方ない。あれは誰に対してもああいう口調なので、そういうのは『その者の喋り方の個性』として、スルーされる。
但し、レーナはちょっとぞんざいすぎる。あれは、もう少し喋り方に配慮すべきである。
かららん
いつもお馴染み、ハンターギルド統一規格のドアベルが鳴り、皆の視線が一斉に入り口へと向く。
そして、入ってきた者を値踏みして、それぞれの視線が元に……戻らなかった。
「「「「「「…………」」」」」」
12~13歳くらいの子供が、3人。しかも、全員が少女。
この街では、女性だけのパーティがいくつかある。とある目覚ましい活躍をしているパーティの影響を受けて。……女性達を自分達のパーティに勧誘していた男達には気の毒であったが。
なので、女性だけのパーティというのは、この街においては、そう珍しくはない。
但し、全員が未成年で、しかも前衛なしの魔術師のみ3人、となると、さすがにそうはいかない。
そもそも、こんな子供だけで既にそこそこの装備を揃えている、というのが、問題である。
それはつまり、今からハンター登録を行うわけではなく、もう既に登録済みであり、ハンターとして活動している、ということである。
……そして、見ない顔。
ということは、他の街から来た。……子供達だけで。
それが何を意味しているかと言うと……。
「『ワンダースリー』、修行の旅の途中ですわ」
「「「「「「やっぱりいいいいィ!!」」」」」」
心の中に留めておくべき言葉が、そのまま声に出てしまったハンターとギルド職員達であった。
しかし、それも仕方ないであろう……。
少女ばかりで、少人数。
魔術師主体で、前衛は手薄。
この街のハンターやギルド職員達には、そういう新米パーティに、心当たりがあった。
……あり過ぎた。
しかし、彼らはこう思っていた。
((((((あんなパーティが、ふたつもみっつもあって堪るもんか!!))))))
そして更に、この『ワンダースリー』というパーティは、『あの連中』より、もっと酷かった。
メンバーが、たった3人。
前衛ゼロの、魔術師のみ。
成人していると思われる者が、ひとりもいない。
遣り手と思われる者、図太くて腹黒いと思われる者がひとりもおらず、無知なド素人丸出しの子供が3人。
貴族か金持ちの娘らしき少女。
どう見てもただの平民にしか見えず、武術や魔法での戦闘に長けているとは思えない、動作や身のこなし等が全くの素人である少女、ふたり。
((((((死ぬ! すぐ死ぬ! もしくは、すぐに騙されて、違法奴隷として売られる!!))))))
皆がそう思うのも、無理はなかった。
というか、あまりにもカモネギすぎて、自分達が騙してやろうとか食い物にしてやろうとかいう気にもならなかった。
((((((…………))))))
そして建物の中に広がる、何とも言えない雰囲気と、静寂。
「では、依頼ボードを確認しますわよ」
「「はいっ!」」
マルセラの言葉に元気に返事して、一緒に依頼ボードの方へと歩いていく、モニカとオリアーナ。
今回は、うっかりと、『おお』ではなく『はい』と返事してしまったが、まぁ、大した問題ではない。
そして、じっくりと依頼ボードを眺める、マルセラ達。
マルセラ達は、アデルとは違って、馬鹿ではない。なので、自分達がCランクハンターとしては異例の若さであること、人数も職種バランスも酷いものであること、そして自分達のことを知らないハンターやギルド職員からは奇異の眼で見られたり、絡まれたりし易いことを充分に承知していた。
なので、自分達が入ってきてからギルド内の空気が……というか、静寂が広がったことに、ある程度は納得していたのであるが……。
(((いつまで続くのでしょうか、この静寂は……)))
予想を遥かに超えた反応に、さすがに、少し動揺していた。
マルセラ達『ワンダースリー』は、夜中に王都を出発し、そのまま真っ直ぐに隣国ティルス王国の王都を目指した。
勿論、以前会った時に、アデルに本拠地としている街の名を吐かせておいたのである。
そして、途中でハンターとしての仕事をすることなく、移動と街での宿泊を繰り返し、先を急いだ。その途中、大きめの街で魔術師のハンターらしい服装を買い揃え、一応は新米ハンターとして違和感のない服装にしている。それくらいのお金は、モレーナから渡された準備金で充分事足りた。
お揃いの短剣は少々浮いているが、ナイフ代わり兼緊急時の近接戦闘用として装備しておくのはおかしくはないし、仲良し3人組がパーティ結成時にお金を叩いて、お揃いの短剣を買ったというのは、微笑ましいものである。主武器は勿論、経費としてモレーナに買って貰った杖である。
なので、ごく普通の駆け出しパーティ、但し少々若くて人数が少なくて職種バランス最悪、というだけなのに、あまりにもギルド内の空気がおかしいため、決して後ろを振り向くことなく依頼ボードを眺め続ける3人であったが……。
(おい、マズい依頼は残っていたか?)
(いえ、難易度が高いものは受注済みです。岩トカゲの素材採取も、ワイバーン討伐等の『赤い依頼』もありません。Cランクパーティが受注できるもので、特に危険度が高いもの、素性の怪しい依頼等は残っていません)
(よし!)
ギルド職員の間で、密やかにそういう会話が交わされていた。
「……ありませんわねぇ……」
「はい、適当な依頼がありません」
「常時依頼にしますか?」
マルセラ達は勿論、ここでアデルと合流するつもりであった。そしてしばらく行動を共にした後、一緒に旅に出るつもりなのである。
……ここは、少し母国に近すぎるので。
しかし、聞き込みをしてアデルを捜し回るのではなく、自然に出会えるのを待つことにしていた。
こんな中途半端な時間にギルドに来て、一発でアデルに会える確率は低い。それに、余所者が到着早々に他のハンターのことを嗅ぎ回るというのは、地元ハンター達の疑念を招き、揉め事の元となるだけであった。
なので、自分達が経験不足である討伐依頼を受けて訓練しつつ、偶然会えるのを待つ、ということにしたのである。
どうせ数日以内に会えるであろうし、今まで1年8カ月も待ったのであるから、今更数日延びたところで、どうということはない。それまでに、まだ経験したことのないオーク狩りの経験を積んでおくのも悪くはあるまい、と考えたのである。
……討伐経験が、ゴブリンとコボルト数回ずつ、それも他パーティとの合同で、というのは、Cランクパーティとしては、ちょっと恥ずかしすぎる。
そう思っているのであるが、未経験のオーク討伐を『ワンダースリー』の3人だけで、というのは、少し心細い。何より、パワータイプの相手に対して、前衛なし、というのは、普通であれば自殺行為であった。……『普通であれば』。
「……あら?」
眼が大きいだけあって優れた視力を持つマルセラが、先程から依頼ボードの横で立ち尽くしている10代後半くらいの5人の青年達に眼を留めた。……正確には、その内のひとりが手にしている、1枚の依頼カードに……。
「ちょっと、それ、見せてくださいませんこと?」
「は、ははは、はい!」
緊張でガチガチになって、慌てて依頼カードをマルセラ達に差し出す、16~17歳くらいの青年。
自分より3~4歳くらい年下の少女に対してのその態度は些か情けないが、ギルド中の注目を集めている相手であること、明らかに貴族っぽい『高貴なお方オーラ』を出していること、そして自分の幼馴染み達には存在しなかった、上品で柔らかな物腰の美少女から微笑まれてそんなことを言われたら、無条件で差し出す以外の選択肢なんかあるはずがない。
「……やはり、オークの素材入手の依頼ですわね。先程、ちらりと『オーク』という文字が見えたような気がいたしましたの。
どうでしょう、皆さん、駆け出しでまだオーク討伐の経験がない私達に、合同受注をさせてはいただけませんこと? 勿論、こちらは勉強させていただくわけですから、報酬金は要りませんわ。
そうですわねぇ、私達に運べるだけの素材を頂ければ、それで充分ですわ」
元々、マルセラ達だけでは、たとえオークを倒せたところで、持ち帰れる素材(食用肉)など、ごくごく一部に過ぎない。そしてそれは、彼らにとっても同様であろう。5人やそこらで、森からここまでオーク1頭丸々を運べるわけがない。
ということは、実質、彼らにとって金銭的損失は無きに等しい、ということであった。
それに対して、魔術師3人が無料で雇えるということは、戦力的にも、怪我をした時の治癒要員としても、水樽代わりとしても、かまどの着火要員としても、とにかく便利で役に立つ。どのパーティも、できれば魔術師をひとりでも入れたいと熱望しているのである。
そして、……そして、美少女揃い。
「「「「「喜んでっっ!!」」」」」
それ以外の返事が、あろうはずもない。