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359 出発大作戦 2

「やっと終わりましたわね……」

 面倒な儀式や訓示が終わり、国王陛下への誓い、そしてその後、直接お仕えする第三王女殿下への誓いを終え、ようやく自分達の部屋でひと息吐いた、マルセラ達。

 元は侍女達の部屋であったもののうち、3部屋が新設の女性近衛分隊のために空けられ、3人ずつの3組に分かれて部屋が与えられている。密着しての護衛であるから、第三王女殿下の部屋に近いところを近衛に与え、侍女達には少し離れた部屋へと移って貰ったのである。

 王女殿下の安全のためとあっては、侍女達も文句は言えなかったし、おそらく、言うつもりもなかったであろう。


 今日はこのまま休憩と自由時間であり、基礎教育と訓練は明日から始まる予定である。

 ……そう、『予定』であった。

 そしてマルセラ達は、この言葉を知っていた。彼女達の親友、アデルから聞いた、そしてモニカがこまめに書き記していた、『アデル語録』の中にある、この言葉を。

『予定は未定であり、決定ではない』

 そう、『予定』はあくまでも『予定』であり、決定でもなければ、確定でもないのであった。


 コンコン


 そしてまた、正式な『予定』にはないこと。しかし、マルセラ達にとっては『計画通り』である、ノックの音がした。


     *     *


「では、予定通り、ということで……」

 簡単な打合せの後、第三王女殿下、モレーナが話を締めた。

 そして、今まではのんびりとした顔でマルセラ達と話をしていたモレーナが、表情を引き締め、しっかりとした口調で皆に告げた。

「それでは、我が専属である女性近衛第1分隊第3班、別名『特捜隊』に対し、命令を下します。

 第三王女、モレーナの名において命ずる。消息を絶ったアスカム子爵家現当主、アデル・フォン・アスカムの捜索、及び母国である我がブランデル王国への連れ帰りを命じる。

 行きなさい、我に忠誠を捧げし、我がつるぎ。特捜隊、コードネーム、『ワンダースリー』!」

「「「ははっ!」」」


 そして、モレーナが部屋を後にすると、マルセラ達は近衛の制服を脱ぎ、学園の時と同じく、ベッドの上へ並べた。こうしておくと、後で侍女が洗濯してチェストに仕舞ってくれる。

 そして学園から着てきた私服に着替え、武器を装備した。

 剣は、部屋の隅にある剣立てに立てておく。こんな重くて使いにくいものなんか、持っていくわけがない。3人共、剣などまともに使えるはずがないし、これから先、第一優先は自分の身を護ることであるから、こんなものは役立たずのお荷物に過ぎない。


 彼女達が身に着けるのは、モレーナが分隊の予算で買ってくれた、3人それぞれに合ったスタッフと、短剣のみである。

 短剣は、予備武器として、そして森を進む時のなた代わりにも、料理の時の包丁代わりにもなる便利なヤツなので、一応、腰に提げておく。

 勿論、新米魔術師は不意打ちや近接戦闘に弱いと思い、ふざけた真似をしようとする者が出ないようにとの『お守り代わり』という意味もある。いつでも素早く抜ける短剣を提げていれば、もし本気で反撃されたら、と思うと、悪党のうち何割かは、襲い掛かるのを躊躇うかも知れない。


 そしてスタッフは、勿論、ハンターの魔術師としての基本装備である。

 呪文の詠唱に意識を集中しつつ、脳のリソースをあまり割くことなく適当に振り回し、自分に近付く至近距離の敵を打ち据え、追い払うための武器。

 また、まだ若く非力な少女が持つそれは、とても一撃で相手に致命傷を与えられるようには見えず、確実に、相手に自分をあなどらせることができる。それは、戦いにおいて、勝利の女神の頭を引っ掴んで、無理矢理自分の方を向かせられるだけの効果があった。


 そして準備を整え、背負い袋と水筒を身に着けると、マルセラが宣言した。

「目標、アデル・フォン・アスカム。『ワンダースリー』、出撃!」

「「おお!!」」

 ハンター式の掛け声である。

 当たり前である。彼女達は、ハンターなのだから。

 ……『近衛兵』は、建前上、つまり名目だけであり、実質的には、しばらく休業である。

 僅か半日。短い兵士稼業であった……。


     *     *


 そして数時間後。

 3人は、既に王都を離れ、星明かりを頼りに街道を歩いていた。このまま夜通し歩き続け、明日はやや早めに宿を取るつもりであった。

 そのために、昨夜はたっぷりと寝ておいたのである。


 王宮に強力なコネができると大喜びのマルセラとモニカの家族が、いつになっても娘が実家に顔を出さないことを不審に思い始めるまでには、かなりの日数がかかるであろう。近衛の新米教育が大変であることは、民間にも広く知られていることであるから。

 そしてオリアーナの家族は、娘が1年やそこら帰省しなくても、何も不思議には思うまい。

 ギルドには、マルセラ達が学園卒業後は王宮勤めとなることを伝えてあり、普通であればその時点でハンターは引退するところであるが、マルセラ達がハンターとしての籍は残し、登録が失効しない程度には時々仕事をする、と伝えたため大喜びされ、ハンター資格の維持に成功している。

 絶対にハンターの身分を失うわけにはいかないため、そのあたりは慎重に計画してあった。


 そして更に、『ワンダースリー』のパーティメンバーとして、もうひとりを追加登録してあった。

 ハンター登録したばかりの新米、Fランクハンターの『モレン』、である。

 これによって、モレーナは『ワンダースリー』のギルド預金の残高を確認することや、その残高が残り少なくなった場合には王都支部で入金することができる。また、ギルド支部留めの『ギルド便による連絡』を窓口で受け取ることも可能である。 ハンター登録は、偽名……ではなく、『新たな名』で登録しても問題はないし、名前の最後のスペルを書き忘れただけなので、何の問題もない。 そして、『ハンターの過去を詮索してはならない』という規則により、誰も突っ込めない。たとえその人物が、誰が見ても、明らかに第三王女殿下であったとしても……。


 基本的には、マルセラ達は、旅の間の生活費は自分達で稼ぐつもりであった。本拠地以外のギルド支部でお金を引き出すのは、本拠地への照合が必要であるため、かなりの手間と時間がかかるため面倒だからである。(その支部で新たに預金した分は、本拠地のギルドへの送金処理をしない限り、いつでも出し入れできる。)

 しかし、万一の場合には金銭的支援が受けられる、というのは、精神的な安心感がある。旅先で、いつ大怪我をするか、いつ病気になるか、そしていつ賊の手に落ちるか、誰にも分からないのだから……。


 そして、出発に際して、3人は在学中に稼いだお金を、いったん精算していた。

 自分達の修行とランクアップのために受けていたギルドの仕事であるが、上級貴族や金持ちの子女の護衛ばかりであったため、かなりの額となっていたパーティ資産を3等分し、それぞれの取り分としたのである。

 マルセラは、それを個人名義でのハンターギルド口座へ。モニカは商業ギルドに口座を作って。そしてオリアーナは全額を田舎の家族に送金し、からっぽになったパーティ口座には、モレーナから支払われた準備金のみが入金された。

 旅の間は、全ての収入と支出はこのパーティ口座で賄う。個人的な使用には、適宜、3人同時に同額をお小遣いとして支給する。誰かがお金が必要になった時には、その都度、全員に同額を。


 近衛兵としての給金は、毎週、マルセラとモニカはそれぞれハンターギルド、商業ギルドの個人口座へ入金。オリアーナは、田舎の家族の許へと送金される。これで、オリアーナの家族に対する義務も果たせるため、安心である。

 もし旅先で倒れ、帰らぬ者となった場合には、それぞれの家族に充分な額の弔慰金と殉職者慰労金が出るであろうし、オリアーナの奨学金返済義務はその時点で消滅する。そして皆の家族には、『王女殿下の特命に命を捧げた、忠義の殉職者』としての名誉が伝えられるので、何の心配もない。名誉とお金を残すことができれば、家族も納得してくれるであろう。


 夜は、まだまだ長い。

 そして夜が明けても、そのまま昼過ぎまでは進み続ける予定であった。

 その後は、早めに宿を取る。

 1年8カ月待ち続け、遂にやってきた、この日。

 親友、アデルと共に、冒険の旅へ。

 この心と身体のたかぶりは、半日やそこら歩いただけで治まりそうにはなかった。


「いよいよですわね……」

「いよいよですね……」

「はい、いよいよです……」


「皆さん、参りますわよ!」

「「おおっ!!」」


     *     *


「……私も、行きたかったですわよ! ええ、それはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれは、一緒に行きたかったですわよっっっ!!」

 ベッドの中で、シーツを噛んで悔しがる、ひとりの少女。

「そりゃ、皆さんは、いいですわよ。楽しい旅に出られて……。

 私はこの後、今回の計画が全て露見して、おとうさまやおかあさま、兄様やヴィンス、大臣や近衛の人達、マルセラちゃん達を女性近衛分隊にねじ込むために協力を仰いだ人達、その他大勢に叱られまくるのですわ! そして、当分の間は、外出禁止とお小遣いカットとお勉強の時間を増やされるのですわ!

 割が合いません! 貧乏くじですわ! 理不尽ですわっっっ!!」


 泣きが入るモレーナ。

 しかし、全てを承知でマルセラ達からの話に乗ったのであるから、文句は言えない。

 マルセラとアデル、どちらかを義姉に、そしてどちらかを義妹にするという野望のために、承知で乗ったヤバい橋、冒した危険なのである。

 あとは、成果を待つばかり。

 そう信じて、第三王女モレーナは、全てが露見するまでの平穏な半日間を過ごすのであった。

 まさか、マルセラ達があのような裏切り行為を企んでいるとは、思いもせずに……。

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― 新着の感想 ―
[良い点] やはりマルセラさん時間稼ぎしちゃうのか~~(;^ω^)
[一言] モレーナさん何にも悪いことしてないのに災難だなー
[一言] 中間管理職は、いつだって理不尽な役職。
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