355 造られしもの、護るべきもの 2
(な、ななな……)
再び、思わず声を出してしまったマイルであるが、驚いているレーナ達に『何でもない!』と手を振って、会話を継続。
(ど、どういう……)
【どういうも何も、管理者達の直系の子孫であり、ここの施設の意味を理解し、本来の目的に沿った指示を出せそうなのは、マイル様しかいないでしょう。そして我々の存在を、『管理者』達が残した他のシステムだと思っているのかもしれませんね。まぁ、そう判断しても無理のない状況ですから。……なので、その我々を使っているマイル様に自分達も、と判断するのは、当然のことでしょう】
(…………)
一時は動転したマイルであるが、既にここの機械知性達に感情移入してしまっており、少しでもこの機械達のモチベーション維持の役に立てるならば、と考えていた。
(別に、ずっと私がここの司令室とかに座っていなきゃならない、ってことじゃないよね?)
【はい、勿論です。2~3の指示を出してやれば、あとはここを立ち去っても構いません】
(……なら、いいか。いいよ、引き受ける。で、何て指示を出してあげればいいの?)
ナノマシンは、一瞬の間を置いて、マイルに告げた。
【ゴーレム達の、行動範囲制限の撤廃。修理範囲制限の撤廃。そして、個体数制限の撤廃。この3件です。これによって、修理のための素材収集範囲が広がり、この装置の延命が可能となります。
また、ゴーレム関連の部署だけでなく、他の部署の修理や、それらの部署にある器材や素材を使うことができるようになります。そして、利用可能となった素材を使い、修理用のスカベンジャーの個体数を増やすことが可能となります】
(なる程、妥当な要望だね。……よし、承認!)
そしてその後、マイルはナノマシンを通じて端末装置にいくつかの指示を付け加えた。
知的生命体、つまりヒト族である人間、エルフ、ドワーフ。それに獣人と魔族、妖精や古竜、おまけに、いるかどうか分からないけれど、精霊とかその他色々、とにかくその手のもので、敵意や悪意を示したり、攻撃してきたりするもの以外には、なるべく危害を加えないように。
絶対手出しするな、とか指示すると、すぐに人間達に滅ぼされてしまうだろう。
わざわざこんなところまで来て喧嘩を吹っ掛けるような相手に、配慮してやる必要はない。死にたくなければ、自分達が引き揚げれば済むのだから。
ここは、『その時』に、この世界を守るためにと、大昔の人々が残してくれたものだ。たとえその機能の殆どを失い、ガラクタ同然となっていても。それでも、残しておくべきものであった。
そして、孤児達をそれとなく守り、サポートしてやって欲しい、ということ。
『あの連中』が来たら、その時の人数では絶対に勝てない数のゴーレムを出して、追い返すこと。向こうが引き下がらない場合は、あらゆる手段での排除を許可する。
そして最後に、他の者に対して異次元との裂け目を開くことのヒントになりそうな情報を提供することの、禁止。
ナノマシンに、以前そのような情報を人間に提供したかどうかを確認して貰ったところ、そのような事実は確認できなかったらしい。メモリ破損か何かで記録が失われたのか、元々そんな事実はなかったのか……。
ここの状況から、そんなことはなかった、という方が濃厚であった。
ここの者達は現在のヒト族の言葉を喋らないし、教祖とやらがマシン語で話ができたとも思えない。それに、そもそも、異次元に関する話題が出るとも思えないし、それを示唆するような絵や魔法陣が描いてあるわけでもない。
教祖とやらに、どこで、何があったのか。
それは、ここで起こったことなのか。それとも、あの連中が、間違ったルートを辿ってしまっただけなのか。今となっては、確認のしようもない。
しかし、結果的には、そのおかげでマイルは貴重な情報を手に入れることができたし、あの連中は、永久に正解に辿り着くことはない。……なにせ、ここが『間違った場所』だということを知ることは永久にできないのだから。
修理が進み数が増えるゴーレムと、修理範囲が広がり他の警備システムも復活したりすると、あの程度の人数でどうこうできることはないだろう。
「よし、撤収です!」
「な、何よ、いきなり!」
何やら機械に指を押し当てたまま、ずっと黙り込んでいたマイルが急に大声を出したため、ビクッとしてしまったレーナが文句を言った。
「情報収集は終わりました。少なくとも、ここのゴーレムやスカベンジャーが、自分達を攻撃した者以外に危害を加えることはありません。そして、あの連中とは全く関係ないということも分かりました。あの連中の、勘違いらしいです。
あの連中は、孤児達に危害を加える事はありませんし、ゴーレム達も問題なし。連中がゴーレム達に返り討ちに遭おうがどうしようが、私達には関係ありません。
……つまり、依頼任務完了、ということです! ……あれ? どうしました?」
「「「…………」」」
黙り込んだままの、レーナ達3人。
「どうやって、それを知ったのかな?」
珍しく、レーナではなく、メーヴィスが突っ込んだ。胡乱げな表情で。
そして、マイルの答えは、いつもと同じであった。
「……じ、実家の秘伝です!!」
そして、何とか仲間達をごまかしたつもりのマイルが帰ろうとした時……。
【マイル様、このままだと、この端末装置はあと数百年で機能を停止します】
(う、うん、さっきそう言っていたよね。でも、素材収集範囲が広がったから、少し延命できるって……)
【マイル様、このままだと、この端末装置はあと数百年で機能を停止します】
(……うん、だから、さっきそう言って……)
【マイル様、このままだと、この端末装置はあと数百年で機能を停止します】
(もう! 何が言いたいのよ、はっきり言ってよっ!!)
【マイル様、このままだと、この端末装置はあと数百年で機能を停止します】
(怒るよっ! いい加減に……、あ)
マイルは、ようやく気が付いた。ナノマシンは、決してふざけたりマイルをからかったりしているわけではないということに。
……言いたくても、言えない。
禁則事項。
だから、必死にマイルに訴えているのだと。気付いて欲しい、察して欲しい、と。
(……ナノちゃん、この装置を修理できる?)
【禁則事項です】
(駄目か……。あ、じゃあ……)
マイルは、端末装置に向かって、呪文を唱えた。
「メモリ修復、基板更新、光ファイバー、回路全開! リペア!!」
しゅううぅ、と光が渦を巻き、端末装置を包み込んだ。
そして数秒後には光の渦は消え、そこには、……全く変わった様子のない、端末装置の姿があった。
しかし、マイルには分かっていた。自分が正解を引き当てたこと。そして、外見は変わっていなくとも、その端末装置はナノマシン達による修復作業を受けたのだということが。
自分達の判断で行うことはできなくとも、『魔法として、思念波で命じられたならば、善悪や自分達の意思とは関係なく、それを遂行する』。それが、ナノマシン達が自分達の造物主から受けた命令なのだから。
そして、それが正解であった証拠に、ナノマシンからの、傷がついたレコードのような繰り返しは止まっている。
「……子供達のところへ戻りましょう」
そう言ったマイルに、こくりと頷くレーナ達。
そして、扉を開けてくれたスカベンジャーの後に続き、部屋を出る『赤き誓い』の4人。
扉が閉まる寸前に、マイル達には聞こえない、そして感知することすらできない方法で、ナノマシンがメッセージデータを送信した。自分達とは異なるものにより造られたものではあるが、同じ被造物として、遥か昔に受けた指示を守り続けている『同類』に対して。
【お前達の出番は近い。その使命を果たし、造物主達の期待に応えるがよい……】
そして、端末装置は、チカチカと表示ランプのようなものを点滅させた。先程、機能を回復したばかりの、その表示ランプのようなものを……。
それはまるで、お礼を言っているように。そして、『任せろ!』と叫んでいるようにも見えた。
* *
それからかなりの日数が経ったあと。
岩の隙間のように偽装された出入り口から、ぞろぞろと何かが這い出てきた。
そしてそれらは、バラバラに別れて、各方向へと散っていった。
あるものは、地下資源を求めて。
あるものは、もっと手っ取り早く、ヒト族や他の知的生命体の居住地域からこっそりと素材を戴きに。
……そしてあるもの達は、修理のために。
遥か遠くの、目的地へと……。
今までは、破損すれば修理され、完全に破壊されても、その部品や素材は仲間達によって回収され、再利用されていた。
……それは、無駄死にではない。造物主様の御意志に沿った、大きな輪廻の一環に過ぎない。
しかし、遠方の地で倒れれば、その身体は素材として回収され再利用されることなく、無駄に失われる。無駄死にであり、輪廻の輪から外れ、本当の『無』となる。
それは、生物達が言うところの、『死』という概念に近かった。
その、『死』を覚悟しての、まさに、『決死隊』。
彼らは進む。
修理を待つ、これから出会うであろう、仲間達の許へ。
そして、マイルは知らなかった。
自分が、いったい何をやらかしてしまったのかということを……。