354 造られしもの、護るべきもの 1
「これは……」
マイルに続いて部屋に入ってきたレーナ達も、それを見て立ち竦んでいた。
そして、ナノマシンの説明がマイルの鼓膜を振動させて伝わる。
【この者には、マイル様のことをこう説明しています。
この者達を造りし種族の末裔であること。機械文明について正確に理解でき得る、おそらく現時点においてこの惑星上に存在する唯一の生物であること。そして、『敵』についてある程度の認識をしており、それらと戦ってこの世界を守る意思を持つ者である、と……】
(何よ、それええぇっ!)
【全て真実であり、嘘も、誇張も、そして詭弁や詐欺的言い回し等もありません】
(う……。まぁ、それはそうかも知れないけど……)
マイルは、その点は、素直に認めた。
この世界の人間は、全員が先史文明を築いていた人々の子孫であるのは間違いないであろう。そして自分がここのシステムの存在が意味すること、あの時空間の裂け目や、そこから侵入したであろう魔物達の存在を知っており、そしてそれらから人々を守りたいと思っていることは、全てその通りであった。そして、自分の他にそれらを正確に理解している者がいるとは思えなかった。
(でも、それを素直に信じてくれるかなぁ?)
何の証拠もないのに、いきなりそんなことを言われて、冷徹な計算結果が全てであろうコンピュータがそんなことを信じるであろうか。マイルがそう心配するのも、当然であろう。しかし……。
【マイル様のゲノム情報を提供しました。そして、既にあの者も自身でマイル様のゲノム解析を実施、データ照合を終えています。また、我々の存在と、我々がマイル様をサポートしていることから、マイル様が持っておられる情報量を疑う余地はありません】
(あ、そりゃそうか……。って、ゲノム情報って、そんなに簡単に解析できるのっっ!)
地球の科学力では、到底及ばない技術水準であった。
「マ、マイル、どうしたのよ!」
ここまで案内してきたスカベンジャーは、壁際で静止している。
そしてマイルは普通にナノマシンと話を進めているが、レーナ達には、マイルがただ黙り込んで突っ立っているようにしか見えない。なので、自分達には何が何だか全く分からないため、マイルに頼るしかないのであった。
しかし、マイルとしても、ナノマシン経由で話を進めるしかなく、レーナ達に構っていては話が進まない。
なので、数歩前へと進み、ナノマシンが言うところの『省資源タイプ自律型簡易防衛機構管理システム補助装置、第3バックアップシステム』とやらの本体に向かって右手を差し伸べて、そっと人差し指を押し当てた。
「この、ゴーレムの親玉と意思疎通を試みますので、しばらく話し掛けないで下さい……」
「え? ……え、ええ、分かったわ……」
全くのデマカセであるが、真剣な表情でそう言われては、レーナとしてはそう答えるしかなかった。そして、レーナ達からの干渉がなくなったマイルは、ナノマシンとの会話に集中した。
(……で、やっぱり、ここは古代文明の遺跡で、ゴーレムは防衛システムの一部なのね? 省資源タイプで、自律型の、簡易防衛機構とやら言う……)
マイルの質問に、ナノマシンはすぐに答えてくれた。
【はい。メインとなるシステムはとっくに機能を停止し、サブシステム、バックアップシステム等、全てが機能停止。今では、細分化された個別業務を管理する末端システムの、予備の、更にそのバックアップシステムのバックアップシステムが、かろうじて機能の一部を維持しているに過ぎません。それも、あと数百年、保つかどうか……】
(数百年? まだまだ保つじゃない!)
自分の寿命より遥かに長いではないか、と思うマイルであるが、それは、マイルが人間の時間感覚で考えているからである。悠久の時間を生きてきたナノマシンや、この末端装置にとっては、その残された時間は、ごく僅かなものなのであろう。
マイルはこの末端装置と直接会話することができないため、とりあえずナノマシンに情報を聞き出して貰い、それを簡単に纏めて教えて貰うことにした。そして……。
【聞き終わりました】
(早いよ!)
1秒も掛からずに、ナノマシンの情報収集は終わったのであった。
そして、それによると……。
次元空間の裂け目。異形の者共の大量侵入。破壊と混乱。崩壊。そして脱出。
この世界を見捨てることなく残られし、7賢人。
スーパーソルジャー計画。7分の1計画。その他、様々な計画案。
謎のエネルギー源の発見。それを利用するための、新たな計画。
……計画名のみであり、詳細は不明。それらが採用されたのか、そして完成したのかどうかも。
そして、各地に造られた、防衛拠点。
長い長い時が過ぎ、いつしか管理する人々の姿は消え、中枢システムが自動的に維持管理を続けていたが、数百年、数千年であればともかく、数万年、数十万年の時の流れは、あまりにも強力な破壊力を持っていた。
かなりの冗長性を持たされてはいても、物事には、限度というものがあった。
そして全ては滅び、今、ここでまた、ひとつの末端システムが終焉を迎えようとしている……。
(え? 侵入者の正体は? 色々な計画はどうなったの? 管理者達はどうなったの?)
【メモリの欠損部分が多く……。それに、そもそもこのシステムは情報中枢とかではありません。単なる、省資源タイプ自律型簡易防衛機構管理システム補助装置、第3バックアップシステムに過ぎないのですから……。
これでも、おそらく、上位システムが機能を停止する寸前に、必要と思われる情報を送り込んだのでしょう。この装置の本来の任務に必要な情報とは思えませんから……】
言われてみれば、確かにその通りである。警備員に、会社の経営方針や機密情報を知っておく必要があるとは思えない。
【まだ、ここはこの端末がかろうじて一部の機能を維持しているため、省資源タイプ自律型簡易防衛機構、つまりマイル様達が言われるところの『ゴーレム』を管理することができ、ここに対する直接の危害を企図した場合を除き、ヒト族に対する攻撃を抑制したり、危険性の大きな魔物を駆除したりする指示を出せていたのでしょう。
そしてこの端末が機能を停止したあとは、他のゴーレムの生息域と同じく、残されたゴーレムとスカベンジャーによる、最後に受けた指示を守るだけの単純行動が続けられることになるでしょう。
修復器材や素材の枯渇、ヒト族や魔物、その他の生物による襲撃、天災や地殻変動等、何らかの理由による壊滅で、その全機能が失われる日まで……】
その日を迎えるのは、悲劇なのか。
それともそれは、主を失ったこの機械達にとっては、待ち望んだ安息の日なのか……。
(……修理は? ゴーレムや自分自身を修理できるスカベンジャーがいるのに、どうして端末を元通りに修理しないの? 機能を停止した上位システムとかも……)
マイルの疑問に、ナノマシンが答えた。
【権限が、大きく制限されているようです。自律機械が行動できる範囲、知的生命体と関わることのできる条件、そしてこの施設内においても、それぞれに与えられた権限以上のことは、上位システム、もしくは管理者からの指示がない限りは勝手に行うことはできない、と……】
(あ、そりゃそうか……。人間より優れた機械知性体が、自分の勝手な判断で自由にやらかし始めたら、大変なことになっちゃうか。だから、権限は大きく制限しておいて、必要な時には、上の者が指示すればいい、ってことか。
……でも、その『上の人達』や、上位システムとかが全部いなくなっちゃったら……)
【なので、自分の管轄以外の部署の素材を勝手に使うことは出来ず、許された行動範囲内で手に入る資源にも限りがあり、次第に補修部品が枯渇、共食い整備や劣悪な代替部品を用いることによって最後まで残ったのが、この末端装置というわけです】
(…………)
仕方のないこと。
形あるものは、必ず壊れる。諸行無常。人の命も、また同じ。
永遠の生命を持つかに思える機械知性体も、悠久の時の流れからすれば、ほんの一瞬の火花に過ぎない。
(人間五十年、下天の内をくらぶれば、夢幻の如くなり……)
思わず、心の中でそう呟いた、マイル。
ここで言う『人間五十年』とは、人間の寿命が50年しかない、ということではない。
『人間』ではなく、『人間』。
つまり、人間の世界では50年のことであっても、天界のひとつである下天では、僅か一昼夜のことに過ぎない。何と儚きことか、という意味である。
自分にできることは、何もない。
孤児達も、この装置が最後を迎えるまでには、とっくに成人して巣立っているだろう。
……何も問題はない。
あとは、黙って撤収すればいい。ただ、それだけのことである。
そう思って、マイルが装置からそっと指を離そうとした時……。
【この装置が、マイル様に頼み事があるそうです】
「え?」
あまりにも意表を衝かれたナノマシンの言葉に、思わず声を出してしまったマイル。
(な、何を頼みたいって?)
【はい、この者達の造物主である人々の子孫であるマイル様に『管理者』としての権限を引き継いで戴き、指示を仰ぎたいとか……】
「えええええええ~~っっ!!」
『モバイル版のサービス提供終了は「2019年1月29日14時」となります。』
ということで、携帯で読んで戴いていた読者さんのうち、他の手段に移られない方には、書籍が出るまで、しばしのお別れとなるのかも……。
残念です。
今まで、ありがとうございました。
できれば、他の手段でお読み戴ければ嬉しいのですが……。
そして、しばらくのお別れとなる方には、できれば、今週の金曜零時に更新の分、355話まで、誰かのスマホで読ませて貰うとかで、読んで戴けないでしょうか。
そこで、切りの良いところになりますので……。
何卒、355話まで!(^^)/