353 山に潜むもの 9
しばらく経つと、再びシャカシャカとやってきた。……スカベンジャーが。
「どうぞ、お受け取り下さい!」
そう言って、ずいっ、と地面に置いた金属類を相手の方へと押し出すマイル。
それをじっと見るスカベンジャーは無表情であるが、追加の貢ぎ物を『ありがたい』と思っているのか、『一度に出せよ!』と思っているのか……。
そして、マイルが更に押し出した金属類を見て、再び『赤き誓い』の面々の姿をじっと見て、……金属類を掴んでその場を去ろうとしたスカベンジャーに、すかさずついていこうとする『赤き誓い』。
しかし、すぐにまたゴーレム達が前方を塞ぎ、『赤き誓い』の前に立ち塞がった。
どうやら、即座に攻撃、というモードではないらしい。
「贈り物が効いてます! どうやら、友好的な相手だと認識されているようですよ!」
マイルが言う通り、普通であれば、これ以上先へと侵入を試みる相手は強制排除の対象となるのであろうが、ゴーレム達の態度は、やんわりと拒否する、といった感じであった。
スカベンジャーも何事かと思ったのか、足を止めて振り向いた。
「ついて行っちゃ駄目ですか? これも貢ぎますから……」
そう言って、マイルが収納から『それ』を取りだした。
「はい!」
自分に向けて差し出された『それ』を見て、凍り付くスカベンジャー。
『…………』
そう、それは、岩トカゲ狩りの時に倒したロックゴーレムから回収したまま、マイルの収納に入れっぱなしになっていた、アレであった。
……ロックゴーレムの胴体の中心部にあった、金属製の球体。
しばらく固まっていたスカベンジャーは、上の2本の手でその球体を受け取り、大切そうに胸に抱え込んだ。そして下の2本の腕で金属類を無造作に掴み、その場を後にしようとした。
……どうやら、その球体は、金属屑などより遥かに重要なものであるらしかった。
そして、そのあとに続こうとする『赤き誓い』。
そして、それを遮るべく、再び『赤き誓い』の前に立ち塞がるゴーレム達。
「駄目かなぁ……。教祖様とやらが行けたんだから、大丈夫かと思ったんだけど……」
「得体の知れない相手を、そう易々と自分達の本拠地に連れ込んだりはしないんじゃないかなぁ?」
マイルが首を傾げながら言った言葉を、メーヴィスがばっさりと斬り捨てた。
……正論である。
「そうだ!」
そして、何やら思い付いたらしい、マイル。
(ナノちゃん、同じ被造物仲間として、意思疎通はできない?)
【なっ! このようなもの達と、我らを同一視するとは! いくらマイル様でも、言って良いことと悪いことが!!】
(あ~、ごめん! 悪気はなかったんだけど……)
【このような侮辱をしておきながら、悪いこととは思っていない、ですと! 『悪気はなかった』ということで、平然とそんなことを言えるということは、これからも平気でそう思い続けるということに……】
(あ~、面倒くさいなぁ……)
本気なのか、冗談でふざけているだけなのか……。
とにかく、ここはナノマシンに頼むしかない。
(そこを、何とか! あとで何か埋め合わせをするから!)
【にやり……】
(どうしてそこで、擬音を口に出すのよ! ……口じゃないけど……)
そう、マイルの鼓膜を直接振動させているだけであり、『口に出して』はいない。
【では、意思疎通を試みます。この者達は、マイル様達からすると『遙かな昔』になりますが、その頃にヒト族の間で使われておりました古代語、そしてこの世界の被造物同士での高速情報交換に用いられるデータ転送フォーマット等、いくつかの情報交換手段が使えるようですので……】
そして、1~2秒後。
【マイル様達が向こうの施設を訪問する許可が取れました】
(早いよ!)
【高速情報交換用のデータ転送フォーマットですので……】
(ああ、コンピュータの思考速度そのままでの会話かぁ……)
それは、早くて当たり前である。
「何か、ついていっていいみたい」
しばらく黙り込んでいたかと思えば、いきなりそんなことを言いだしたマイル。
そして事実、ゴーレム達は進路を塞ぐのをやめた様子。
「「「…………」」」
胡散臭そうにマイルを見る、レーナ達であった。……そう、いつものように……。
* *
「あそこから地下に潜るみたいね……」
レーナが指し示した方には、岩の間に隙間があった。やはり、見え見えの入り口ドアがあったりはしないようであった。……そんなものがあれば、いくら山奥とはいえ、とっくに発見されていたであろう。
そして、スカベンジャーに続き、その隙間へと入る、『赤き誓い』。
ゴーレム達とは、既に別れている。おそらく、元の持ち場へと戻ったのであろう。食事が必要とも思えないゴーレム達は、与えられた使命以外のことに費やす時間があるのだろうか……。
……何か、ナノマシン達には、自分の好きにできる自由時間がありそうな気がするマイルであった。
後ろのマイル達の方を振り返るわけではないが、ちゃんとその存在は意識しているらしき、スカベンジャー。
もしそうでなければ、いつものシャカシャカ歩きで、あっという間に見えなくなっているはずである。なので、こんなにゆっくりと歩いているということは、かなり気を遣っているものと思われた。ナノマシンがいったいどのように説明し、そしてスカベンジャーはそれをどのように解釈したのであろうか……。
「……そろそろ主要区画のようですね」
今回使った入り口は、元々からあった正規のものではなかったらしく、最初のうちは、綺麗に削られ、磨かれてはいても、ただの岩肌の狭い通路であった。それが途中で金属か樹脂か分からない材質の通路に変わり、かなり地下深くまで歩いて、通路の左右に扉がある区画へとやってきた。
しかしスカベンジャーの足は止まらず、更に先へと進み、とある部屋に立ち寄ってゴーレムの球体と金属を他のスカベンジャーに渡すと、再び先へと歩き始めた。
「どこまで行くのかしら……」
レーナがそう溢し始めた頃、ようやくひとつの扉の前で停止したスカベンジャー。
自動ドアくらい簡単に作れそうな技術力があるくせに、動作の信頼性重視か、エネルギーの節約か、はたまた耐用性の問題なのか、この施設にある扉は全て手動であり、出入り口に扉がついていない部屋も多い。スカベンジャーには、いちいち扉を開閉するのは面倒なのであろうか……。
そして、この部屋には、扉が付いている。
……ということは、あまりスカベンジャーが頻繁に出入りする部屋ではないということか、それとも、『扉を付けるべき理由がある部屋』ということであろう。どんな理由によるかは分からないけれど……。
そして、スカベンジャーが扉の開閉レバーを下げ、押し開いた。
「行きましょう」
一瞬躊躇った様子のレーナ達にそう声を掛け、スカベンジャーに続いて部屋へ入るマイル。他の者達も、やや警戒しながらそれに続いた。
「……ここは……」
マイルが、部屋に数歩踏み入って立ち止まり、眼を大きく見開いた。
そこにあったのは……。
複雑に絡み合った配線。
歪で、取って付けたような、たくさんの金属塊。
そしてそれらの中央に鎮座した、元は多分すっきりとした電子機械であったと思われる、今は何だかごちゃごちゃした色々な部品や補助機械が無理矢理くっつけられたような、元の洗練さのかけらもなくなった装置。
【省資源タイプ自律型簡易防衛機構管理システム補助装置、第3バックアップシステム。ここの制御システムの末端装置に過ぎません。……そして、現在の、唯一の残存制御システムです】
ナノマシンが、その言葉が脳に伝わるように、マイルの鼓膜を振動させた。