343 面倒事ホイホイ 5
夫婦と雇われ従業員3人の、合計5人でやっている零細商店、『アリトス』。
そこを、かなりあくどい商売をやっているという噂のある、販売業から金融業まで手広くやっている中堅商会の商会主が、金融部門の担当者、大番頭と手代、そして護衛の者数人を連れて訪問していた。
普通、商会主自らが足を運ぶような店ではない。番頭か手代を行かせるか、逆に相手を呼び付けるべき力関係のはずである。
そして、護衛を伴っているということは、自分があちこちで怨みを買っていて、街中でも襲われる可能性が充分に、……護衛の雇用費用を惜しまない程度には……、あると自覚しているのであろう。
そんな商会主がわざわざ足を運んだ理由は、勿論、アレであった。
「……飛竜のウロコ、ですかな?」
「はい、友人が譲ってくれまして……。それを、借金の違約金代わりにして戴けないかと……」
自分で売却先を探す時間がなかった、とのことで、他所に売って換金するのではなく、直接借金のカタに、と言ってきた、この商店の経営者の妻である女性。
ゆっくりと販売先を探すのであればともかく、数時間で換金するとなれば買い叩かれるのが当たり前であり、下手をすると本来の販売価格の半分もいかない可能性すらある。それならば、本来の価格には届かなくとも、借金と相殺した方が少しはマシだと考えたのであろう。
それは、間違った考えではなかった。
……その商品が、本当に『飛竜のウロコ』であったなら。
そして、奇跡のように続く幸運に、舞い上がる商会主。
絶対に失敗が許されない交渉であるため、金融部門の担当者と一緒に自ら足を運び、自分が直接交渉にあたった商会主であるが、笑いを噛み殺すのに必死であった。
この商店の経営者である、この女性の夫がいたならば、こんなにうまく話が運ぶことはなかったであろう。しかし、夫は売掛金の回収のために少し離れた街へと出掛けているとかで、商売にはあまり詳しくないらしい妻が借金の催促に応対しているらしい。
いくら商売は亭主任せとはいえ、商人の妻たる者が、ここまで馬鹿で良いのか。
……良いのである。
それが、自分の儲けに役立ってくれるなら!
そう考えると、この、自分の目の前にいる馬鹿な女に対する感謝の気持ちでいっぱいになる商会主であった。
「仕方ありませんなぁ……。我々も、慈善事業をやっているわけではありませんからねぇ。
しかし、困っているお客さんを助けるのも、商人の務め。お困りのようですから、今回限りということで、物納で支払いの一部に充てることを認めましょう」
「あ、ありがとうございます! では、元金と利子と違約金全てと、飛竜のウロコ2枚とを相殺、ということでよろしいのですね?」
「え?」
相手が言った条件に、素で驚いた様子の商会主。
「小金貨7枚のウロコ2枚と返済金全額では、釣り合わないでしょう!」
しかし、相手は自分が提示した条件を引き下げようとはしなかった。
「小金貨7枚? いえ、飛竜のウロコは、小金貨7枚よりずっと高いはずです。もしその値でないと駄目なのでしたら、これから商業ギルドへ行って投げ売りしてきます。投げ売りでも、小金貨7枚よりはずっとマシな値がつくと思いますから。
では、お支払いは明日、改めて現金で……」
どうやらこの女性は、あの女性ハンター達から、査定額がウロコ1枚当たり小金貨7枚だったということは聞いていないようであった。
そして、数十年から数百年の間にほんの数枚出回るかどうか、という古竜のウロコとは違い、飛竜のウロコは、そこそこの価格ではあるものの、そう極端に珍しいものではない。飛竜は一流パーティならば狩れないわけではないし、一頭狩れば、かなりの枚数のウロコが手に入るからである。なので、現物を見たことはなくとも、相場を知っている者が多いのは不思議ではなかった。
相手の気紛れで数枚貰える程度であり、一頭丸ごとのウロコが手に入ることなど決してあり得ない、古竜のウロコとは違うのである。
(マズい! ウロコの判別はできなくても、たまに出回る飛竜のウロコの相場くらいは知っていたか……。ここは、端金を惜しんでいる場合ではない!)
商会主は、余計な真似をして全てが台無しになるよりは、と、自分にとっては端金に過ぎないお金は無視することにした。
「わ、分かりました、では、全ての支払金と相殺、ということで……。はっきり言いまして、相場よりかなり高く引き取ることになるのですから、せいぜい感謝して戴きたいものですな!」
そう言う商会主であるが、一見の客相手に、そんな商売をする商人はいない。何か、後でお金を回収できるアテでもない限り。
そして、いくら小さな商家の妻とはいえ、それくらいのことが分からないはずがなかった。
しかし……。
「ありがとうございます! では、早速、そのように認めた契約書を御用意致しますので……」
そう言って、女性がポンポン、と手を叩くと、すぐに店の者が契約書を持ってきた。
最初から絶対にこの条件を通すと決めており、前もってその契約書を作っておいたのか、それとも何種類かの契約書を用意しておき、合図の手の叩き方でどの契約書を持ってくるかを決めてあったのか……。
それくらいの腹芸は、どこの商店主でも使うので、本当のところは定かではない。
そして、商会主がその契約書を確認すると……。
『今回の借財の返済に関する全ての金額(借りた元金、利子、返済の遅れにかかわる違約金、手数料、その他本件に関連のあるあらゆる名目の返済必要金)と代金を相殺することにより、竜種、おそらく飛竜のものではないかと思われるウロコ2枚を引き渡すものとする』
という要旨のことが、定型文を用いて、誤解の余地がないように記されていた。
文面、用語等に問題はなく、モノに関しても竜種のものとのみ明記し、飛竜のものであるかどうかは断言されていないため、それが古竜のものであったとしても問題はない。後で本当の価値が判り文句を言ってきたところで、笑い飛ばせば済むことである。
「では、ウロコを戴きましょうかな!」
にこやかな顔でそう言った商会主に、商人の妻は醒めた顔で首を横に振った。
「お断り致します」
「え……」
ぽかん。
それ以外の形容詞がない、商会主の顔。
「いえ、契約の条件そのものは、これで異議はありません。ただ、現物のお引き渡しは、ここではなく商業ギルドで行います。
理由としましては、現物はまだ受け取っていないため、今すぐお渡しすることができないこと。そして、お借りしたお金を返そうとした時のそちらのやり口から考えて、あまり信用すべきではないと思うからですわ。
さすがに、商業ギルドで多くの商人やギルド職員達の目の前で交わした契約を堂々と破ったり、おかしな策を弄して相手を罠に嵌めようなどということをすれば、商人として致命傷でしょうから、私共も少しは安心できますからね」
「ぐっ……」
不愉快そうな顔をした商会主であるが、考えてみれば、それは相手側にも当てはまることである。後になって『騙された』とか『ウロコを返せ』だとか言われても、多くの証人がいれば全く問題がなくなる。
取引の時に、自分が相手側の説明を信じて『飛竜のウロコだと思っていた』というポーズを取っていれば、後でそれが別の物だったと判ったところで、何の問題もない。何しろ、品物の鑑定を間違え、誤った説明をしたのは相手側のほうなのだから……。
「では、夕方、夜1の鐘(午後6時頃)に、商業ギルドにて。その時に、借財の契約書の返却、この契約書の交換、そして現物の引き渡しを行いましょう」
借財の契約書もきちんと回収せねば、目の前で破り捨てたのは偽の契約書であり本物はそのまま、とか、悪党ならば何をするか分からない。騙されるのは、1回だけで充分であった。
そして、ホクホク顔の商会主を見送った後、その女性の口元が歪んだ。
それは、『赤き誓い』の3人がよく目にするものに似ていた。
……そう、悪だくみをする時のポーリンの邪悪な笑みに、非常によく似ていた。
善良そうに見える、若奥さん。……但し、商人の妻。
その女性の口から、小さな声で、言葉が溢れ出た。
「……零細商店、『アリトス』の怒りを見よ!」
読者さんの、『適当』さんが、ミニゲームを作って下さいました!(^^)/
メーヴィスの、銅貨斬りの特訓用ミニゲームです。
オンラインでも、ダウンロードして、オフラインでも遊べる模様。
私は現在、Bランクの『熟練ハンター』までしか……。(^^ゞ
AランクとSランクは遠い……。〇| ̄|_
ゲームは、「http://samidare.is-mine.net/noukin/」で。
ここからダウンロードもできます。(^^)/