342 面倒事ホイホイ 4
「もう1枚も、同じ査定額ですか?」
ポーリンの質問に、黙ってこくこくと頷く商店主。どうやら、自制心の限界が近いらしかった。
「じゃあ、もう1枚も持ってきましょうか? ああ、他の荷物を出して、もう1枚も収納に入れてくれば良かったですねぇ……」
マイルのその言葉に、失敗したわね、と話を合わせるレーナ。
「それじゃ、今回はこれでいったんお暇しまして、もう1枚の方も持ってきますね」
ポーリンのその言葉に、テーブルの上のウロコを再び収納するマイル。
「あ……」
席を立つポーリン達を引き留めて、とりあえずこの1枚だけでも確保を、と思う商会主であるが、今からもう1枚を取りに戻ると言う者に対して、今、慌てて1枚だけ買い取ろうとするのは、あからさまに不自然である。
もし疑惑を持たれて、他の商会に足を運ばれたりすれば、大変である。ここは、極力自然に振る舞い、疑惑を抱かれないということが最優先である。
ここから宿までを真っ直ぐ往復するだけであれば、他の店に情報が漏れることも、小娘達が余計な知恵を付けることもあるまい。
そう考えた商会主は、逸る心を抑えつけて、笑顔で少女達を送り出したのであった。
「……完璧です。皆さん、よくやって下さいました」
他の3人を、そう言って労うポーリン。
「あの商会が金貸しの親玉ですから、あとは、情報を操作するだけです。そして、嘘は吐かず、人を騙すことなく、何の恥ずべきところもない取引をするだけです……」
にたり……
それは、悪い嗤いを浮かべるポーリンの顔からは、とても信じることができそうにない言葉であった。
「では、あとは予定通り……」
「はい、放置プレイです!」
* *
翌日、『赤き誓い』がギルド支部に顔を出すと、血相を変えた男が駆け寄ってきた。
「どうして来ないのですかっっ!」
そう、例の商会の、商会主である。
番頭や手代ではなく、商会主自らが、いつ来るとも知れぬハンターをこんなところでずっと待ち続けるなど、余程切羽詰まってでもいない限り、やるはずのない行為であろう。
「もう1枚のウ、……売り物を持って、すぐに戻ってくるはずだったでしょう! どうして戻ってこなかったのですかっっ!!」
言い掛けた、『ウロコ』という言葉を慌てて飲み込んで、『売り物』と言い直した商会主。
当たり前であろう。こんなところで大声でそんなことを言えば、他の者達が集まってきて、下手をするとそれが何であるか、そしてどれだけの価値があるかを知られる可能性がある。ここは、場所を変えるしかなかった。
「とにかく、店に来て下さい!」
そう言うと、最年少であり一番押しに弱そうに見えるマイルの腕を掴むと、ぐいぐいと引っ張ってギルドから連れ出そうとする商会主。ひとりを引っ張っていけば、他の者達も自動的についてくるであろう、との目論見であろう。そして事実、残りの3人も、肩を竦めて後に続いていた。
勿論、マイルが足を踏ん張れば、いくら体重が軽いとはいえ、そう簡単に引きずられたりはしない。敢えて、わざと引きずられているだけである。
「「「「「おいおいおいおい……」」」」」
後ろでは、メーヴィスのデモンストレーションや土竜討伐、そして『ミスリルの咆哮』が吹聴した『赤き誓い』のエピソードとかのせいで、ある程度マイル達のことを理解し始めているハンターやギルド職員達からの呆れたような声が上がったが、商会主は、それらの声が何を意味しているかに気付くことはなかった。
「で、どうして昨日、あの後すぐに戻ってこなかったのですか!」
一応は客に対する丁寧な言葉を使おうというつもりはあるようであるが、昨日のような笑顔ではなく、険しい顔とキツい口調の商会主。かなり気が立っているようである。
まぁ、あれだけのモノを手に入れ損なう可能性に、昨夜は一晩中悶々として寝られなかったであろうから、それも無理はない。
自分の店の、奥まった部屋。防音に配慮して造られた特別室へと『赤き誓い』一行を連れ込んだ商会主は、声を抑えようともせずに、そう怒鳴りつけた。
……いや、客に対してそれはどうか、とは思うが、それどころではなかったのであろう。
海千山千の老獪な商会主としては失態であろうが、小娘如きに約束を破られて虚仮にされ、眠れぬ一夜を過ごす羽目になったことに対する怒りが勝り、つい声を荒らげてしまったのも、仕方ない。
「いえ、実は、すぐに戻るつもりだったのですが、知り合いの母子が借金を返せずに困っているようでしたので、返済の足しにでもなればと思い、持っていたウロコ2枚を譲ってしまいまして……」
「な、ななな、何だってえええええぇ~~!!」
ポーリンの説明を聞き、絶叫する商会主。
いくら防音処理をしていても、これは絶対に店中に響き渡っているであろう……。
「な、ななな、ど、どどど、あ、あああ……」
商会主の口から出る声は、まともな言葉になっていなかった。
そして暫くして、ようやく意味の取れる言葉が出た。
「ど、どうして……」
そして、あっけらかんと答えるポーリン。
「いえ、お世話になった人ですから、たかが小金貨14枚分の価値しかないものであっても、少しは足しになるかと思い……」
それを聞いた商会主は、蒼白になった顔でぱくぱくと口を動かしていたが、声にはなっていなかった。
「そういうわけで、アレを売る話は、なかったことに。まだ正式な契約どころか、見積もり金額を聞いただけで、『売る』とも言っていなかったから問題ないですよね?」
問題、大ありであった。
しかし、それは『商会主にとっての問題』であり、アレを売って貰えないことに対して文句が言える類いのものではない。
何とか、アレを手に入れなければ。
そう思い、商会主の頭はフル回転していた。
「そ、その、譲った相手というのは……」
「え? いえ、それはあなたには関係ないですよね? 知り合いの個人的な情報を、他人にぺらぺらと喋ったりしませんよ。それも、借金のこととかは……。
じゃ、もう、お売りする商品がなくなった私達には御用はありませんよね? それでは、失礼致します。……帰りますよ、皆さん!」
「「「は~い!」」」
にこやかに、声を揃えるレーナ達3人。
そして、あ、いや、待って、とか言っている商会主を放置して、席を立つ『赤き誓い』の面々であった。
「探せ! 古竜のウロコを譲られたとかいう奴を、探せ!! 借金持ちなら、うちの金融部門に調べさせれば情報が掴めるだろう。他の店の奴らに絶対情報が漏れないようにして、すぐに突き止めるんだ、急げええええぇっっ!!」
『赤き誓い』が立ち去った直後、商会主の叫び声が響き渡った。
「仕込みは終わりました。あとは、愚者が踊るのを眺めるだけですよ」
店を後にして宿へ戻りながら、ポーリンが皆に説明していた。
「もうひとりの役者さんの演技は、練習の結果、充分及第点に達しています。名演に期待するとしましょう」
ポーリンの言葉に、こくこくと頷く3人であった。
そして、翌日の昼前。
「……ツイている……。ツイているぞ! まさか、ウロコを譲り受けたという者が借金をしている相手が、うちの金融部門だったとは……。
そして、店主が不在で借金の返済に当たっているのがその妻だそうで、ウロコの価値が分かっておらず、『飛竜のウロコらしきもの』として、借金のカタに買い取って貰えないかと言っているとは……。
ふはは、何という強運なのだ、この私は! 我ながら、商売の女神に愛されている、自分が怖いわい! ふは。ふはははははは!」
部下からの報告を聞いた商会主は、笑いを押さえることができなかった。
「よし、昼食の後、すぐにその商家に向かうぞ! 金融部門の担当者を呼んでおけ! 先方にも、午後イチで訪問する旨、伝えておけ。
ふは。ふはははは……」