341 面倒事ホイホイ 3
「……じゃあ、カチコミはしないんですか?」
「しませんよっっ!」
マイルの素朴な質問に、額に青筋を浮かべて怒鳴りつけるポーリン。どうやら、今回の件に関しては、かなりお怒りのようである。
「向こうが実力行使に出たならば、こちらも同様に実力を行使すればいいんです。正当防衛で、数十倍か数百倍にしてお返しすれば……」
「え、それって、正当防衛の枠を超えて……」
「うるさいですよっ!」
「は、はい、すみませんでしたっっ!」
即座に謝るマイル。
ポーリン、無双モードであった。こういう時のポーリンには、決して逆らってはならない。それくらいのことはとっくに学習している、マイル達3人であった。
「向こうが詐欺でくるなら、こっちも詐欺でお返しすればいいんですよ。『深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいているのだ』って言うでしょう?」
「あ、それって、そういう意味だったんだ……」
「だから、簡単に信じるなと……」
* *
「何ですと! 大きなウロコですと!!」
ここは、とある中規模商会の店先である。
店を訪れた4人連れの若手女性パーティが、見て貰いたいものがある、と言ってきたため、20歳前後の手代らしき者が相手をしてくれていたのであるが、女性達の代表者が口にした言葉に、思わず驚きの声を上げてしまったのである。
他の客もいる店先で、商品の取引に関することを大声で喋るなど、商売人としては大失態である。しかし、女性が口にした品は、まだ経験の浅い手代が思わず興奮してしまうのも無理はないものであった。
大きなウロコ。
普段であれば、それを聞いてまず考えることは、『何のウロコであろうか』ということである。
しかし、それは『普段であれば』、の話である。
今、ここ、王都では、商人の間で持ち切りの話題がある。それは、『古竜のウロコがオークションに掛けられるらしい』という噂である。
いや、正式に発表されているから、『噂』というのは語弊があるかも知れない。それは、『事実』なのであるから。
調査依頼を受けたBランクパーティが見つけたという、古竜達が暴れたらしき跡と、そこに落ちていた数枚のウロコ。かなり破損した、焼け焦げのある欠片らしいが、それでもかなりの値が付くはず。
そして、この若手女性パーティの者達が言うには、『狩りや採取をしていたら、何か大きな魔物が暴れたような荒れた場所があり、そこにウロコのようなものが落ちていた。何かよく分からないけれど、売れるかも知れないと思って、拾って持ってきた』ということなのである。
調査依頼を受けたハンター達より先に、そこを通り掛かったのか。それとも、他の場所でも古竜達が暴れたのか。それは分からないが、この少女達が持ち込んだものが、もし、『それ』であったなら。そして、この経験の浅そうな少女達が、それが何であるかを知らないならば。
「ど、どうぞ、こちらへ!」
自分では、現物を見せられても鑑定できない。古竜のウロコどころか、地竜や飛竜のウロコさえ見たことがないのだから、それは仕方ない。なので、上の者に取り次ぐしかない。
とにかく、今一番重要なことは、この客を逃がしてはならない、ということであった。
「お待たせ致しました……」
奥の商談用の小部屋へ通され、紅茶を出された後に暫く待たされていた『赤き誓い』のところに、先程の手代が、年配の男性ふたりを連れて戻ってきた。
「商会主のメルフクトと、大番頭のハウルでございます」
ふたりのうち、お腹が出ている方、商会主がそう言って、ふたり揃って頭を下げた。こんな一見の若手パーティに商会主と大番頭が相手するなど、普通はあり得ない。
そしてどうやら、手代の男性は紹介されないらしい。おそらく、これから先はこのふたりが話をし、手代は勉強のため陪席させて貰うだけのようである。下っ端の手代に対しては大サービスであろうが、美味い客を確保し、自分の手に余ると判断してちゃんと上に通したことに対する御褒美か何かであろう。
「何やら、珍しい物をお持ちになられた、とのことで? 拝見させて戴いてもよろしいですかな?」
「勿論です。マイルちゃん、出して頂戴」
交渉役は、勿論、ポーリンである。
そして、マイルは言われた通り、収納から現物を取りだし、テーブルの上に置いた。
傷も焼け焦げも全くない、完全美品である、1枚のウロコを。
「どうぞ、御確認下さい」
「こっ、こ、これは……」
大番頭が言葉に詰まるが、商会主のメルフクトは、涼しい顔。
「ふむ、大型の魔物のウロコか何かでしょうな。初めて見ますが、まぁ、牙や角、毛皮というわけでもなく、ただのウロコ1枚ですからなぁ……。
しかし、せっかくわざわざ当商会を選んで訪ねて来て戴いて、そのままお帰しするのも心苦しいですから、そうですなぁ、小金貨6枚……、いや、7枚でお引き取り致しましょう」
普通であれば、まず最初にマイルの収納魔法について驚くはずである。それを完全にスルーしての、如何にも『大したことのない品ですよ』と言わんばかりの、平然とした態度。マイルやメーヴィスであれば騙されるであろうが、生憎、ポーリンを騙すのはそんなに簡単ではない。
収納魔法に言及しないということは、それ以上に気を取られるようなことがあるということであり、商人らしい、客に合わせた表情の変化を出さないということは、表情の変化を悟られないように必死で平静を装っているということであった。
そして何より、ポーリンは、自分達が出したものが何であるかを知っていた。
そう、それは、ほんの数枚しかない『ほぼ完全な状態の、古竜のウロコ』のうちの1枚なのである。
「おお、小金貨7枚もあれば、3~4日は宿に泊まってお腹いっぱい食べられますよ!」
嬉しそうにそう言ったマイルに、商会主達は笑顔を浮かべたが……。
「ほら、私が言った通り、2枚とも拾っておいて良かっただろう?」
ぴしっ!
マイルに続く、メーヴィスの言葉に固まった。
「に、2枚とも、と仰いますと……」
「あ、綺麗なのが2枚あったから、収納の容量を圧迫するけど、両方持って帰ったんですよ。1枚だけでいいだろうという意見もあったのですが、私がリーダー権限でゴリ押ししました」
メーヴィスの説明に、黙り込む商会主達。どうやら、2枚とも買い取るための方策を考えて、頭をフル回転させているらしい。
「収納の容量を空けるために、荷物を出して自分達で背負ったり、予備の水を捨てたりした甲斐があったわね」
そして、メーヴィスの言葉を補強するために、説明台詞を加えるレーナ。
ウロコを2枚しか持ち帰らなかったことや、今、1枚しか持ってこなかったことの理由付けとして、マイルの収納の容量が少ない、ということにしたわけである。
そしてそれを聞いた商会主達は、当然、こう考えた。
偶然、あのBランクパーティより先に現場を通り掛かったこの少女達が、その価値も知らずに、一番状態の良い2枚のウロコを持ち帰ったのであろう、と。
あのBランクパーティが持ち帰り、オークションに掛けられる予定の古竜のウロコは、どれも大きく破損した『欠片』とでも言うべきものであり、酷く焼け焦げているものが多いと聞いている。
それに対して、ほぼ完全な状態であり、防具に加工できる大きさのこのウロコが、いったいどれだけの価値があることか……。
そして、それが、何と2枚も!
1枚を国王陛下に献上し、もう1枚を上級貴族達を集めてオークションに掛ければ、名誉と褒賞、そして莫大な儲けに。
上手くやれば、一代貴族や勲爵士あたりの叙爵の可能性すらあり得る。
「「…………」」
まだ、かろうじて平静を保っているように見える商会主達であるが、ポーリンには、ふたりの心情はお見通しであった。
そんなことは、簡単である。ポーリンが、自分がその立場ならばどう思うか、と考えれば良いだけのことであった。
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