340 面倒事ホイホイ 2
「……というわけで、借金が……」
「なる程……」
戦闘にゃ強いが幼女にゃ弱い、マイルとメーヴィスが、そのまま母子を放置できるわけがない。ねじり上げられた幼女の腕に回復魔法を掛けた後、そのまま母子の家まで送り、……そしてそのまま事情を聞くことになったのである。ポーリンとレーナの、『あ~あ……』というような顔を尻目に。
「つまり、借りたお金が返せない、ということですね?」
「は、はい……」
ポーリンの、身も蓋もない言い方に、そう言って頷く母親。
「よくある話ですねぇ……」
よくある。些か、あり過ぎるくらいにある話であった。
「ポーリンさん、言い方!」
しかし、いくら『よくある話』であっても、この母子にとっては人生の一大事であることには変わりない。なので、少々配慮の足りないポーリンの言い方に、マイルが苦言を呈したわけであるが……。
「確かに、利子は普通より高いですね。
……でも、それを承知で借りたんですよね、お金を。別に、契約書を書き換えられたとか、すり替えられたとかではなく。
碌な担保もなく、他所では貸してくれなかったからこそ、金利の高いところから借りた。そしてその時には、そんな悪条件の自分達にお金を貸してくれたことを喜び、感謝した。違いますか?」
「は、はい、それはまぁ……」
ポーリンの質問に、母親は少し言いにくそうにそう答えた。
そして、ポーリンの質問は止まらない。
「借りる時には神様扱い、そして返済する時は、鬼か悪魔呼ばわりですか。むこうは、契約の履行を求めているだけなのに……。
そもそも、どうして金利が高いと思いますか?
それは、返済リスクの高い者にも貸してくれるからですよ。リスクが高いということは、貸したお金を返してくれない者が多い、ということです。そう、あなた方のように、借りたお金を返さない人が大勢いるからですよ。そりゃ、少しは強硬な取り立てもしないと、甘い顔をすればみんなが借りるだけ借りて踏み倒せばいい、って考えますからね。
そしてお店を潰さないためには、その損失金をカバーするために、金利を高くせざるを得ないんです。もし金利を下げるなら、返済リスクの高い人、つまり、あなた方のような人には貸せなくなります。あなたが借金を断られた、他の金貸しみたいにね。
それで、あなたは、危険な客にもお金を貸してくれた親切な金貸しにお金を返さずに踏み倒し、逃げ切るおつもりなんですか?」
ポーリンの機嫌が悪い。
……それも、『少し悪い』とかではなく、『最悪』であった。
どうやら、真っ当な商売である『金貸し』という業種に対する熱い風評被害に、日頃から思うところがあったらしい。
確かに、ポーリンが言っていることは間違ってはいない。
お金を借りておきながら、返済期日になっても『お金がないから』と言って返済しなければ、借り得になり、貸した方が倒産する。そんな馬鹿なことがあっていいはずがない。
借りておきながら返さない者が悪い。
権力者や警吏が金貸しの味方をするのは、法を遵守する者として当然のことであり、決して悪党達がグルになっているというわけではないのである。
……勿論、だからといって、暴力や人身売買が許されるというわけではないが。
「金融業者は、いつも悪者にされるんですよねぇ。それも、危険度の高い、筋の悪い客にも貸してくれる、お人好しの業者ほど……。そりゃ、借りたお金を返さない契約違反者には、厳しい取り立てをせざるを得ないでしょう? でないと、商売になりませんよっ!」
「まぁ、そりゃそうだよねぇ。これで、お金を借りた方が気の毒だから、と言って私達が借金を肩代わりしたり、金貸しを懲らしめる、ってのもアレだよねぇ。
そもそも、その金貸しが潰れたら、もう、担保のない客にお金を貸してくれる者はいなくなるよね。返済してくれない者が多い上、返済の催促をすれば悪者扱いで、正義の味方気取りの連中に殺されたり店を潰されたりするんじゃあ……」
「「えええええええ……」」
てっきり、自分達に同情して相談に乗ってくれるものと思い込んでいた母子、ポーリンとメーヴィスの言葉に、呆然である。
マイルとレーナも、ポーリンの言葉のあまりの説得力に、うんうんと頷いている。
「……まぁ、それも、違法な回収手段を取らない場合は、ですけどね」
ポーリン、どうやら不満をブチ撒けたかっただけで、別にこの母子に対して含むところがあったわけではないらしい。
「……で、どうして返せるアテのない借金なんかしたんですか?」
ポーリンが、それだけは確認しておかないと話にならない、というような様子でそう尋ねたところ……。
「はい、主人が旅先で病に臥せりまして、予定していた取引ができず、更に滞在費と薬代で取引用のお金も使い果たしてしまい、一時的な運転資金と生活費のために……。
しかし、すぐに返済できるはずだったのです。利子は1カ月で2割と、かなり高くはありましたが、それくらいは掛け売り金の回収で充分賄えるはずだったのです。それが……」
「それが?」
「返済期日の3日前に全額返済しようと返済金を持参しましたところ、金貸しの店が閉まっており、『数日間、休業します』との貼り紙が……。
そして、返済期日の翌日に店が開き、『期日までに返済されなかったため、契約違反として、返済金の他に違約金を払って貰う』と言われまして。それが返済額の2倍で、元々の返済金と合わせて、3倍ものお金を……」
「「「「あ~……」」」」
基本。基本中の基本である。『詐欺入門』という本があったなら、3ページ目あたりに書いてありそうな、超古典的手法であった。
(こんな簡単な詐欺が通用するとは……。まぁ、テレビも新聞もないから、詐欺の手口が広く周知される、ということがないのかも。
ということは、もしかすると、私が連鎖販売取引とか振り込め詐欺とかをやれば、入れ食い状態? 詐欺業界のブルーオーシャンですかっっ!)
そんなことを考えるマイルであるが、勿論、本当にやるつもりはない。
……しかし、もしポーリンに数々の詐欺の手法を伝授すれば……。
少し、怖い考えになってしまったマイルであった。
そして、ポーリンの様子を見てみると……。
がっくり。
あれだけ熱弁を振るって金貸しを擁護したというのに、この結末。それは、がっくりもするであろう……。
「……潰しましょう」
可愛さ余って、憎さ100倍。
どうやら、ただの少しタチの悪いだけの高利貸しかと思って少し擁護したら、すごくタチの悪い高利貸しであり、借りた方には全く落ち度がなかったらしい。
そして、恥を掻かされたというか、面子を潰されたというか、自分が勝手なことを言っての自業自得なのにも拘わらず、八つ当たり同然のポーリンであった。
「話をちゃんと聞いてからにしないからよ」
レーナに呆れたような顔で突き放されて、更にがっくりの、ポーリン。
「……お金を借りておきながら返さないような人間のクズや、契約を守らないような外道な客には、厳しい取り立てや多少の脅しはしてもいい……、いや、やって当然なんですよ! そして、自分の方から契約を破ったり卑怯な詐欺行為を働くような商売人は、この世から消し去るべきです、当然のことながら!」
「なる程、それが商人の掟であり、悪い商人は消すべきなんですね?」
ポーリンの言葉に、素直に納得するマイル。
そして、レーナに頭を叩かれた。
「何でも簡単に信じたり、額面通りに受け取るんじゃないわよ!」